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Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第四章 rack&pinion
104/119

2-42

 第四クォーター。

 開始早々、展開は劇的に変わった。


 先ほどまでは各人バラバラに空回りしていた歯車たちが、突然噛み合いだしたかのようだった。


「風雅、来るぞ!」


「おッス!」


 彪流の呼びかけに、大文字は力強く答えた。


 今はディフェンスだ。相手方の点取り(スコアラー)である六番の選手は大翔が完全に抑えていたので、代わりに別の選手が積極的に攻めてきていた。


 そしてそのうちの一人が、大文字の止めるべき相手――マークマンの七番だった。


 身長は向こうの方が高い。しかし決定的な差ではなかった。そもそも通常の一対一において、実は身長差というものは決定的な差にはなりにくい。それよりも、スピードや体重の方が重要な要素である。


 しかし、そこがゴール下であれば話は別だ。身長差というものが、実力差として大きく影響してくる。身長不足で届かなければ、物理的にもう止めようがないのだ。


 なので、今の大文字にとって何よりも大事なのは、七番をゴール付近に近づかせないことだった。


 上から見ると鍵穴のような形をしている台形のライン。そこが彼らの戦場だった。

 ゴールに背を向けて場所を取る七番の、斜め後ろに大文字が立つ。


 押してはダメだ。

 たとえ向こうから体を押し込んでこようとも、ディフェンスの側はそれを(こら)えなければならない。少しでもこちらから押し返せば、審判は必ずファウルをとる。これも大翔の教えである。無駄なファウルは相手に勢いを与えてしまうだけだ。


 大事なのは力よりも機敏さ。相手の動きに先回りする機動力だ。

 相手ガードの四番から七番にパスが入る。ここではさすがに身長差が効いた。こう身長が高いと山なりパスで簡単にボール入れられてしまう。


 だが勝負どころはここからだ。ここから中に斬り込ませさえしなければ、十分である。


 七番はぽーんぽーんとフリースローライン側に緩やかにドリブルを重ねたかと思うと急に反転してエンドライン側に斬り込んできた。凄まじい瞬発力だが、大文字はそれに食らいついた。ここは死んでも通さない。


「ち……」


 七番は舌打ちし、動きを止める。

 諦めたか、と一瞬思ったが、そうではなかった。彼はクイックターンで大文字を振り切り、そのままシュートに持ち込んだ。


 いや、持ち込もうとした――――――らしい。


 本当にそうかどうかはわからない。なぜならそれが判明する前に、大翔がボールをカットしてしまったからだ。


「走れっ!」


 大翔が叫ぶ。逆サイドではあっという間に彪流がゴールに向かって駆け上がり始めていた。その逆サイドでも、紡が走っている。大翔は修にボールを預けた。


 そこで十八番の弾丸パス。レーザービームような空間を切り裂く強烈なパスがセンターラインを越えようとしている紡のもとへと届く。そして、紡から彪流へ流れるようなパスワーク。彪流はディフェンダーを置き去りにして悠々とシュートを決めた。


     *


「あいつらは、ああやってどんどん展開を早くしていくスタイルの方がいいのかもしれませんね。大文字はまだこれからですが、他の四人はトランジション(攻守の切り替え)に敏感なタイプだ。あんな鮮やかな速攻中々できませんよ」


 ベンチに座る木ノ葉が言った。

 隣にいた花都はコートの方に目を向けたまま答える。


「ええ。中でも特に驚異的なのが、飛永くんの流れを先読みする能力です」


 木ノ葉は静かに頷きを返し、続きを待った。


「先ほどから、狙ったようなタイミングで相手のボールマンからボールを奪取しています。第四クォーターに入って、飛永くんのスティールの数はもう四つ目です」


 ちなみに今は第四クォーターに入って、まだたったの三分だ。それだけの間に四本のボールカットは凄まじい仕事ぶりだ。


「珍しいですね。あいつは確かにディフェンスは上手いですけど、スティールの数はそれほどでもない。真剣にディフェンスをするときほど、臆病なほど保守的になる。スティールなんてめったに狙わない。なのにさっきからのこれは――」


 そんなことを言っている間にも、大翔が再びボールをパスカットした。またしても風高の疾風(はやて)のような素早い攻撃が始まる。


「はい。まさに攻撃的守備と言っていいでしょう。そしてこれこそが彼の真骨頂です」


「しかし、なんで急にこんなに変わったんですか? まさかこの合宿の間に身に着けたとでも?」


「そうだとも言えるし、そうでないとも言えるかもしれませんね」


 含みのある言い方に、木ノ葉は首を傾げた。花都はこちらに視線を向けた。


「きっかけは恐らく意識の切り替えによるものだと思います。これまでは、自分はディフェンスしかできないから、そのディフェンスでは絶対に失敗できない、そう思っていたんでしょう。でもこれからはそれだけではダメだと気付いた。


 自分も点を取れるようにならないといけない。でも実際に点を取るのは自分には困難だから、せめて自分が一つでも多くボールを奪って、こちらの攻撃のチャンスを増やそうと、そう考えたんだと思います。


 もちろんそれはチームメイトへの信頼があって成り立つものです。自分がボールを奪えば、他のチームメイトがそれを得点につなげてくれる。その信頼があるから、ああして積極的にボールを奪いにいけるんです」


 今度は紡がシュートを決めた。先ほどから何度も走らされているのに、彪流も紡も運動量が落ちない。大文字も点こそ取ってはいないが、大翔のサポートを受けつつ、しっかり守備をやっている。


「でもこれも、あくまで風高の数あるスタイルのうちの一つだと思うんです」


 花都は話を変えるように、背筋を少し伸ばした。


「風高はセットオフェンスでも十分戦えます。木ノ葉くん、硲下くん(晴れモード)、早坂くんのペネトレイトは十分強力ですし、百合ヶ丘くんのポストプレイ、またはそれを中継してのボール回し。白峰くんなんかはセットオフェンスでこそ力を発揮できるタイプだと思います。ここぞというときのスリーポイントは外しませんしね」


「要するに、俺たちはまだまだ強くなれるってことですかね」


「そーいうことです」


 そんな中、展開が少しずつ遅くなっていた。さすがに彪流と紡の体力が切れかけているらしい。


 しかし、それで困ってしまうほど、風高の選手層は薄くないはずである。


「白峰くん、硲下くん、交代の準備をしてください」


「「はい」」


 チームメイトに諦めない姿を見せつけられ、この二人も静かに闘志を燃やしていた。


「白峰くんは長内くんにペースを落とすように伝えてください」


「わかりました」


「硲下くん、誰にでも調子の悪い日はあります。でもそれを言い訳に臆してはダメですよ」


「はい、すいません、もう、だいじょぶです」


「よろしい」


 超歩危高校のファウルで試合が止まった。オフィシャルがブザーを鳴らし、交代を知らせる。白峰と硲下が元気よく走って行く。


 その後ろ姿を見ながら、木ノ葉は心の中で頑張れよと言葉を贈った。


     *



 最終試合結果


 風高70点 超歩危高校38点


■得点内訳(3ポイントシュートの得点)


 早坂紡18(9)

 新谷彪流12

 百合ヶ丘春臣12

 木ノ葉之平9(3)

 長内修8

 白峰郁6(6)

 硲下要一5

 飛永大翔0

 大文字風雅0


 風見鶏高校男子新チーム、初の練習試合は圧勝で幕を閉じ、地獄の夏合宿を終えた。


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