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9月の恋と出会ったら  作者: 佐伯龍之介
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休日②

 メアリー、つまり神室さんはあなたと同じ乙種。犬のせいでマンションを借りにくいのは、たしかだけど、仕事は医者だし、芸術関係の趣味もこれと言ってないらしい。

 にもかかわらず、オーナーがOKをだ明日のは、不動産屋の大袈裟な宣伝のせいもある。彼女の手術の腕前は芸術の域に達している、とか吹き込んだそうだ。けど、私が見るに、もっと大きいのは本人の芸術性だね」

 怪訝そうな顔をしている僕に向かい、

「彼女自身が芸術的な存在という事ですよ。顔だけじゃなく、たたずまいも」

 そう説明されても、僕はなおも納得できないかおをしていたのだろう。

「何か、不審な点でも?」

「いえ、神室さんが芸術的な存在っていうのはよくわかるんです」 

大型犬を連れて颯爽と歩く姿を思い出しながら、僕は心からそう言った。

「ただ、そういう事も入居条件になるなら、僕なんかよく入れたなと・・・」

「まぁ、そんなに卑下することもないですよ」嶋さんが言う。

 嶋さんは紅茶のお代わりを注いでくれながら、

「実際の話、オーナーが得になる人を好きなのは確かだね。ひとり暮らしの芸術家とはいえ、このマンションを美男美女のハーレムに私用とかいう意図はない。ないけれど、やはり人を選ぶという時には、どうしても画家としての美意識が働いてしまうそんなところでしょう」

 そういう嶋さん本人は美男というわけでもない。太っているし、顔だちも陶製の狸に似ていないこともない。けれどたしかに絵になる。ヨーロッパ映画に脇役で出ていてもおかしくないようなひとだったし、本人もそのことを承知しているはずだった。

「あなたの場合だと、写真という趣味があり、それが原因でアパートを追い出されたという事情があり、ルックスもそれなり。そういう全部の総合点で『ギリギリ合格という事にするか』みたいな結論になったんでしょう」

 いつかの「面接」の時、オーナーの顔に浮かんでいたのは、まさにそういう表情だった。僕は納得する・・・今のお説明を褒めてもらったととるか、けなされたととるかは微妙なところだけれど。

「だとすると」僕は自分の事から話題をそらし、「二階の城田さんってどういいう理由で合格したんでしょう?」

「会ったことは?」

「ないです」

「彼女も今年引っ越してきたばかりだけど、私は会ったし、話をしたこともある。彼女宛の郵便が誤配されたのを口実に部屋にお邪魔したことも」

 芸術家のくせにずいぶん詮索好きというか、好奇心の強い人のようだ。

「見た眼は、あなたと同じくらいの年で、顔もスタイルもまぁまぁ、事務機だか何だかの会社に勤めてる・・・営業職の仕事をしてるっていうのは聞いた。実際、どうしても腑に落ちないのは、あのオーナーがどうして彼女をここへ入れたかっていう事だよ」

「僕より『総合点』が低いっていう事ですか?」

「その通り。見た目は決して不細工じゃない。だけどあれは男の子にもてないね、今どきの、陽キャっていうの?そういう感じではないからね」

「見た目はともかく」と僕、「『芸術活動』の方は・・・」

「ここに入ってきているからには、勤めの合間に何かやってるんだろう。もちろん私もそう思ったわけだけど、本人に尋ねても『いや別に』と言ってはぐらかすし、それだけじゃない。私から見ても、美術とも音楽とも無関係な人ですよ」

 嶋さんはちょび髭を揺らしてそう断言する。どうしてそこまでわかるのか。

「まずね、音楽をある程度真剣にやっている人に関しては、匂いみたいなものでわかる。これについてはちょっと説明しにくいけれど、城田女史には、その匂いが無い上、リズム感が徹底的に欠けている。歩き方ひとつとってもそれはわかる」

「はぁ」

「とすれば、少なくとも西洋音楽をやってはいない」嶋さんは先を続ける。

「日本古来の雅楽系だと、私達のいうような種類のリズム感が必要とはかぎらない。けれどもそっち方面の人は姿勢がいいんだよ。ビシッと筋が通っている。城田さんはまずその対極だから、要するに音楽をやっていないというのには何か掛けてもいい。 

 あと美術関係じゃないというのは、ひとつには服装。美意識が欠落している。平日のスーツ姿ならまだしも、休みの日の格好を見ると」

「でも、服装っていうのはかならずしも・・・」

「あなたの言いたいことはわかる」嶋さんはぼくをさえぎり、

「美意識があっても金がないこともある・・って話でしょう。だけどあの人のはそういうレベルじゃないんだよ。

 たとえばあなたが今着てる服も、量販店の安物だけど、それなりの美意識は感じられる。色の組み合わせ形のバランスとか。写真を撮る人だって言われれば、なるほど納得できる。だが、城田さんに関しては全然違う。あなたも休みの日の彼女を見ればわかると思うけど、まぁ、とにかく違う」

 大げさに視線を上げ、短い溜息をついてから、

「それから、彼女の部屋を見たせいもある。油絵だの彫刻だのを本格的にやっていれば、どうしたってそのための道具が目につくよね。

 その手のものは何もなかった。一応言っておくと、楽器もね。物々しいパソコン、それにアニメか何かのフィギュアはならんでたけど」

「パソコンで絵を描く人なのかもしれませんよね?」と僕。「あとは、そういうフィギュアをつくる人とか?」

「それは私も考えた」嶋さんは腕組みし、またも首を横に振る。

「だけどやっぱりありそうにおもえないんだよ。フィギュアは良識ある人間ならどうかと思うような代物だけど、色彩感覚はちゃんとしたものだったし。彼女の方は、私の視線を追いかけて『あれは友人からもらったもので』とか言い訳してた。

 そういうことで、彼女の場合、音楽とも美術とも無縁に違いない。私は音楽家だし、あなた、斎藤君はかろうじて美術系。メアリーはそういうのを超越した女神様、とすればやっぱり彼女、城田さんこそ、このマンション最大の謎ということになる」

 嶋さんは重々しく言い、彼ほどの好奇心は持ち合わせていない(と思う)僕も気持ちを掻き立てられられた。

 リズム感とか美意識が徹底的にっ欠落し、姿勢が悪く、良識ある人が眉を顰めるようなフィギュアを部屋に飾っている。「このマンション最大の謎」、城田さんの姿を見てみたい。そう思ったのだ。

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