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Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第一章 風は吹けども
10/119

 大翔たちは一折体を暖めて、試合会場に戻り始めた。

 会場内では時折爆発的な喝采が巻き起こっている。誰かが鮮やかなスリーポイントシュートでも決めたのだろうか。それとも華麗なドリブル突破で三人抜きでもしたのだろうか。女の子たちのものと思しき黄色い歓声が耳をつんざく。


「ねぇみんな、風見鶏の女子勝ってるんだって!」


 誰かから聞いたのか、風見鶏高校三年男子の百合ヶ丘がそう言うと、「マジか⁉」と同じく風見鶏高校三年男子の三宅が、素っ頓狂な声で返した。


 その会話を聞いた大翔は、考える間もなしに尋ねていた。


「何点差ですか⁉」


 すると百合ヶ丘は少し興奮気味に、何やら腰をくねらせつつ、


「五点差だよ! かなり競ってるけど、相手には一度もリードさせてないって! すごくない、ねぇすごくない⁉」

「けど全然安全圏じゃねぇな。無駄にハラハラさせやがって。ボロ勝ちかボロ負けのどっちかにして欲しいぜ」


 三宅がガシガシと頭をかきつつ、そう言った。

 すいぶんと無茶な注文だが、気持ちは分からなくもない。


 女子チームだってともに頑張ってきた仲間だ。コート使用権のローテーションや掃除場所の分担など、色んなよくわからないところでもめてケンカしたりもした。


 それでも、長期休暇期には一緒に合宿して弱点をつぶし合ったり、四月ごろには新入部員獲得のために協力してパーティーを開いたり、春の大会でともに準決で散ったときには残念会を開いて、傷のなめ合いをしたりした。理由はなんかよくわからないけれど、負ける時はいつも一緒なのだ。


 だから、勝つときも一緒。

 誰も口に出したりしないけど、誰もが心の中で思っている。


 女子の敗北ももしかしたら、その重みとしては、自分たちの敗北と大して変わりないのかもしれない。


 大翔たちは気が付けば走りだしていた。試合会場に踏み込んで、靴からバスケットシューズへと履き替え、コートの脇の廊下を進み、扉をそっと開け開いてコートの中を覗きこむ。


 その瞬間、目に見えぬ熱風が押し寄せた。


「「きゃ――――っ!」」


 スタンドから黄色い歓声が降ってくる。

 どうやら大城の上高校の選手の一人が、スリーポイントシュートを決めた瞬間だったらしい。


「うわ二点差……」


 大翔が呟く。

 スコアボードは大城の上28:風見鶏30。

 たったのワンゴール差だ。


 バスケは一回のゴールで二点入る。しかしスリーポイントラインと言われるゴールを囲む線よりも、外側から放たれるロングシュート――スリーポイントシュート――であれば、その名の通り三点入る。


 この三点というものは結構大きい。

 もちろんそのスリーポイントシュートは、簡単に入るようなものではないのだが、だからこそそれを決めることができれば確実にチームの勢いには火がつくし、相手チームには精神的ダメージを与えられる。


 そして何より、決めた本人はたまらなく気持ちがいい。

 大翔はロングシュートが下手くそなので、フリー(目の前に相手ディフェンダーがいない状態)にでもならない限り特に狙ったりはしないのだが、木ノ葉なんかは十八番だ。調子のいいときにはバカスカと訳が分からんくらいに入る。


 そしてその手の中距離以上のシュートを得意とする選手は、総じてシュートフォームがきれいだ。

 だが、


 シュートフォームがきれいと聞いて、大翔が真っ先に思い浮かべる選手は、木ノ葉ではなかった。

そしてそれは徳島一のシュート精度を誇るとされる雑賀東の光武選手でも、得点力鬼レベルのエース一之瀬でもない。


「――あ」


 Bコートに、一羽の白鳥がいた。


 いや、残念ながらユニホームが色鮮やかな赤なので、そのイメージを持つのは少し無理があるかもしれないけれど。


 大翔はそれに魅了される。


「12番、ヘルプお願い!」


 大城の上の選手の一人がそう叫ぶが、もうすでに遅かった。

 赤地の背中に掲げられる12番。それが残像を残すような素早さでマークを振り切ってボールを受け取る。その単純な動作一つにも洗練された流れがあった。


 12番の選手は空中に向かって両手を開く。きれいに左右に弾かれた両の手の指先から、ゆるく縦回転するボールが空中へと投げ出される。


 そして大翔には、これからそのボールが辿るであろう軌跡がすでに見えていた。

 きれいなスナップの形を残す12番の指先から、高さ305センチを誇るバスケットリングの中へ。


 その可視化された放物線を手繰り寄せるようにボールが辿る。その変遷の時の狭間、なぜかそのボールの動きがコマ送りのスローモーションに見えた。


 一瞬会場が静まり返る。

 誰もが拳を握りしめ、唾をゴクリと呑み下す。


 そして、


「「きゃ――――――――っ!」」


ボールがリングに吸い込まれてネットを揺らした数瞬後、弾けるような歓声が会場内に溢れ返る。


「うお、すげぇ……」


 大翔の傍にいた三宅が言った。その言葉には心の奥底から同意する。

 そして、ポンと肩を後ろから叩かれたので、振り返ってみると、その手の主はキャプテンの木ノ葉だった。


「心配いらなかったみたいだな」

「はい、みたいです」


 コートを穏やかな表情で見据える木ノ葉に向かい、そう返す。そして大翔も再びコートの方に視線を戻した。


 そのコートの中で、凄まじい活躍を見せる風見鶏高校の12番――天野雫の方へと。


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