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9月の恋と出会ったら  作者: 佐伯龍之介
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今までの考察

 僕は、幽霊だった。城田さんの手紙を信じるなら。

 正確な言い方ではないのはもちろんわかっている。けれどもゾンビだのよみがえった支社だのではあんまりなので、少しくらいの美化は勘弁してほしい。

 もちろん、手紙の内容を頭から信じる必要もないのもわかっていた。けれどもヒロタの関心の焦点は城田さんではなく、僕にあったのかもしれない。これはもう点だった。そしてそう考えれば、たしかに何もかもが違ってくる。

 九月のあいだ、城田さんは営業の仕事をし、合間に小説を書き、取材と称する突飛な行動をしているが、そのことは未来からの干渉があってもなくても変わらないはず。一方僕の方は、ヒロタの指示がなければ絶対にしない行動をとっている。

 ヒロタは『過去を変えた』のだ。誰でもない、僕の過去を。何かよほどの理由があって。

 気持ちのいい話ではなく、現に僕は反発した。けれども、城田さんの手紙を丸めて捨てることはせず、机の引き出しにしまった。

 そうしながら、そんな手紙をわざわざ書いてきた城田さんを憎らしく思った。小説家書房というなら、おとなしく新人賞に応募する原稿を書いていたらいい。サスペンスでも、ミステリーでも、またはSFでも。

 想像力だろうと、妄想傾向だろうと、その中で思う存分発揮したらいいのだ。誰も文句は言わないできた作品が面白いかどうかは知らないけれど。

 城田さんは手紙の最後に、内容が気に入らなければ文句を言ってきたらいい近き、自分の電話番後を添えていた。けれども僕は電話せず、A号室に怒鳴り込みもしなかった。

 その後二度ほど、マンションの階段で城田さんとすれ違った。二か月も同じマンションにいて、ついこの間まで一度しかすれちがったことはなかったのに。

 最初の時とは逆に、城田さんの方が話しかけた層にこちらを目で追っていたけど、僕は断乎無視して通り過ぎた。

 椅子に座り、僕は考えた。他に考える材料もないので、ヒロタが壁の穴から僕に言ったことを繰り返し思い出した。

 たしかに気になる部分がいくつもあった。たとえば、

「そういうわけで、一年前の齋藤さんと話ができるのだとわかって」

 マンションの壁の穴の秘密をどんなふうに知ったのか、僕がたずねたときの言葉だ。

ヒロタ自身もたまたま気づいた、あるときふと僕の声、穴のすぐそばから聞こえてきたのだという。

 ヒロタが僕の声を知っていて、目の前にある壁の穴が過去とつながっている、そう考えたとしても、どうして『一年前の齋藤さん』と言ったのか。

 それに『そちらは二〇〇五年、九月の』とも言っていた。どうしてそのことがわかったのか。

 二〇〇五年の八月中旬まで、齋藤亮雅はこのマンションにはいなかった。そして十月には、もうこの世にはいないことを知っていたから?

 こう考えて、僕は初めてひんやりした怖さを感じた。

 「もし、城田さんんの手紙に書いてあったのが本当だったら、僕が空き巣にというのがその通りで、一年後の誰かがそのながれをかえよう、僕を助けようとした。それが、ヒロタだったとしたら」

 それからの僕の日々は奇妙なものになっていた。

 例えば職場で、何かをするたび、以前からの仕事の続きだろうと、新しく手を付けたことだろうと僕がいなければ同僚の誰かが処理していたのだろう、そんな風に考えるようにもなった。

 もっともささいな折、たとえばスーパーでレモンを手に取った時にも、本当ならこのレモンは別の人の買い物かごに入っていたのだと思うようになった。朝の電車に乗れば、僕が占めているこのスペースも本来開いていたはず、そんなことを考えた。

 

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