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9月の恋と出会ったら  作者: 佐伯龍之介
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異動

 大江戸線問題の対策本部長である城田さんは、ヒロタが僕の崇拝者だったと思い込んでいる。

僕に対する強い思いから奇跡を起こしたのだと。けれども僕にはその点がどうしても解せなかった。付き合っていた恋人ならともかく、そうでもないのにそこまで?という部分だ。ヒロタが真琴さんなら、数多い『もと同級生』の中で僕の事を覚えていて、ほんの少しくらい好きでいてくれたとして、それ以外にも奇跡を起こしたいと願う理由がある。

 もしも『シーガイアシャイン』がオーナーの自宅以外のたった一つの財産であり、無くなった奥さんの魔法によって素晴らしい風の吹き抜けるマンションで、無残な強盗殺人が起これば、そのことはオーナーや真琴さんの人生に大きな影を落とすはず。部屋の借り手が居なくなって経済的に困るというだけではなく。

 ほかの人はともかく、真琴さんには「過去を変えてまで例の事件を取り消してしまいたい」と願う理由が僕の存在以外にあるはずなのだ。だから彼女は、ヒロタになった。そして彼女こそが、ヒロタの条件を満たすことができる唯一の人物だと言ってよかった。

 次元から一年近く経った九月初めの夜、空き部屋となっている二階のB号室に何かの理由で入った真琴さんは、置きっぱなしの脚立の上になぜとなく登ってみたのかもしれない。

 その時に、彼女自身が意識したかどうかはともかく、魔法を使った。お祖母さんから受け継いだ不思議な能力が、その時はじめて目覚めたのかもしれない。そうして、壁の穴からの声を聞いたのだ。

 僕が独り言(実際には、夢の中でもう一人の自分に言われたことについて考えていた時の)を言っていた声。一年前にそこで死に十六年前小学校でクラスメートだった彼女の声を。

 十月中旬になると、僕にとって大事件があった。職場で、転勤を打診されたのだ。それも十一月一日という急な日付で。

「神奈川の青葉台なんだけど」

さりげなく主任がこちらの反応をうかがうように言った。「そっちの施設にいる人をうちに移動させたいということで、バーターで齋藤さんに動いてもらえたらなと」

 どうも現在青葉台の施設にいる人の家庭の事情らしい。その人の身内が、会社として便宜を図ってあげなくてはいけない人であるらしい。

「異例な話だから、もちろん齋藤さんの意向を尊重する。受けてもらえるとしたら、何しろ急だから、住むところなんかは会社の方で手配するけど」

 主任はそう言うと、数日考えてもいいと時間をくれた。けれども僕は、その日の夕方に、仕事をしている主任のところへ行き、「異動の件、受けます」自分でも意外なほどはっきりと、そう伝えていた。

  「どうして?」ただ驚いているだけではなく、心外だとでも言うような城田さんの声。

「だって、僕がいつまでもそこに居たらおかしいでしょう?」と僕。「『旧バージョン』では九月の終わりからいないんだから、遅すぎるくらいですよ」

 「でも、そこが空き部屋になれば、無関係な他人が引っ越してきてしまうかもしれない」

教え諭すような、書き口説くような、高く澄んだ声が受話器から流れてきた。

「わかっていると思うけど、『旧バージョン』の未来でヒロタがその部屋に住んでいたからと言って、齋藤さんさえ出なければ彼女が入ってくるなんてことはない。全然ない。その時と今とではいろんな状況が違うんだから。

 少なくとも、ヒロタが誰なのか見当がつくまで、齋藤さんがそこにいた方がいい。部屋を押さえておけば、ヒロタにたずねて来てもらう事だってできる。

 週に一度、一時間かそこら、しかも九月のある時期だけ。だからヒロタにそこへ住んでもらう必要もほんとになくて、むしろ齋藤さんが住んでいた方が何かと・・・」

「大丈夫」城田さんをさえぎって、僕がそう言った。

「なぜ?」でぃろたさんはたずね、僕は黙っていたが、たぶん気持ちは伝わっていたのだろう。

「ヒロタが誰なのかわかっているんですか?今、齋藤さんが出て行けば、後にその人が入ることも?」

「えぇ。それから、たぶん」城田さんはだいぶ長く黙っていてから、

「でも、もしその人が本当にヒロタ・・・『旧バージョン』でヒロタと名乗った同じ人だとしても、齋藤さんが元気でいる今、ヒロタとしての行動をとるはずがないんです。

 放っておけばそんなことする理由がないから、私達で説得しなくちゃいけない。そう言ったじゃないですか。二人がかりで説得しても信じてもらえるかどうかわからないのに、齋藤さんがその人と入れ違いになってしまっては・・」

 「手紙を書く」僕はそう言った。「僕が、その人に。一人で説明してみるから、城田さんは心配しないで」

 そうこれは、僕が一人でやるべき事だった。

 城田さんは僕のセリフの後しばらくして、

「その人だという確信がある?」

「えぇ」

「そして、私に手伝ってほしくない?」

「僕一人でやります」僕はそう答えた。「いろいろ本当にありがとう」

 

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