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9月の恋と出会ったら  作者: 佐伯龍之介
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その後の生活②

 本当を言えば、僕はあのあとも、水曜に限らず、仕事終わりの夜、寝室の脚立の上に登り壁の穴に耳を近づけてみたことがあるのだ。ヒロタをまねて「もしもし?」とささやいてみたこともあった。

 けれど、何の反応もなかった。なに一つ。

 起こったことはこれだけ、たしかに奇妙な話だったけれど、城田さんの手紙に書いてあった以外の説明がつかないとも思えない。

 それ以外のこと・・・僕がここしばらく変に無気力だったり、時々泣きたくなったりするのは、城田さんの手紙を読んだことの結果であって、そこに書いてある内容が正しいという証拠にはなるわけではない。

 にもかかわらず、どうしても信じなければならないわけではない城田さんの説に、僕は引き寄せられているのであった。それを信じると、ヒロタが僕に言ったセリフのいくつかがはじめて理解できる気がするから。

 私のほうが毛、齋藤さんからプレゼントをもらうことができるんですよ。

 けれど、私にも齋藤さんにあげられるものがある。いや、あるかもしれない。きっとあるはずです。

形のある者ではありませんが・・・

 ある人の気持ちを考えなければならない。私一人の判断でお話しするわけにはいかない。

 私にとって近いようなとても遠いような人です。

 でも、今ここにはいないのです。私の居るここには。

どこかに行って戻ってくるのか。僕がそう尋ねると・・・

 そのはずです。たぶん九月の二十九日に。いろいろな事がうまくいけば。

 こんな事を言って、その時の僕には意味が解らなくて、やっとわかった時にはもういないなんて、そんな話があるだろうか。

 僕は腹を立てていた。ヒロタにむかって。勝手に未来から話しかけてきて、勝手に僕の運命を変え、命を助けて、それっきり消えてしまった人に。

 けれど、いくら腹を立てても、彼女には手が届かない。

 しばらくたって、僕は、机の引き出しから切手の貼られていない手紙を取り出した。

 「はい、もしもし?」

済んだ女の人の声が受話器から流れてきた。

「齋藤です」

「あぁ」

城田さんは返事のようなため息のような声を漏らし、少し黙ってから、「手紙は読んでくれましたか。もちろんそうですよね?でなければ、この番号を知らないはず。」

相変わらず覇気がないというか、言い訳がましいというか、そんな口調で続け、

「ひどいじゃありませんか?」

いつか苦情を言いに来た城田さんのように、僕はいきなり言う。

「わたしがあそこに書いたこと・・・・ですよね」

「えぇ、そうです。だって・・・」僕は言いかけ、そこで言葉に詰まる。

 電話をかける前、僕はヒロタに対してだけではなく、城田さんにも腹を立てていた。

一番悪いのは(それが悪いことだとするのなら)勝手に僕の運命を変えたヒロタだけれども、城田さんもおせっかいだ。わざわざそれを教えるなんて。教えられずに五里霧中で居たかったわけでは決してないけれど。

 そんな気持ちを言葉にするのは難しい。城田さんはしばらく続きを待っているようだったが、

「たしかに失礼な事を書きました」ぼくがだまっているので、まじめな調子でそう言った。

「齋藤さんに悪かったと、ずっと気にしていました。おわびをしたかったのだけれども、機会が無くて・・・」それを聞いた僕はふと思いついて、「もしかして、あのメールは城田さんが?」

口にしてからバカな事を言ったと気がついた。

「メール?」

「いえ、何でもないです」城田さんが知っているわけがない。僕の誕生日にしろ、メールアドレスにしろ。

「なんのことですか?」城田さんはしつこくたずね、僕は仕方なく説明した。

「あぁ、それは・・」聞き終えた城田さんが妙に深刻な口調で言い、

「ああいうメールは開かないほうがよかったでしょうか?」僕がたずねると、

「いや、たしかにウィルスの可能性もありますが、私が言いたかったのはそういうことじゃなくて。

今日が齋藤さんの誕生日なんですか?さっきそう言いましたよね?」

「そうです」

「いま、それで家に居るんですか?」

「えぇ」

「ひとりで?」

「えぇ」

「食事は?晩御飯は食べましたか?」

「いいえ」

「準備はしてある?」

「いいえ」城田さんはまた少しのあいだ黙っていてから

「じゃあ、うちに来ませんか?」遠慮がちにそう言って僕をびっくりさせた。

「何か用意しますから。大したことというより、本当につまらないものしかできないと思うけど、

それでも何も食べないよりはマシでしょう。よければ、ぜひ。今から、そうですね、三十分後に」


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