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Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第二部 エピローグ
106/119

2-44

   *


 大翔たちが駆けて行く様子を、紡は少し呆れたような表情で見送っていた。いったいどこにそんな元気が残っていたのだろうか。


「早坂は行かなくていいのか?」


 紡と同じく、その場に残って大翔たちを見送っていた木ノ葉が、そう尋ねてきた。


「はい、もうへとへとです。木ノ葉先輩もですか?」


「いや、俺は合宿途中参加だし、試合もそんなに出てないし、疲れてはないけどな。まあでも、あんなに慌てていくほどじゃないだろ。海は逃げない」


「ですよね」


「それに、こいつをこのまま放っておくのは心配だ」


 そう言って、木ノ葉は後ろを向き、その場に座り込む。そこには硲下(はざか)がへたり込んでいた。


「おい、大丈夫か。意識はあるか」


 木ノ葉がそう声をかけると、硲下は薄らと目を開けて、ぼそっと呟く。


「今日は……もう疲れた。です」


「ああ、お疲れさん」


 木ノ葉は頷きつつ、硲下に肩を貸す。反対側から紡も支えに加わった。


「とりあえず合宿所に戻るか。服も着替えて、そのあと海の家でめしでも食おう。俺が奢る」


「そんな、いいんですか?」


「二人とも今日は頑張ってたからな、これくらいいいさ。それよりも」


 突然、木ノ葉は言葉を切って、ある方向を見つめた。紡はそれを不思議に思い、その視線の先を追う。


 思わず鳥肌がたった。

 アリーナの端っこ、顔をによによさせながらこちらを見ている女性の姿がある。


絶景哉(かな)……」


「姉さん⁉ なんでここに?」


 いたのは紡の姉の雪菜(せつな)だった。なにゆえここにいるのか、いやその前に、なにゆえ自分たちを見て表情を恍惚とさせているのか。木ノ葉と硲下の目が無ければ今すぐ問い質すところなのだが。


「そんなの紡くんの試合を見に来たに決まっているでしょう?」


 当然のように言うが、イマイチ信じられないのは彼女の日頃の行いゆえだろう。姉の言うことを鵜呑みにしないと決めたのは紡が小学生のときだ。そのときに何があったのかは、ここでは言及しないでおこう。


「試合のこと、僕話してなかったけど」


 紡は尋ねる。


 その最中、肩を貸している硲下はなぜか顔を青くしていた。雪菜に対して相当な苦手意識があるらしい。


「飛永さんが教えてくださったんです。よかったら見に来てあげてくださいと」


「飛永先輩が?」


「ええ。ほんとはこっそり見て、何も言わずに帰ろうと思ってたんですけど、紡くんがあまりにも大活躍してたから、思わずこうして出て来ちゃいました」


 てへ、と雪菜は首を傾ぎ、ちょろっと舌を覗かせる。見た目は楚々としているが――いやそれがさらにギャップを生むのか、その仕草はなんだが彼女を可愛らしく見せていた。


「紡のお姉さんですか。初めまして、自分は木ノ葉と言います」


 木ノ葉が軽く頭を下げつつ挨拶すると、雪菜は手を合わせてにこにこ答えた。


「こちらこそ、弟がお世話になっております。木ノ葉さんとおっしゃるのですね。よく覚えておきますわ。素材として」


「はい?」


「あらいけない! なんでもありませんですよ! 断じて! 気になさらないでくださいね! おほほ」


「は、はぁ……そうですか」


 木ノ葉はよくわからないという顔で、紡の方に視線を向けて「どういうこと?」と言外に尋ねて来るが、こんなもの曖昧に笑ってごまかすのが精いっぱいだ。説明しても誰も幸せにならない。


「でも、今日は本当に来てよかったです。変な意味で」


 人の気も知らず、雪菜は続けた。


 やはりこいつはもうダメだ。こういう生命体として接していくしかあるまい。彼女はたまたま人の形をしていた何かなのだ。紡が彼女の全てを諦めたのは、彼が小学校高学年のとき。そのときに何があったのかはやはり説明できない。それには数々のトラウマと向き合う必要性がある。


「ちょっと紡くん、そこはつっこんでくれないと困りますよ。木ノ葉さんたちに変な人だと誤解されてしまいます」


「心配はいらないよ、姉さん。もう手遅れだから」


 本当にこの人は何をしに来たのだろう。大翔は良かれと思って呼んでくれたのだろうが、うちの姉をなめてはいけない。彼女を招く際には、細心の注意が必要なのだ。


「いや本当に。冗談はここまでにしてね。今日は来てよかったです。紡くんがあんなに楽しそうにバスケしてるのを見たのは、本当に久しぶりだったから。見ててちょっと涙ぐんでしまいました」


 不意に、雪菜はその双眸(そうぼう)をうるりと涙で濡らしてしまう。


 慌てたのは紡たちだ。何の脈絡もない涙であった。


「姉さん?」


「本当はね。さっきまでお母さんも一緒に見てたんです。でも泣いちゃって、こんな姿見られるわけには行かないって、先に帰ってしまいました」


 目元をハンカチでとんとん押さえつつ、雪菜は語る。涙に震わせたか細い声で、今にも消えてしまいそうな、弱々しい声で、我が姉は自分への思いを語ってくれた。


「私たちは、紡くんが一人で練習してる姿をずっと見てました。バスケ部が無くなっても、くじけることなく頑張ってる姿を見つつ、心の中でずっと応援していました。そして、いつかこの努力が報われてくれる。そんな切なる願いを抱いておりました。雪菜(せつな)だけに」


 ずっと一人だと思っていた。中学時代の自分のバスケは常に孤独との戦いだった。パスする相手もいなければ、される相手もいない。常に一方通行で、受け止めてくれる相手はリングだけだった。


 そして、それを応援してくれる人も――

 ずっと、いないものだと思っていた。


「だからこそ、すごく嬉しかった。紡くんの頑張りを認めてくれてる人たちがたくさんいて、今はもう、一緒になって頑張れるお友達がこんなにもたくさんいるんだってことを知れて、本当に、嬉しかった」


 とつとつと語る雪菜の言葉に知らず知らず涙を誘われる。彼女がこんなにも自分のことを思ってくれてるなんて考えもしなかった。


「急にごめんなさいね。なんか重い話になっちゃいましたね! 木ノ葉さん、硲下さん、気にしないでください」


「ああいえ、大丈夫ですよ」


 木ノ葉は笑顔でさらっと答える。

 そしてその横では、


「紡なら、大丈夫。うちには、大翔がいるから」


 硲下が突然雪菜の方を見て、そんなことを話し出した。


「大翔は、絶対にチームメイトを孤立させたりはしない。その辛さを、大翔は誰よりも知ってるから」


 確信に満ちた声色で、彼はそう続ける。それを雪菜は笑顔で受け止めた。


「はい。そうですね。昨日電話で試合のことを知らせてくれたときも、色んな話をしてくれました」


「色んな話?」


 紡が尋ねると、雪菜はおとがいに指を当てて考える素振りを見せた。


「うん、色々。要約すると、今はもう心配いらないって話でした。それは、明日の試合を見ればぜったいに分かるはずだからって。飛永さんは、そう言いました。だからできれば見に来て欲しいと」


 本当に、自分はなんて恵まれているのだろう。


 一時期はこの身の置かれた状況を呪ったものだが、今は本当に幸せだと思う。真っ暗闇の先に待っているのは、必ずしも闇の延長だとは限らないのだ。唐突に現れる光もあれば、その闇を乗り越えたからこそ出会える未来もある。


「そっか。うん……話はわかったよ。見に来てくれて、ありがと」


 それは、色んな思いを込めたありがとうだった。果たしてそのうちのどれほどが彼女に伝わっているだろうか。


「はは、そんなのいいですよ。家族だもの。応援に来るのは当然です」


 その笑顔は、一片の曇りもない穏やかな優しいものだった。


「弟の幸せを願わない姉なんているもんですか」



 今でも覚えている。

 忘れるわけがない。

 そして、それはこれからもきっと。


 このチームメイトたちとの出会いは、自分の心にいついつまでも刻み込まれ続けることだろう。


 願わくば、そのチームメイトたちの心の中にも、自分のことが残り続けてくれたら、と。



 第二部 完

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