城田さんとの食事②
この話からいきなり、もう一人の自分(齋藤)が登場して少し話がややこしくなります。
今までのところでは、文が長くなりすぎてしまうため割愛していました。
読みづらくなるかもしれませんが、温かい目で見てもらえると助かります。
「どうしてそう思うんですか?」と城田さんがくいさがる。
僕はしかたなく説明することにした。
「こんなこと言うと変な人間だと思うかもしれませんが」
前置きをしてから、理由について説明した。夜な夜な夢に齋藤を名乗るもう一人の自分が出てくること。最近では、僕が思いもしないようなことを言うようになったという話。
城田さんは腕組みをしながら、難しい顔で聞いていたが、
「それが始まったのは、ヒロタなる人物の声が聞こえるようになってからですか?」
ひと区切りしたところで想念を押した。
「そうですね」と僕。「正確に言うと、ヒロタの指示で、僕が最初に城田さんの尾行をした時から」
城田さんは気まずそうに咳払いをしてから、
「つまり、ヒロタが干渉してきて歴史が書き換えられた、それ以降ということですね?」
「そうです。『現行バージョン』に入って少したってから」
僕が『現行バージョン』『旧バージョン』という言い回しを説明し、城田さんは「なるほど」とうなずいて。
「では、そのもう一人の齋藤さんが夢に出てくるようになったのはあくまで現行バージョンに入ってから」さらに念を押す。「それより前はそんな事は無かった?」
「えぇ」
「夢の中で、出会う事はあっても、返事を返してくる事は無かった。それが返事をしてくる。しかも饒舌に、齋藤さんの思いもよらないことしばしば残酷なこと、刺激的な事を言い、そればかりか、齋藤さんの知らないことを知っているとほのめかす。だとするともう一人の齋藤さんというのはひょっとして・・・」
城田さんの口調が重々しく、どこか不吉なほどになり、
「何ですか?」僕はどぎまぎしながらたずねる。
「齋藤さんの夢というより封印されたもう一つの記憶の代弁者なのではないでしょうか?」
「封印されたもう一つの・・・」
「つまり『旧バージョン』の記憶です。露骨な言い方をすれば、殺された記憶」
僕は少しの間何も言えなかった。
たしかに、もう一人の自分が僕に言った言葉にはそう考えると気味の悪いものがいくつかあった。
ショックを受けると縮むという筋肉の話。『踏みにじられるのがどんな感じか』『君にはわからない』など。
「これがどういう事を意味するか分かりますか?」
城田さんが妙にゆっくり、僕の顔を覗き込むように見ながら言った。
「城田さんの手紙にkしてあったことが本当で、たしかに『旧バージョン』の僕は空き巣に殺されたということですか?」
僕はそれなりに腹をくくってそう口にしたのだけれど、
「そうですが、それだけじゃないんです」という返事。しかもただならぬ深刻な調子だった。
「これには、時間論やタイムパラドックス、そう言ったことが絡んできます」
「は、はぁ?なんですかそれ?」
「齋藤さんの思っている以上に大きなことなんです。SFものをお好きかどうか、たぶんおすきではないでしょうけど・・・
時間もの、歴史改変物には大きく分けて二つの立場があります。タイムスリップなどで過去に鑑賞すると、そこから時間が枝分かれしていくというものと、枝分かれせず、一本の流れのまま、干渉による変化を踏まえ続いていくというもの。こちらの場合にはさっきも言った『タイムパラドックス』について考慮しなければなりません」
僕には城田さんが言っていることが意味不明で、何を話しているのかさっぱりわからない。
「例えばこういう例があります。タイムマシンを発明した科学者が自分が生まれる前の過去に行き、若き日のお父さんを殺してしまったらどうなるか。お父さんがいなければその科学者は生まれず、タイムマシンを発明する事も、過去へ行ってお父さんを殺すこともない。でも、そうだとするとどうなりますか?お父さんが殺されないとすると・・・」
「その科学者はやっぱり生まれてしまう?」僕はあてずっぽうに言うが、
「その通り」それで正解だったらしく、城田さんは頷く。
「そして、タイムマシンを発明してしまい、お父さんを殺してしまう」
「でも、それじゃあおかしくないですか?」
「そう、変な話ですよね。そう言うのを『パラドックス』と言います。
『科学者が生まれる』バージョンと『生まれない』バージョン、どちらもそれ自体で完結せず、もう一方につながってしまう。時間の流れは『いったん少し前に戻って別バージョンでやり直し』を繰り返すだけで鑑賞が起こった地点より先には進むことができない。
時間が枝分かれして増えていくなら、こういうことは問題になりませんが、一本の流れだとすれば大問題になる。ここまではわかりますか?」
「なんとなくですが、理解できました」本当に分かったとは説いてい言えないのだが。




