風の吹くほうへ
いつもより体が重く感じるのは、きっと気のせいではないのだろう。
だが自分はそれを否定するため、必死の思いで足を運ぶ。
右手を駆け抜けていく青々とした樹林帯や、左手に広がる町の景色などには一切として目もくれず、まだ買って一月も経たないのにボロボロになった靴を踏みしめて、息を切らしながらも慣れたコースを懸命に走って行く。
そのコースというのは山の端を沿うようにして作られた、蛇行目まぐるしいアスファルトの山道だ。数々の運動部がここを練習場として利用するが、その大多数がこのコースの存在を疎んでいる。なだらかに続くこの道を進んで頂上に着くころには、大概の者は二度と来るもんかと憤るのが定石だ。
そんな中、自分の所属するバスケ部顧問の花都は、学生時代にここを走らされた苦い経験を持つからなのか、体育館の使えない日には必ずここを部員たちに走らせる。
おかげで自分のチームはスタミナに関してだけ言えば、県トップクラスの実力だ。相手チームの体力の尽きが見え始める後半での巻き返しには定評がある。
日はもうすでに沈みかけてきていた。今のこのペースでは、山頂に辿り付いて引き返す頃には真っ暗になっているかもしれない。
でもそれでもいい、と思った。
いや、そんなこと考えてすらいなかった。
自分にはどうしても確かめておかなければならないことがあり、その事実をちゃんと見定めるまでは、雨が降ろうが槍が降ろうが、そんな物は一切無視して、このペースでただひたすらに走り続けることだろう。
コースはついに最終段階に入ってきた。あとはなだらかなカーブを二三やり過ごし、急斜面かつ一段一段の高さが鬼の階段を駆け上がってしまえば、この山の頂上、つまりコースの最終点に達する。
そこでラストスパートを切った。
だが、その途端に、様々な器官が一息に悲鳴を上げた。
まず心臓。そして肺。
すぐに足を止めようとしたが踏ん張りを利かせることができず、よろよろと流れに流された末、アスファルトに膝をついてしまった。
はいていた長ズボンの接地部分に穴が開く。さらにその穴からは血が滲んでいたが、その事実に自分が気づくのはそれから随分後のことだ。
「んっ……は……」
それどころではなかった。
呼吸が上手くできない。脳が送り出す「吸え」という信号は肺に達するまでに混線を起こし、心臓は狂ったようにテンポを乱してやるべきことをやってくれない。だがこんなものは意識して修正できるようなものではなく、為す術もなく地面に突っ伏すことしかできなかった。
――くそ。
ただただ苦しみに耐えぬいて、時間が過ぎるのを待ち続け、気が付けばいつの間にか辺りは真っ暗闇だった。明滅する街灯の下で心臓を押さえていた。
一体どれだけの時間こうしていたのだろう。実際短い時間ではなかったのだろうが、自分には永遠のように長い時間に思えた。
――やっぱり、もう、ダメなのだろうか。
自分がどうしても確かめたかったこと。
あまりに突然に突きつけられてものだから信じられずにここに来たが、残念ながらそのことに裏付けを与えてしまった。ここにはそれを否定するために来たはずだったのに、自ら確信の地に至ってしまった。
それから覚束ない動作でゆっくりと立ち上がり、傍の電柱に背を預けた。
明かりに吸い寄せられた昆虫たちがからかうように乱舞している。その様を虚ろな視線で茫然と眺めながら、
「帰ろう」
明日は学校がある。
その前には朝練があり、その後には夕練がある。
そして授業の三時間目には体育があり、その授業の担当はバスケ部顧問兼監督の花都だ。また自分の携帯電話には、花都の携帯番号もアドレスも入っている。チャンスはいくらだってある。
さて、この事実、一体いつ打ち明けるべきだろうか。