高城俊太郎の成長日記
俺の名前は、高城俊太郎。
これが俺に与えられた唯一の欠片だ。
この欠片を封印し、約10年間生きてきた。
もう使う事はないと思っていたが、
『ある人』に再会して、
一緒に住むようになってからまたこの欠片を解放した。
食事をする事も、寝る事も、
忘れかけていたんだけどな・・・
この佐川ときの家で最初に食べたカレー。
あれは最高に美味かった。
毎日食えるかもしれない。いや、食えるな。
そして、その孫のゆりが作ってくれたチャーハン。
美味かったなぁ。
『ある人』とはこの、ゆりの事だ。
俺の欠片の中にある、さらに小さな破片の妹と同じ名前。
“高城俊太郎”を解放してくれた、命の恩人。
ときとゆりは、俺の新しい家族になってくれた。
その恩は返しきれないかもしれないが、
少しずつ返していくつもりだ。
1
この家に来てから一か月になる。
朝、みんなでこの居間に集まり、顔を合わせて朝飯を食う。
それが大事な儀式らしい。
きちんとみんな揃うまで、食べるのはおあずけだ。
ちゃぶ台にはもう、朝飯の準備が整っている。
ご飯に味噌汁・・・ん?これ何だ?この黒くて固まってるやつ。
ここに来てから、食べた事ないものを食べれるようになった。
全部美味しい。
お腹空いた。
ゆり、早く来ないかな。
「おはよ~、俊。」
お、来た。
「おはよー。」
ゆりは制服姿で現れる。
気になっている事がある。
この人はあまり笑わなくなった。
笑ったら、すごく綺麗で可愛いのに。
俺はこの人の笑顔と言葉に救われた。
あの時みたいに、笑えばいいのに。
「おばあちゃん、おはよ~。」
「おはよう、ゆり。」
台所から、ときが現れる。
・・・このばあさん、只者じゃない。
見かけは普通だが、何ていうか・・・気配というか。
「おまたせ。さぁ、食べよう。」
ときは、焼いた鮭の切り身を乗せた皿をちゃぶ台に置く。
うまそぉ。
「さぁ、手を合わせて。」
ときが声をかける。
それに合わせて、ゆりは手を胸の所で合わせる。
俺も真似をする。
「いただきます。」
朝飯の始まりだ。
2
俺の部屋。
自分の部屋が出来るなんて思わなかった。
元々はゆりのじいさんの部屋らしい。
勉強机と小さなタンスが置かれている。
ゆりが、この部屋を使えるように片付けてくれたみたいだ。
【これからは俊の部屋だから、好きな物を揃えていいけんね。】
好きな物・・・うーん。
これから見つけていこうかな。
この勉強机、かなり古いよな。
でも、味があっていい。
木目が模様みたいに見える。
勉強机の上に、本が数冊置かれていた。
ゆりのじいさんの物かな。
暇だから少し目を通してみた。
一冊目は星の写真が載っている本。
じいさんが好きだったのかな。
二冊目は小説。
正直俺は文字を読む事をしてこなかったから、ちょっと難しかった。
これから勉強して、もう一回読んでみたら・・・
もしかしたら理解できるのかも、な。
三冊目。
理学っていうのかな。天文学の本だった。
少し興味が湧いた。
きちんと読んで、理解できるようになりたいと思った。
そうだな・・・
学校に通ってみるか。
俺の歳からすると・・・中学一年生になるのかな。
実際の歳は、成人しているけど。
鍋島に連絡しよう。
俺の戸籍は恐らく抹消されている。
両親がどうなったのかも、知らない。
知ろうとも思わない。
とにかく、学校に通うなら・・・
戸籍を作らないといけない。
ばあさんとゆりにも言わないとな。
・・・まだ、とりあえず黙っていよう。
「ふぁ・・・」
眠くなった。
ちょっと昼寝しよう。
俺は畳の上に仰向けになる。
気持ちいい。
こんなに、のんびりできるのは久しぶりだな・・・
目を閉じて、俺はそのまま眠りについた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・
「・・・俊~。下りておいで~。晩ご飯~。」
・・・・ん?
ゆりの声がする。
晩ご飯?
俺、そんなに寝てたのか。
背伸びをして、俺は立ち上がった。
3
日曜日の朝飯。
トーストと目玉焼きだ。
最高の組み合わせだよな。
そしてソーセージとサラダ、くし切りにしたオレンジ。
コーヒー。
佐川家の朝飯は充実している。
「俊。今日ちょっと出かけない?」
トーストと目玉焼きを頬張っていた俺に、ゆりが話しかける。
「・・・どこに?」
「お買い物。俊の服とか、間に合わせで買っただけやったけんさ。
俊が欲しい物とか、いろいろあるやろ?」
買い物か。
楽しそうだな。
「うん。行こう。」
「私も買いたい物あるし。一緒に見に行こう。」
「ああ。お金は俺が払うから。鍋島に預けてあるんだ。」
「俊太郎。」
ばあさんが言う。
「そのお金は、俊太郎がいざという時に使いなさい。
気にしなくていいよ。」
「・・・・・・」
いざという時、か。
「・・・分かった。ありがとう。」
そうだな。
俺が稼いだお金。
不本意だが、かなりある。
とりあえず戸籍を作るのに使おう。
それと、家族が困っている時に。
*
俺はゆりと、バスに乗ってショッピングモールに出掛けた。
バスに初めて乗った。
便利だよな。
車とかなくても遠くに行ける。
・・・『力』を使えば、それも容易いけどな。
今のゆりは、いつもより可愛かった。
ワンピースを着ている。
眼鏡は相変わらず掛けているけど・・・
取った方がいいのに。
「まず、服かな?どうする?」
「うーん・・・」
「・・・疑問だったんやけどさ、今まで服とか下着とかどうしてたん?」
「適当に鍋島からもらってた。」
「鍋島さん?・・・さっきも鍋島さんに、
お金を預けてるって言ってたよね?」
「鍋島は俺の請負人だ。『あちら側』ではよくある。」
「・・・ふーん。」
それ以上、ゆりは聞いてこなかった。
踏み込んではいけない領域だと、思ったんだろうな。
確かに、俺も『あちら側』のルールを話す事はしない。
4
俺とゆりは、しばらくショッピングモール内を歩いた。
ショッピングモールって・・・夢のような所だな。
飲食店もあれば本屋もあるし、洋服だって売っている。
ここに行けば、大抵欲しい物がそろうだろうな。
すげぇな~。
「あ、ちょっと俊。ここに入ろう。」
ゆりがそう言って入った店。
Tシャツやジーパンが並んでいる。
他にもいろいろあるみたいだけど、俺はあまり詳しくない。
「これなんかいいやん。」
ゆりがTシャツを持って、俺に見せる。
「じゃあそれでいい。」
「え?・・・俊がいいってやつ選んでよ。」
「ゆりが選ぶならどれでもいい。」
「・・・」
ゆりは顔をしかめた。
・・・俺、何かまずい事言ったか?
「俊が選ぶの。ほら、探して。」
そう言って、ゆりは俺に勧めた服を戻す。
・・・いや、その服でいいけど。
ゆりがじっと俺を見ている。
ちょっと怖い。
「・・・分かった。」
服なんて、着られたらそれでいいのに。
「服なんて着られたらいい、なんて思っとるやろ。」
え。何で分かったんだ?
「とても大事なことなんよ、物を選ぶ事って。
何でもいいの。好きでも嫌いでも。その気持ちを持ってほしいんよ。
・・・とりあえず選んでみて。
私は店内にいるから。決まったら呼んで。」
ゆりはそう言い残して、離れていった。
・・・
うーん。
選ぶ、か。
確かに・・・
今まで物を選んで手に入れた事って、ないかもしれない。
俺は店内を見渡す。
・・・・・・
難しいな。物を選ぶって。
食べ物なら即決なのに。
さっきのゆりが選んだやつ、持っていったら怒られるだろうか。
でも、これがいい。
・・・あと何枚か混ぜて持っていけばいいか。
・・・・・・
ん?このTシャツ・・・へぇ、金魚が描いてある。
これは、英語が書かれている。
いろいろあるな~。
へぇ~。
俺は数枚Tシャツを手に取って、ゆりを探す。
何分も経たずに、すぐ見つけられた。
5
はっきり言って、適当に選んだ。
しかも、さっきゆりが選んでくれたやつも入っている。
俺は怒られるだろうと思っていた。
だけど・・・
ゆりは微笑んでいる。
「Tシャツだけでいいと?ジーンズとかも選んだら?」
あれ?
ゆりは何で笑っているんだ?
「ほら。それ私が持ってるけん。」
ゆりはそう言って、俺が持っていた数枚のTシャツを受け取る。
・・・どうしてだろう?
怒られると思ったのに。
・・・ま、いっか。
やっぱゆりの笑った顔は、すげぇ綺麗で可愛いな。
*
一通り買い物をして、俺とゆりはショッピングモール内のベンチに座った。
買った物が入った袋も一緒に。
結構買った気がする。
Tシャツ、ジーンズ、靴、下着・・・
ちょっと疲れたけど楽しかったな。
「そうだ。ちょっと待ってて。」
ゆりは立ち上がり、歩いていく。
人波に埋もれ、すぐ姿が見えなくなった。
人が多いな。
日曜日だからだろうな。
家族が多い気がする。
数十分経って、ようやくゆりが戻ってくる。
両手に何かを持っていた。
「はい。どうぞ。」
その一つを俺に手渡す。
ジュースか。
有難い。喉が渇いていた。
「ありがとう。」
受け取ってすぐに俺は飲む。
わっ。
なんだこれ、うまい。
ブドウジュースだな。うまい。
「はーっ、人多いね~。」
ゆりも飲みながらベンチに座る。
ゆりのはオレンジかな?
そんな色のジュースだった。
「楽しかった?」
そう聞かれて、俺はすぐに答える。
「ああ。楽しかった。」
俺がそう言うと、ゆりは微笑んだ。
あ、まただ。
今日のゆりは、よく笑っている。
なんだろう。
ゆりが笑うと、とても嬉しい。
「これからもずっと、俊が選んで好きな物を買えばいいからね。」
好きな物・・・か。
まだその気持ちは分からない。
けど・・・
何となく分かった気がする。
「・・・ありがとう。ゆり。」
ゆりは微笑みで応える。
あと、この笑顔。
これから、この笑顔が見られたらいいな。
6
佐川家に暮らし始めて三ヶ月が経った。
俺は久しぶりに、“暑さ”を感じる事になる。
暑い。
汗をかくなんて、いつぶりだろうか。
気持ちいいな。
俺は自分の部屋にいた。
この部屋もだが、二階の部屋にはエアコンがないらしい。
扇風機を強く回しているが、暑さは引かない。
その中で俺は勉強をしていた。
来年4月から、中学校に通うための勉強だ。
学校に通う事を家族に伝えると、とても共感してくれた。
それから俺は、国語、算数、理科、社会・・・など。
小学校で習う事をおさらいする為に、本を買った。
日々、勉強している。
とても楽しい。
いろんな事を覚えられて、吸収できる時間。
俺にとって、大事で貴重な時間になっていた。
今何時だろう。
・・・10時頃か。
ゆりは出かけている。
高校の図書委員長をしているらしく、夏休みでも登校する事が多い。
ばあさんも朝飯食べてからすぐ出かけてしまった。
そうだ。
玄関の掃除をしようと思っていた。
ばあさんがしている日課だが、今日は俺がすると申し出た。
家にいる時間が長いのは俺だしな。
少しでも役に立ちたい。
・・・料理も、いつか出来たらいいなと思う。
だから少しずつ覚えて、試しに作っていきたい。
俺は一階に下りて、玄関に向かう。
サンダルを履き、土間に立て掛けてある竹箒と塵取りを手に取った。
「・・・暑っ。」
玄関の引き戸を開け、俺は外に出る。
今日も日差しが強いな。
蝉の鳴く声がすごい。
家の中からも聞こえたけど、さらに大きく聞こえる。
どっと汗が出る。
掃除終わった後に冷たい麦茶飲もう。
最高だよな~
汗かいた後の冷たい飲み物って。
黙々と、玄関前を掃除した。
竹箒で掃き、通路を綺麗にする。
俺はふと、郵便受けを見た。
何か入っている。
郵便受けを開けてみると、紙が一枚入っていた。
俺はそれを手に取る。
“町内開催盆踊り・夏祭りのご案内”
手作りのチラシだった。
・・・盆踊り・夏祭り、かぁ。
面白そうだな。
7
晩飯時。
話題はそのチラシの事になった。
「この夏祭りには毎年行っているよ。
このお祭りに関わって、屋台をしていた頃もある。」
ばあさんがチラシを見ながら言う。
「行きたいかも。ここのお祭り好きなんよね。」
素麵を、麺つゆに浸しながらゆりが言う。
「今年も行くでしょ、おばあちゃん?」
「そうだねぇ。」
「俊、行きたい?」
話を振られ、俺は頷いた。
「行ってみたい。」
「よし。じゃあ三人で行こうね。」
やった。
楽しみだな。
・・・夏祭りとか、そういう行事に行ったことがない。
というか、行かせてもらえなかった。
極貧だったのもあるが、両親は俺たちを自由に遊ばせてくれなかった。
虐待しているのを、知られたくなかったんだろうな。
だから、すごく楽しみだ。
*
夏祭りは二日に亘って行われるらしい。
午後5時から9時まで。
土、日曜日で開催される。
ばあさんは土曜日に用事があるらしく、
日曜日に行くことになった。
だが、土曜日の朝。
ばあさんが朝飯時に、俺たちに提案する。
「二人とも。どうせなら今日も行ってきたらどうかな?」
「え?」
「せっかく二日間あるんだから、どちらも楽しんでおいで。」
それはいい提案だ。
二日も楽しめるのは嬉しい。
「うーん・・・」
しかし、ゆりは即答しない。
・・・そうだよな。
俺となんて、行きたくないだろう。
「・・・そうやね。俊は行く?」
俺に拒否権はない。
「行きたい。」
「・・・分かった。じゃあ、今日も行こうかな。」
そう言った後の、ゆりの表情。
不思議に思った。
俺はどう捉えたらいいのか。
ただ、分かるのは・・・
そんな顔のゆりが、とても可愛かった事だ。
8
浴衣。
日本で古来好まれている和装だ。
それをこうして、間近で見るのは初めてだった。
「お待たせ。それじゃあ行こう。」
ゆりは、いつもの赤縁眼鏡を掛けていない。
うん。
掛けないのが正解。
浴衣姿のゆりは・・・
とても綺麗で可愛い。
「・・・な、何?」
あ。ごめん。
見惚れた。
「ゆり、浴衣似合ってるよ。」
俺は心の声を変換して、吐き出す。
ゆりはそう言われて、頬を赤くしている。
「あ、ありがと。」
とっても可愛い。
うん。間違いない。
「浴衣の柄が朝顔だな。」
「そうそう。これね、綺麗やろ?
おばあちゃんがプレゼントしてくれたんよ。」
うん。
ゆりがとっても綺麗で可愛い。
「楽しみだな~、お祭り。」
「うん。町内のお祭りだから規模は小さいけど、楽しいよ。
雰囲気が好きなんよね。」
ゆりは笑う。
いつもよりさらに輝いて見える。
すごいな。
着る物一つで、こんなに変わるんだな。
ずっと、見ていられる。
・・・見ていたいけど。
変に思われるよな。
・・・ばれないように、見ようっと。
俺達は家を出る。
すると、いつも人気のない通りに、歩いている人達が目に入った。
浴衣を着た、小さい子どもと若い夫婦。
日焼けをした学生らしき少年たち。
浴衣を着て、楽しそうに喋りながら歩いていく少女たち。
・・・この通りに、こんなに人がいるのを初めて見た。
「さ、行こう。」
からんころん。
ん?
・・・下駄の音?
へぇ。いい音だな。
からんころん。
ゆりが履いている下駄の音が、心地好い。
俺とゆりは玄関から通りに出て、歩き出す。
しばらくすると、遠くの方から小刻みな太鼓の音が聞こえてきた。
「・・・太鼓の音が聞こえるな。」
「町内の子ども会による、恒例の太鼓演舞やね。」
「へぇ~。」
「なかなか迫力あるんよ。・・・もう始まっちゃったね。」
9
お祭りの会場に足を運ぶにつれて、太鼓の音が大きなっていった。
場所は、町の公民館の前にあるグラウンドだった。
人が多い。
「ゆり、あのお立ち台なんだ?」
太鼓を叩く子どもたちがいる場所。
ステージみたいな。
ゆりは俺の質問に、噴き出して笑う。
「確かにステージやね。
でもあれはお立ち台じゃなくて、“やぐら”っていうんよ。」
へぇ~。
「なぁ、ゆり。あれは?」
とても気になってしょうがない、並ぶテントの下。
「屋台みたいなものやね。」
ゆりは笑いながら俺に言う。
「ちょっと見回ってみよっか。食べたいものがあったら買っちゃるよ。」
早速目についた所がある。
「かき氷がいい。」
「私も。暑くてたまらんっちゃんね。」
人の熱気がすごい。
俺も流石に、汗が引かなくてたまらない。
かき氷を売っている所は、行列ができている。
みんなも俺達と同じ考えなんだろうな。
俺とゆりは行列の最後尾につく。
並んでも、かき氷が食べたい。
並んでいる中、俺は“やぐら”に目を向けた。
今は太鼓演舞が終わって、
司会者っぽい人がマイクで何か言っている。
「お祭り恒例の、のど自慢大会やね。
もうそろそろ始まるんやない?
優勝したら、何かもらえるみたいよ。」
「へぇ。いろんなイベントしてるんだな。」
「そうやね。ビンゴゲームとかさ。
最後にこの“やぐら”を囲んで盆踊りをするの。
誰でも参加していいんよ。」
「ふぅん・・・」
“やぐら”から音楽が流れてくる。
一人目はおっさんだな。
おっさんがマイクを持って歌っていた。
・・・・・・
なかなか、上手い。
「あ。あの人町長さん。毎年トップバッターなんよ。」
気持ち良く歌っている。
かき氷の列も、ようやく俺達の番になった。
待ってました~。
がりがりがり・・・・
うわぁ。たまらない。
氷を刻む音を聞いているだけで、気持ちも涼しくなる。
10
「はい、どうぞ。」
ゆりが、かき氷を手渡してくれた。
とても綺麗で可愛い笑顔だ。
「ありがとう。」
俺は、綺麗に盛り上がったかき氷の山を見つめる。
おお・・・
「いただきます。」
かき氷に刺さっていたスプーンで、ざくざくと山を切り崩す。
そして、口に運んだ。
「・・・うまい!」
「んーっ、最高!」
言葉が重なった。
俺とゆりは笑い合う。
暑さは一気に吹き飛んだ。
かき氷を食べながら、俺達は屋台を見回る。
焼きそば、たこ焼き、じゃがバター、焼きトウモロコシ・・・
いろいろある。
全部美味しそうだな~。
でも、今はこのかき氷で充分満足だ。
ゆりも、同じ気持ちのようだった。
「“やぐら”を見に行こっか。」
「うん。」
俺達は屋台に流れる人波から外れ、“やぐら”に向かって歩いていく。
今、“やぐら”では小さな女の子が歌を歌っていた。
隣に、母親らしき人が付き添っている。
「ふふっ。可愛い。」
それを見て、ゆりは微笑んでいる。
今日は笑顔が多い。
嬉しいな。
小さな女の子が歌い終わると、大きな拍手が巻き起こる。
《はい!ありがとうございました!
とても良かったですね~。もう、彼女が優勝でもいい気がします!》
司会者のコメントに、みんなが笑った。
《さぁ!次で最後になります!
最後を締めてくれるのはこの方です!》
“やぐら”に上がってきたのは、若い男だった。
司会者がマイクを手渡す。
《彼は大学生!夢に向かって走り続けています!
それでは歌っていただきましょう!》
前奏が流れる。
明るい感じだ。
歌声が、とてもその曲に合っていた。
しばらく会場は、その彼の歌声で満たされる。
すごいな。
音楽の事は分からないけど、彼の歌声はとても良かった。
満たしてくれる、何かがある。
のど自慢大会の優勝者は、その大学生の男だった。
11
お祭りも終盤を迎え、“やぐら”の周りを回るように、
音楽に合わせてみんな踊っている。
俺とゆりはそれを見守っていた。
「盆踊りは、死者を供養する意味があるらしいんよ。
今では夏を楽しむイベントっていうのがほとんどだけどね。」
「供養、か・・・」
俺はその言葉を聞いて、妹を思い浮かべた。
・・・由梨。
生きていたら高校生になっていたかな。
俺はいつか、成長して大人になってやるよ。
いっぱい勉強して、いっぱい美味しいもの食べて。
お前の分まで生きてやる。
だから、ごめんな。
一人で寂しいだろうけど・・・許してくれ。
今まで俺は、成長する事を拒んでいた。
お前とともに生きようと思ったから。
・・・だけど、進んでみるよ。
俺の大事な人の為に、生きてみる。
「俊?」
ゆりが、思いふけっていた俺を見ている。
俺はゆりに目を向ける。
由梨。
この人さ、すげぇお人好しなんだよ。
自分を犠牲にしてまで、人を助けようとするんだ。
この人を、護りたい。
この人の為に、生きたい。
「ど、どうしたと?」
何も言わず、見つめる俺にゆりは戸惑っている。
俺は思わず笑った。
「え?何なんよ・・・」
「別に。綺麗だよ、ゆり。」
変換せず、素直に言ってみた。
すると、ゆりはすごく目を開いて驚いた。
顔を真っ赤にしている。
可愛い。
「浴衣!浴衣やろ!?もう、まぎらわしい!」
「いいや、ゆりが。」
「・・・帰ろう!終わってからだと人が混むし!」
「はーい。」
ゆりは、逃げるように歩いていく。
俺は、笑いながらその後を追う。
由梨。
俺、頑張ってみるよ。
だから見守っていてくれ。
生きてやる。
12
あれから月日が経った。
佐川家に住み始めて一年になる。
俺は中学生として学校に通い始め、充実した日々を送っていた。
朝飯を終え、自分の部屋に戻り学校へ行く準備をする。
これが、『普通』なんだな。
俺には贅沢過ぎるくらい、幸せに感じる。
美味しい手料理を食べ、好きなだけ勉強して、
新しい事を覚え、遊び、疲れたら寝て・・・
時間が、生きていく。
学生服に着替え、鞄を持って部屋を出る。
すると、ゆりと顔を合わせた。
ゆりは俺の前に歩いてくると、じっと見つめる。
俺は不思議に思って、見つめ返した。
微笑みながら、ゆりは言う。
「・・・最近背が伸びるの早くない?もう私と同じくらいやん。」
言われてみれば・・・確かに。
目線が同じになったな。
「俊。今晩は俊の好きな料理を作るからね。誕生日お祝いしよう。」
「誕生日お祝い?」
「ここに住み始めて一年やろ?
この日が俊の誕生日って事にしたらいいかなって・・・
勝手だった?」
「・・・いや、それいいな。そうしよう。」
本当の誕生日なんて、忘れてしまった。
ゆりがそう言ってくれるなら、今日が誕生日でもいい。
「俺の好きな手料理って・・・」
「カレーでしょ?」
ゆりは、言いながら笑う。
俺もそれにつられて笑った。
「当たり~。」
「あと、ケーキね。どんなケーキが食べたい?」
「うーん・・・」
ふと、思い浮かぶ。
「チーズケーキ。」
「・・・ふーん、そう。・・・すぐ出たね。」
「・・・そうだな。どうしてだろ。」
「私が知りたいけど。」
かなり隅っこにある、記憶。
チーズケーキを食べて、すごく美味しかった思い出。
・・・由梨も好きだった。
母さんの、手作りチーズケーキ。
あの頃は、幸せだったのかもしれない。
最近、その頃の記憶が蘇る。
しかも、良い思い出の方。
そして、それと同時に思う事がある。
生んでくれてありがとう。
その恩だけは、感じている。
どうしようもない両親だったけど・・・
今でも許せないし、許すことはないし、
会いたくもないけど・・・
生んでくれてありがとう。
それだけは、感じている。
END
読んで頂き、本当に感謝致します。
『瞬』が佐川家で過ごした四年間という時間を描くには、少ないかもしれません。
最初に生まれた心の変化と、成長の兆しを感じていただけたら幸いです。