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9月の恋と出会ったら  作者: 佐伯龍之介
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対策②

「大勢の人とせっするしごとなんだから、思いを寄せられることもあるでしょう。その辺をきっちりおさえてもらわないと。齋藤さんの崇拝者のリストをつくる、そんな感じですね」

 崇拝者だなんて。僕の。リストをつくるどころか、一人だって思いつかない。

「でも、急ぐ話じゃないですよね?」

僕の誕生日の翌日、電話で話していた時に、僕が城田さんにそう言った。

「だって、『大江戸線問題』が問題になるのは来年の九月なんだから」

「たしかにそうです。一年を切っていますが、来月の何のという話ではないですから」

僕が言うと城田さんは落ち着かない調子で、

「齋藤さんが言うのは・・・」

「新人賞の応募締め切りがあるんでしょう?」

前の日にいつなのかたずね、十一月というへんじがかえってきておどろいたのだ。

「『もっと大事』かはともかくとして、来月十五日消印有効なのは事実です」と城田さん。

「だとしたら、それをゆうせんしないと」僕は言った。年上らしい口調になっていたかもしれない。

「ただでさえ、仕事の合間を縫って書いているんでしょう。そのうえ僕の心配までしてたんじゃ大変すぎるから、とりあえずそのことは忘れて、小説に専念したら?」

「そのあいだに、齋藤さんの方でリストアップしてくれますか?きちんと漏れなく、整理して?」

「やっておきます」

 僕は請け負った。そんなに『漏れなく整理する』ほど、僕の崇拝者などという人が列をつくっていいるはずもないのに。


次の晩、玄関のチャイムが鳴り、誰だろうと思ったらいつかの刑事たちだった。失礼な後輩の発言を封じるように前に立ちはだかる水島さんが、「今日はご報告に来ました」

相変わらずの無精髭の目立つ顔でそんな事を言う。

「報告?」

「例の空き巣が逮捕されまして」

「本当ですか?」

「えぇ、いちれんのじけんについてじきょうをはじめていますし、指紋もこの部屋やほかのところから出たものと一致しています。逮捕されたのはおととい、隣のT市でやはりマンションに侵入、室内を物色中に帰ってきた部屋の主と鉢合わせしたんですね。乱暴な奴で、ナイフを出したそうです」

 僕は息をのむ。水島さんは気づかなかったか、気づいたとしても違う意味にとっただろう。

「さいわい部屋の主というのが空手の有段者で、腕に覚えがあり、余裕で取り押さえたということなんですが。

 被害者がそういう人でよかった、そうでなければ、とひやひやする話です。齋藤さんはあの日が休みだったそうですが、外出していて本当に良かったですよ」

「本当に」僕は冷たい塊を押し出すように言った。

「犯人は靴屋の店員で、まぁお決まりの理由で借金があり、定休日を利用して犯行に及んでいたみたいです」

 また、水島さんが挙げた靴屋の所在地は、僕の勤め先のすぐそばだった。

『もしかしたら』僕は思いついて「顔を見たことがる人かもしれませんね。通勤の時その店の前を通っているから」

「そうですね」

 僕の顔を知っていたかもしれない。そういう人が部屋に盗みに入り、ぼくとはちあわせしたなら、いかしておけないとおもったかもしれない。

 そうおもったけれど、口には出さなかった。水島さんに「そうですね」といわれるのがこわかったから。

 「あの、お聞きしたいんですが」その代わりにたずねる。

「何でしょう?」

「九月の末から、おとといたいほされるまでに、何件か盗みに入ったんでしょうか」

「えぇ、そうですね」指を折って「たしか三件」

「そのときはだれともはちあわせしなかったんですか?誰か怪我したりとか?」

「していません。はちあわせしたのはおとといのひとだけ、その人は腕に覚えがありましたから」

「本当ですか?」

「本当です」水島さんはそう請け合ってくれた。「犯人が腕をくじいたほかは、誰も怪我をしていません。齋藤さんの前にも後にも誰一人」


「はい。もしもし?」

「空き巣が逮捕されたそうです」

僕は城田さんにそう言った。刑事たちが帰った後すぐに電話をし、説明も何もなしにいきなりそう言ったのだけれども、「そうですか。それはよかった」城田さんは暖かい声で応じてくれた。

「それから誰も怪我をしていないそうです」僕は勢い込んで言う。「おととい、部屋の住人と鉢合わせした時はナイフを出したけれど、その人が空手の有段者で、だから大丈夫で。

 その人のほかには、誰とも鉢合わせしていない、誰も傷つけていないんです。九月の末にここへ来た後も。その前も。」

「それは、本当に良かった」と城田さん。「齋藤さんは、とてもうれしそうですね」

そういわれて、はじめてそのことに気づいた。僕はうれしかったのだ。そして安心していた。

「旧バージョンから現行バージョンに移行するにあたって、ほかの誰かが『身代わり』になりはしないか。それを心配していたんでしょう?」

 そのとおりだった。そんなことを考えているなんて思わなかった。自分のことで精一杯だと思っていたのだけれど。

「齋藤さんは良心的な人なんですね」城田さんがそう言った。

「とにかく、本当によかった。おととい逮捕されたのなら、最高の誕生日プレゼントになりましたね」

「ありがとう」と、僕は心からそう言った。



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