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9月の恋と出会ったら  作者: 佐伯龍之介
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現在の城田さん⑦

 「逆に、何ですか?」城田さんはまぶたの端をゆがめ、自嘲するようにも、僕を軽蔑するようにも見える目つきで、

「私が事実、何らかの事件に関わっていて、誰かが私の有罪を立証しようと写真撮影を依頼したとでも言うんですか?」

 僕ははっきり答えず、目を伏せる。城田さんは小さくため息をつき、「ばかげていますよ」教え諭すように言った。

 「アリバイにしろ、その逆にしろ、九月の何日に私がこれこれの場所にいたということを証明したいなら、いくらでも証言が得られるはずじゃないですか。

 私の外出というのは、いつだって打ち合わせなんだから、取引先の人に訊けば浦賀取れる。わざわざ後をつけて写真を撮る必要なんかないんです」

たしかに、言われてみればその通りだけど。

「それから、これは言っておきますが、齋藤さんがその、言語道断にも三回も私を尾行したという時」

「うまくいったのは二回です。三回目は新宿の会社に行っただけで」

「そう、事実上二回ですが、それでも言語道断なのは変わりませんが、私の私の尾行をしたというその時にです。

 私が少し、あくまで少し、変わった行動をとるところを目撃したかもしれない。写真にすら取ったかもしれない」あからさまに眉をひそめ、「だからといって、それが犯罪に結びつくことだなどとは考えていませんよね?」

「たぶん」と、僕は言った。「たぶんってことはないでしょう」城田さんは苛立たし気に足をゆすりながら、

「どれも些細な事、犯罪につながらないことはもちろん、ほとんど意味もないことです。赤の他人が、まして一年後の未来から写真に撮らせて記録に残そうとするなんてはずがない。ありえない。どう考えても」

「そんなに些細な事なら」と城田さん、「説明したらどうだ、とでも言いたいんですか?」

「してくれるんですか?」

「いいえ」

城田さんはまたもきっぱり首を横に振り、椅子を少し後ろに引いてたちあがると、

「お茶をご馳走様でした。それから、齋藤さんのいわゆるヒロタが未来の存在だということには私も同意します。そういう世にも珍しい事例を紹介してくれたことで、齋藤さんには感謝しているとも言えます。

それに免じて、尾行の件は水に流しましょう。いいですか、プライバシーを侵害された私の側が水に流すと言ってるんです。だから齋藤さんの方では、二度とそのことに触れないでいただきたい。いいですね」

 僕の部屋に立ちはだかり、高圧的に僕を見下ろす。そんな城田さんの顔を見返しながら、やっぱりこの人はヒロタではない、改めてそう思わずにはいられなかった。

 自分が触れられたくない話題についてごまかすにしても、ヒロタはもっとうまくやる。徹頭徹尾はぐらかす。まぁ顔が見えないからできることかもしれないけれど。

 いっぽう城田さんは向きになる。お呶々していたかと思うと、いきなり高飛車にその中間のちょうどいいところ大人の態度というものがない。」

ヒロタではないし、尾行していた日に僕が思っていたような人でもない。あの時はもう少しかわいげのある人に思えたのだ。

 考えてみれば、城田さんが僕に腹を立てるのはもっともな話だけれど、その怒り方が憎らしかった。神経質だし、こちらを見下すようなところがある。

 そんなことを考えている僕をしり目に、城田さんは玄関に向かおうとして、

「ベランダの窓は、修理できてよかったですね」気まずくなった雰囲気をほぐすように言った。少しは気配りのできる人のようだ、と印象がわずかに上向く。

「オーナーが手配してくれました。防犯仕様にもしてくれていました」

「災難でしたね。あの日、私の尾行なんてしないで家に居ればよかったのに。ああいう連中は事前に様子を伺い、人がいれば入ってこないはずですから。

あ、でも、その時はその時で、どこかへ外出していて留守だったかもしれませんね。せっかくのお休みなんだから」

「あの日なら家にいたと思います。体調が悪かったので、ベッドで寝ていたかも」

「でも、だとしたら、」城田さんはそこで言葉を切り、ちょっと説明しにくい表情になった。

 僕が尾行していた仕事中とも、さっきまで話していた時とも違う。うんと遠く、そこにはない何かに思いをはせるかのように。

「だとしたら?」と僕。

「「いえ、何でもないです」城田さんは同じ表情のまま、僕の顔をまるで初めて見るみたいに見ながら、

「それじゃあ」ゆっくりとそう言って頭を下げ、ちょっと振り返ってから出て行った。ほどなく、A号室のドアが開いて、また締まる音がした。

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