現在の城田さん⑤
「でも、だとすると?」
「だとすると」城田さんはくり返し、「最もシンプルな答えを採用してはどうでしょうか?ヒロタなる人物が話しかけているのは、一年後のB号室、同じこの部屋からなんじゃないでしょうか」
B号室?僕は困惑するが、城田さんはカップを置いて身を乗り出し、
「前にも言ったように、公転周期が同の、それによる位置のずれがどうのという話はナンセンスです」
「そのことなら僕もわかりましたけど」
「この部屋の壁にあいたエアコンの穴が、一年の時を隔ててどこかにつながっているとしたら、同じ部屋の同じ穴、そう考える方が、はるかにありえそうな話なんじゃないですか?ずれているのは時間だけで、空間的には同じという方が」
「だけど」僕は抗議した。「僕だって引っ越す予定なんてありません。今年引っ越してきたばかりだし、ここが気に入っているし」
「と言っても、一年後どうなるかなんてwからないじゃないですか?例えばこのマンションには、オーナーが決めた約束事があるでしょう。そう、独身じゃなきゃいけないとか。
一年後には、齋藤さんは結婚しているかもしれない。だとすればここにはいられない」
「理屈の上ではそうですけど」今の自分の状況からいって、あまりありそうにない話と思える。
「だけどそれなら、城田さんも同じなんじゃないですか?」
「いや、私に関してはあり得ません。この私に限って」
力強く首を横に振る。そして、それを見ていた僕は、失礼ながらその通りかもしれないと思った。
男でも女でも、顔立ちの整った人が異性に好かれやすいのもたしかだ。けれども美人、またはハンサムなのに「もてない」ひとがいるのもたしか。そして城田さんという人には、どうもその人らしい印象があった。愚痴が多く情けないところ、それでいて理屈っぽく、時々ひどく強情になるところなど。
「私は、男の人に好かれるタイプじゃありませんし、結婚なんてありえないという理由はそれだけじゃない。借金を抱えていますからね。
中学校時代の同級生とルームシェアをしていたんです。広い東京で偶然出会って、おぉ久しぶり、どうしてる?なんて話をしてるうちにそういうことになって。
そいつは夜の務めで、時間がずれるからお互い一人暮らしみたいなもの、家賃が半分になるなら好都合じゃないかと。そう持ちかけられて、あと私のほうでも、そういう世界に属する人間が身近に居て欲しいという事情がありまして」
いったい、どういう事情だろう。僕は不思議に思うが、
「ところがそいつが私の名前で借金作っちゃったんです」城田さんはやめられなくなったように話の先を続ける。「部屋にあった私の保険証を勝手に使って。わかった時にはそれはもうすごい額になっていたんですが、さいわい大部分は払わなくていいと、ただ、私にも過失があるから一部だけ払えということになって。
まぁ、私のほうにも、さっき言った事情でいわばそいつを利用しようとした負い目があるので、仕方ないと腹をくくって。
その借金を親戚が肩代わりしてくれたんですが、今度はその人に返さないといけない。額を決めて、毎月毎月。まぁ当たり前のことなんですけどね。
というわけで、貧乏なんです。住む部屋だけは、前のことがあるから、プライバシーのきちんとしたマンションをと思ってここにたどりつきました。
部屋代を払うとギリギリの生活でエアコンも変えず、今どき携帯電話さえ持っていない。あれ、何の話でしたっけ?」
「城田さんに結婚の予定はない、というところでした」と僕。
「そうそう。それに引っ越しもしないはずです、金がかかりますからね。少なくとも、今のペースで借金を返し終わる、再来年くらいまでは。
あぁ、何だか、ずいぶん私自身の話をしてしまいましたね」
今頃気が付いたように言う。僕の方では「美人なのに男性にもてない」理由がまた一つ判明したと思っていた。




