2-41
*
木ノ葉と百合ヶ丘が交代してからは、風高と超歩危高校の戦いは互角だった。
とはいえともにロースコアだ。第三クォーター終了の時点で、風高40点、超歩危高校32点。風高は紡のペネトレイト(ドリブルでゴールへ向かって切り込むこと)と、彪流の俊足&修の弾丸パスを駆使したカットインで点を稼いでいた。
要するに、残りがまったく機能していないということである。
風高ベンチの片隅、肩身狭そうに沈んでいる三人の姿があった。
大翔、白峰、硲下の三人だ。
本日まったくと言っていいほど活躍していない三人である。
「お前らなぁ……いい加減にしろ? さっきからずっと一年に助けて貰ってばっかだぜ?」
二年生勢の中、唯一正常に稼働している修が、呆れたようにそう零した。
今は第三クォーターが終了し、第四クォーターが始まるまでの休憩中である。その作戦会議のただ中だった。
現状何とか勝ってはいるが、いつ追いつかれても不思議ではない点差だ。加えてこちらは合宿の疲れが溜まっていて、試合が終盤に近付くにつれ、その影響が大きくなりつつある。事実紡と彪流のシュートは精度が少しずつ落ちはじめ、ミスも増えて来ていた。二年生の三バカに至っては最初からずっと不調だ。
「……悪い……」
「……面目ない」
「……今日は……雨の日」
大翔、白峰、硲下の三人が呟く。
そこへ花都先生がやってきた。景気の悪そうな顔をしている三人を心配顔で見つめている。
「飛永くんは攻撃を意識しすぎるあまり、得意の守備が普段よりおろそかになってしまってますね。まあ今まで守備だけをやってきたから仕方ありませんが、これからはそれではいけませんよ?」
「はい」
「白峰くんは、いつもよりシュートを急いでいる気がします。マークマンはしっかり振り切れてるんですから、もう少し溜めてもいいかもです。一本一本を大事にうちましょう。まず一本です」
「はい」
「硲下くんは、今日は完全に動きが悪いですね。雨ですか?」
「はい……」
真剣に問う花都先生の背後で、彪流はわけがわからないという顔をしている。
「今日は快晴ですけど、雨の日って、どういうことッスか?」
その質問に答えたのは、木ノ葉だった。精根尽き果てたような顔をしている絶不調トリオに、彼は親切にも、うちわを振ってあげている。その手を休めることなく、
「硲下は好調と不調が特に激しい体質でな。好調なときは飛永でも止めるのに苦労するほどなんだが、不調なときはとことん悪い。そういう日を硲下は天気になぞらえて『雨の日』と言っている」
「はぁ、じゃあ今日はずっと調子悪いんですか?」
「いや、途中で止むこともなくはないぞ。なぁ硲下?」
木ノ葉の問いに、硲下は顔をうつむけたまま、
「本日の降水確率80%」
「絶望的だ⁉」
ぎょっとする彪流。
冗談もそこそこに、花都が部員を見回し、次なる指示を出した。
「硲下くんと白峰くんを一度下げて、彪流くんに戻って貰います。そしてもう一人は、大文字くんに出て貰いましょう」
「え⁉ 自分がっすか⁉」
鬼神の如くうちわを振りまくっていた大文字が、その動きを止める。突然降って湧いて出た試合出場のチャンスにあたふたしていた。
「はい。お願いします」
「……了解ッスっ!」
しかし次の瞬間には表情を締め直し、力強く頷いていた。
「大文字くんにとっては初の試合ですからね。難しいことは言いません。あなたに最低限やって欲しいことは、自分のマークした相手を出来る限り抑えること。もう一つはリバウンドの際に、自分のマークマンをしっかりスクリーンアウトすることです」
スクリーンアウトとは、シュートが外れ、落ちたボールを相手に拾わせないように自分のマークの相手をブロックすることである。下手に自分からボールに飛びついて行くより、このスクリーンアウトをチーム五人全員がしっかり行うほうが、リバウンドの取得率は格段に上がる。基礎的だが、とても重要なことだ。
重量があり、また思いのほか機敏な大文字はこのスクリーンアウトが得意だった。それをまず試合でもしっかりやれという花都先生の指示だ。
「はいッスっ!」
「いい返事です」
花都先生はニコッと笑い、今度は大翔たちの方へ視線を戻した。
「長内くんは現状通りゲームメイクを。今いい感じなのでその調子でいいと思います。ただ、早坂くんにマークが集中してきてるので、自分で攻めるなり、飛永くんか彪流くんを使うなりして攻め手を増やしてください」
「うっす」
「飛永くんは言わなくてもわかってますね? まずはいつも通りディフェンスをしっかりです。あなたはその守備力だけでも、相手にとっては脅威なんですから」
「はい!」
「彪流くんは今まで通りポストアップを積極的に。あと大文字くんのヘルプ(大文字が相手に抜かれてしまったときのカバー)は常に意識に置いといてください」
「はいッス!」
「早坂くんは外からもロングシュートを狙ってみてください。相手のディフェンスが中に集まってきているので、それを外へ引き出しましょう」
「はい」
ふとタイマーを見ると、休憩は残り十秒だった。大翔、修、彪流、紡、大文字の五人はコートへと入って行く。
その後ろ姿へ、花都はもう一度声をかけた。
「あえて先に言っておきますが、もうこの試合には木ノ葉くんと百合ヶ丘くんは出しません。あなたたち一、二年生だけで、ここを乗りきってみせてください」
大翔たちは振り返り、力強く頷いた。
「「はい!」」
いよいよ最終クォーター。
五人の中に渦巻く思いは様々だが、それでも目的は同じだ。各々がそれぞれできることをやって、この試合に勝つ。
「このままでは終わらせねぇぞ。わかってんなキャプテン?」
修が皮肉めかして言ってくる。大翔はそちらを見もせずに返した。
「わかってる」
「憧れの先輩がこのザマじゃ、紡にも失望されちゃうぞ?」
「な⁉ お前なんでそれ……」
「俺はお前のことは大体知ってんの」
そして肩をどんと叩いてくる。続いて耳元で囁かれた。
「今日妙に動きに迷いがあんのはそれか? 変にカッコつけようとして、空回りしてんだろ」
「べ、別にそんなんじゃ――」
「いいや、そうだね。ポイントガードの観察眼なめんなよ」
修にそう言い切られ、大翔は口を噤んだ。確かに修の言う通りなのかもしれない。
紡の、自分に対する尊敬の念に応えたい。そんな風に変に意気込み過ぎて、空回りしてしまっているのだろう。情けないにも程がある。
こんな情けない自分が、この先紡たちを――風高のみんなを引っ張っていけるのだろうか。そんな重圧が大翔の動きをさらに悪くしている。
しかし、さすがはチームの司令塔。修はそのフォローも怠らなかった。
「いいリーダーってのは、最大限に仲間を頼るもんだ」
「え?」
思わず間の抜けた返しになってしまう。しかし修は構わず続けた。
「紡は、お前に頼りになる先輩であって欲しいなんて思ってない。それよりも、お前に頼りにされたいと思ってるんだ」
そこでブザーが鳴った。第四クォーター開始だ。修はあっさり視線を外し、
「頼ることを申し訳ないなんて思うな。堂々頼れ。それがチームだろ」
ハッとした。キャプテンなんて大それたものになって、自分はそれを忘れてしまっていたのかもしれない。木ノ葉のような頼れる選手になろうと思うあまり、もっと大切なことを忘れてしまっていたのかもしれない。
――一人で上手くなっても……全然楽しくなかった……。
紡の言葉が頭を巡る。
――風高の人たちとバスケしてるとき……もう、全然、信じられないくらい楽しくて……あのとき、頑張って良かったって……本気で思えて……。
そうだ、彼は言ったのだ。風高に入って良かったと。そしてこのチームでバスケができて、本当に良かったと。
それは何故か。
「飛永先輩」
声をかけられた。
紡だ。振り返ると彼は笑顔だった。
「先輩が後ろで守ってくれてるから、僕は攻めに集中できるんです」
ぽかんとして、大翔は紡の顔を見つめてしまった。
「僕が先輩の分も点を取りますから、先輩は僕の分も守ってください」
「……っぷ、あははは!」
思わず吹き出してしまった。まさか紡がこんなことを言うなんて。
でも、きっとそれでいいのだ。
「ようしわかった! それで行こう」
「はい!」
大翔は紡の肩を叩き、守備についた。
焦燥感にも似た熱意だったさっきまでとは、まるで違う。ただとにかくこの試合を楽しもうという思いが心の奥底から沸き立っていた。
――頼り、頼られか……。それもいいな。
大翔はフロアを両手で叩く。全国トップレベルの守備の天才がついにその本領を発揮する。