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9月の恋と出会ったら  作者: 佐伯龍之介
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現在の城田さん⑧

 翌日、仕事から帰って、マンション一階にある郵便受けを覗いた。日曜だから郵便は来ないけれど、習慣になっているから。

 厚みのある白い封筒が入っていた。きちんと風をして、けれども切手は貼ってなく、細書きのサインペンで「齋藤様」とあるだけ。繊細そうで癖のある筆跡、裏を返すと「城田」と書いてあった。

自分の部屋に入り、ダイニングテーブルの前に座り、それを読んだ。途中まで読んで、息苦しく感じて窓を開けに行き、しばらく後にまた閉めた。

 ワープロできれいに印刷された、何枚にもわたる手紙の内容はこういうものだった。

「拝啓

 突然このようなお便りを差し上げ失礼します。今日は日曜日ですが、齋藤さんは仕事に行かれたのだろうなと思いながら、これを書いています。

 昨日の夜、齋藤さんと話したことを思い出すうちに考え付いたことがありました。

ヒロタなる人物が誰なのか、正体はわからないものの、その意図について、もしかしたらと思い当たることがあったのです。

 思い当たった上で、書こうかどうしようか迷いましたが、やはり書くことにしました。けれどもその話をする前に、私のことを説明しておきます。

 私はご存じの通りサラリーマンですが、実は小説家を目指しており、新人賞に応募する作品を書いています。そのことはオーナーにも話してあり、オーナーの『芸術作品』にギリギリのところで当てはまらないこともないという感じで、マンションへの入居許可をもらったのです。

 ただしオーナーにくれぐれもお願いして、そのことは伏せてもらってありました。

嶋さんのような専門教育をうけたプロフェッショナルと比較するまでもなく、何の裏付けもない『小説家志望』というのはあまりにも恥ずかしいので。

 書いているのはサスペンスというか、ミステリーというかその手の小説で、犯罪事件を扱ったものです。

 ここしばらく私の尾行をしたという齋藤さんはご覧になったかと思いますが、私がコンクリートの塊を拾ってカバンにしまい込むところや、工事現場で警備員とトラブルを起こしたところなど。あれは全部小説のための準備でした。

 例えば工事現場に侵入するのはどのくらい大変か、握りこぶしより少し大きなコンクリートの塊の重さ、振り回した時の手ごたえ。執筆中の応募作にリアリティを持たせるために、そういったことを出来る限り探ろうとしていたのです。

 私がそういう人間であること、怪しい行動をとったとしても怪しい人間ではないこと、また小説家を目指すような人間で、少々想像力というか妄想傾向というか、そういう部分が発達していることをわかっていただいたうえで、先に進みたいと思います。

 前置きが長くなりました。

 本題に入りますと、さっきも書いたように、ヒロタなる人物の正体はわかりません。

けれど、彼の意図に関しては、彼がしたこと、そしてその結果起こったことからさかのぼって、ある程度まで推測できるのではないかと思います。

 彼がしたのは、自分が未来の私、二階のA号室に住む城田だと名乗った上で、齋藤さんに私の尾行をさせ、写真を撮らせることでした。毎週必ず、たとえ見失ってもあきらめず、五時までは会社の前で待機する事。こういった指示があったのでしたね。

 けれど、先週話した通り、ヒロタなる人物が二階のA号室の住人とは到底思えない。地球の絶対的位置のずれなどという話はでたらめで、時間だけが異なる相対的に同じ空間、一年後のB号室から、同じ壁の穴に向かって語り掛けていると思うべきでしょう。

 だとすれば、ヒロタなる人物は一年後のB号室の住人、またはそれに近い立場の人ということになります。

 以上のことから、二つのことが導き出されます。ひとつは、齋藤さんが一年後にはその部屋に居ないことそしてもう一つがヒロタなる人物は私ではないということ。他の誰であろうと、私や神室さんではない。マンション内での引っ越しはオーナーが事実上禁止しているからです。

 つまり休日のミッションとは、齋藤さんが最初そう考えたというように、未来の私が私自身の利益(アリバイ照明など)のために頼んできたことではありえない。

 とすれば別の誰かが、未来からわざわざ私の尾行を頼んできたことになり、私の一見不審な行動とあいまって、私が犯罪者でヒロタはその告発者、そんな風に見えてしまっても無理はないかもしれません。

 

 

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