現在の城田さん⑨
けれども、私の不審な行動なるものは、最初に説明した通り私の書きかけの小説のいわば取材にすぎず、そんなものに注意を払い、わざわざ記録にとどめようとする人などいるはずがない。
つまり、ヒロタが齋藤さんに与えたミッションの目的は、私の無罪を立証することでも、逆に有罪を立証する事でもない。ざっくり言ってしまえば、私のことなど、どうでもよかったのではないでしょうか。
ヒロタの関心の焦点は、私にはなかった。だとしたら?この件のもう一人の登場人物、たった一人のその人にあったのではないではありませんか?
私が言うのは、もちろん、齋藤さんのことです。
彼女としては、何か具体的なミッションを齋藤さんに与えられれば良かった。ちょうどいい程度に難しく、好奇心をそそり、危険もない、そんなものを。私の尾行というのがそれにうまく当てはまった、それだけのことなのではないでしょうか。
ご存じかもしれませんが、ミステリー小説の有名なパターンに『不可解な仕事もの』というのがあります。ある人に仕事をさせる。それもおかしな理由をつけ、高い報酬を払って単純作業をさせたりしますが、実際には仕事自体はどうでもよく、その人を外に連れ出す。決まった日時に留守にさせることこそ犯人の目的だった、というものです。
留守の間に忍び込み、泥棒を働いたりするわけですが、今回の齋藤さんの場合もそうだったのか。齋藤さんは限に空き巣に入られているわけですが、この空き巣が、齋藤さんの部屋から4万円を盗むためにわざわざ未来からややこしい指示を出した?
そんなことはあり得ませんね。
では、どういうことなのか。ヒロタなる人物、未来に生きる人物はなぜ、結果的に空き巣の入った日に齋藤さんを外出させようとしたのか。
これについて、一つ思い当たった可能性があるのですが、昨日、齋藤さんのところから帰るときに先週は体調が悪かったという話をうかがいました。ヒロタからの指示がなければマンションにいて、ベッドに寝ていたかもしれないと。
もし、そうだったら、齋藤さんが先週外出せず、ベッドに横になって眠っていたとしたら。
その時、侵入しようとした空き巣はベランダから様子をうかがい、『留守だ』と判断したかもしれません。
そこで侵入して、盗みを働いている時に目を覚ました齋藤さんと鉢合わせしたのではないでしょうか。
ここで、何かが起こった。
何か大変な、ただならぬこと。一年後の未来に生きている人物が、何としても避けたい過去を変更してでも『なかったことにしたい』と強く願うような、重大な出来事が起こったのではないでしょうか。
これから、とても失礼というか、残酷に聞こえるかもしれないことを書きます。
もしかしたら、齋藤さんは空き巣に殺されたのかもしれない。
犯罪に手を染めるような人間は、ナイフなど携帯している場合も多いでしょう。また過去に何件も盗みを働いていれば、発覚を恐れる気持ちも強い。
空き巣が部屋の主と鉢合わせし、はずみで殺してしまうという事件は世間で何度も起こっているはずで、耳にした記憶もあります。今回もそうなる可能性があった、というより、実際にそういう事が起こったのではないでしょうか。
すでに一度起こり、そのあと改変されたのではないでしょうか。過去に向かって語り掛けることの出来たヒロタなる人物によって。
私たちから見て未来の存在であるヒロタが、過去に介入し、それを書き換えた。
すでにおこったこと。その時の彼女にとっいぇ現実になっていたことを取り消し、もう一つの現実をつくり、それとともに消えてしまった。
突飛な空想かもしれません。小説家を志すような人間の、妄想に近い考えかもしれません。けれど、そう考えるとつじつまが合います。私の尾行などという無意味な行動をさせたこと
大げさすぎる。そうお思いでしょうか。先週、本来というかすでに起こったもう一つの歴史で、何か事件があるはずだった。そこまではいいとして、さっき言ったようなひどいこととは限らないと。
けれど、ヒロタなる人物が過去に鑑賞してきたのは事実で、一人の人間がそこまでする、歴史を変えようとするからには、よほど大きなことがあったのでなければおかしい。




