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Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第二部 エピローグ
105/119

2-43

 別腹、という言葉がある。


 たらふくご飯を食べたはずなのに、それでもおいしそうなケーキを見た瞬間、なぜかお腹にぽこっと隙間ができるのだ。それはあるいは和菓子だったり、スナック菓子だったり、中にはラーメンが別腹だという人もいるだろう。


 それは生命活動のためのエネルギー摂取という目的を超越した、ある種の快楽を求めるためだけの生理現象だと言えるかもしれない。


 そして、今の自分たち風高男子チームにも、同じようなことが起ころうとしていた。


 超歩危高校との練習試合終了後のことである。相手チームへの挨拶とお見送りを終え、さて昼飯でも食うかとぼんやり考えていたそのとき、花都先生は男子メンバーを集めてこんなことを言った。


「さて、みなさんに嬉しいお知らせがあります」


 その言葉に大翔たちは思わず沸き立った。


「嬉しいお知らせ……まさか、午後練の十キロランニングが、半分の五キロでいいとか?」


「いいや。ツーメン百本連続が、今日は特別に五十本でいいのかもしれん」


「なにぃ⁉ そんなに楽でいいのか⁉ せいぜい七十本とかじゃねぇのか⁉」


「でも練習試合でへとへとだし、それくらいでないと、俺もうもたないんスけど」


 大翔、白峰、修、彪流があーでもないこーでもないとくっちゃべっている様子を、花都先生は苦笑いで見守っている。


「いやいや、そんな不幸中の幸いみたいなアレじゃなくてですね。純粋に嬉しいお知らせですよ」


「純粋に嬉しい?」


 それでもイマイチぴんと来ず、大翔たち一同は首を捻った。

 その様子を満足そうに見回し、花都先生はこう言い放った。


「今日は、午後練、ナシです。つまり今回の夏合宿は、さきほどの練習試合で終了ということです」


 言ってる意味がわからない。


 だってあの花都先生だぞ。過去にほぼ一日中練習試合をした帰りのバスで途中下車させて、「ここから学校まで走って帰ってください。もし一時間以内に辿り着けたら、ご褒美に今日負け越した罰ゲームの腕立て千回を八百回に減らしてあげます」と天使のような笑顔で言い捨ておったあの花都先生だぞ。


 ――ありえねぇ。


 一同の心の中にはそれしかなかった。天変地異の前触れかもしれない。


「な、なんなんですか、一体何を企んでるんですか?」


「へ? 何も企んでませんよ?」


 勇気を出して問うた修に対して、花都先生はあっさり答える。


「試合頑張ってましたからね。これは単なるご褒美ですよ」


「「ひいぃ!」」


 たまらず数人が悲鳴を上げた。それを見て花都先生はおろおろするばかりだ。


「え、なんですか⁉」


「ちょ、マジで〝ご褒美〟って言うのやめてくれません? 俺ら軽くトラウマなんで」


 悪ふざけではない、大真面目である。花都先生の繰り出す〝ご褒美〟というのは、知らず知らず我々を人間不信にさせてしまうあれなのである。


「ええ? でも今回は本当に純粋に、そうですよ。例えばほら、女子のみなさんだってもういないでしょう?」


「あ、そう言えばそうですね」


 ついさきほどまで、練習試合のタイマーや得点板の操作を手伝ってくれていたのだが、知らない間にいなくなっていた。まあ昼は回ってるし、ご飯でも食べてるんだろうなと思っていたのだが。


 続く花都先生の言葉は、この場にさらなる衝撃を与えた。


「彼女らは今、水着で海水浴中ですよ」


「「なにぃ――っ⁉」」


「嘘なもんですか。私が嘘をついたことがありますか」


「「ないです!」」


 あるものか。花都先生は常に残酷なまでに正直だ。いやもう本当にね。もうちょっと手心ってものを覚えて頂きたい。


 しかし、何はともあれ。


「おい、修。天はてっきり我らを見放したと思っていたが」


「おうよ。まだツキは残ってたみたいだな」


 大翔と修は、不敵に笑う。


 中休みは土砂降りの雨のせいで、待望の雫の水着姿鑑賞会――じゃねぇや海水浴は中止になってしまった。元々は、今日の練習試合の後も練習は行う予定だったし、それを終えてすぐに合宿所を出払う必要があったので、もうこの合宿中での海水浴は諦めていた。


 そこに、思わぬ形でチャンスが降ってきた。これはもう紛れもなく〝ご褒美〟である。


「よおし野郎ども行くぞ――っ! しず……海が俺たちを待っている!」


「「おおおお!」」


 大翔の雄叫びに、修やら白峰やら彪流やら大文字やら百合ヶ丘やらが答えて、主将の先導に従って合宿所へと走って行く。自分の水着のパンツを求めて。こういうところは無駄に冷静だ。


 ついさっきまで精根尽き果てたようだった一同にも、この〝ご褒美〟は別腹だったらしい。


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