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9月の恋と出会ったら  作者: 佐伯龍之介
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現在の城田さん②

「たしか、地球の公転周期が三百六十五日ぴったりじゃないことによる位置のずれと、このマンションの二部屋間というか、エアコンの穴同士の距離とが、ものすごい偶然で一致したからだろうとか」

「そんな馬鹿な」というのが、城田さんの反応だった。ただ、反射的にそう言っているのではなく、理論的な根拠があるようだ。

「第一おかしいと思いませんか?そもそも宇宙空間の中で、絶対的な『位置』なんてものが問題になりうるのか、というところを別にしてもです。

 たしかに地球の公転周期はぴったり一年ではありませんが、ではちょうど一年後にどのくらい『ずれる』のか。

四年に一度の『うるう年』今年もそうですが、それがまさにそのずれを修正するためのものですよね?」

「あぁ、そうですよね」

 僕は頷く。言われてみればそうに違いない。学校で習ったような記憶もある。それも高校ではなく、中学以前で。

「四年間に一日で修正されるなら、一年で起きるとすれば一日の四分の一程度。地球が太陽の周りを一周する距離の、ええと、千四百六十分の一ですか。ざっとそのくらいということになります」

「城田さんは、知学部か何かに所属してらしたんですか?」僕は思わず言った。

「えっなんですって?」

「学校のクラブ活動で。千四百なんて、そんな数字がすぐに出てくるのは」

「別に驚くような話ではありませんよ」道端でよその犬になつかれた時のような辛抱強い態度で、城田さんは僕に言う。

「一年の日数、三百六十五を四倍しただけっです。四をかけるくらいの計算は空でできます。営業の仕事をしていますから」

「あぁ」

「そういう訳で、一年間に地球の位置がずれる距離というのは」

地球が太陽の周りを一周する距離など見当もつかない。けれども、それを千四百いくつかで割ったものとすれば

「すごく大きいですよね?」と僕。「部屋と部屋の距離なんていうメートル単位の話じゃなく」

「当たり前です」城田さんは本当に当たり前らしく言った。「ここだけ見てもおかしい話なのはあきらかじゃないですか」

城田さんが賢いのか、僕が馬鹿なのか、それともその両方なのか。

「そういうわけですから、その声の主は大嘘つきということになります。もし」

 もし、そんな声の主がなどおいうものが本当に居るとしたら。あなたの妄想ではなく。

城田さんが飲み込んだ言葉が聞こえるような気がした。

「それにです、二階のA号室と言えば私が住んでいる所じゃないですか。この私が。私の今年の春引っ越してきたばかりなんですよ。一年後にまた引っ越す予定なんてさらさらありません」

「だから、あのぉ」

「何ですか?」

「その人は、自分が未来の城田さんだと言ったんです」

城田さんは上半身を、椅子がきしむほど大きく後ろにずらし、

「私?」

「えぇ」

「それで」いかにも気味悪そうに眉を顰め、首をかすかに振ってから、

「その、自称『未来の私』」は、あなたに何の用があったんですか?わざわざ話しかけてくるからには」

「城田さんを尾行してほしいと」

「はぁ?」

「過去の自分である城田さんを尾行して写真を撮ってほしいと言いました。毎日じゃなくていいのでと」

城田さんは目を見開き、もはやはっきりと首を左右に振る。

「そうしてほしい、してくれれば未来の城田さんがとても助かるって、頼んでくるんです」僕が言葉を続ける。「それはもう、とてつもなく真剣に言うので、僕は城田さんが事件か何かに巻き込まれるのかと思ったんですよ。ここしばらくの出来事に関して、あらぬ疑いでも掛けられて、無実を証明する写真が後で残っていればと後で悩むことになる。そんなはなしなんじゃないかと。だから」

「まさか」城田さんはまじまじと僕の顔を見つめ、「本当に尾行したんですか?」

「えぇ」

「信じられない」呟くように、「ということは、今日も?」

「えぇ。でも、今日は朝からはぐれてしまってうまくいきませんでしたけど」

「今日はうまくいかなかった」僕の顔をしげしげ見ながら、「じゃあ先週はうまくいったと」

僕は頷いた。

「先々週も?」

「えぇ。その時が初めてでしたけど」

「いったいぜんたい、どうしてそんな」

「だからヒロタが、その声の主のことなんですけど、そうしろと言ったから」僕は必死に言葉を続ける。

「僕だって、ヒロタと城田さんが別人と分かっていれば断りました。でも、『本人が頼むんだから気にしなくてもいい』って」

城田さんはしばらく口もきけないみたいだった。

「でも、考えてみるとおかしなこともありました」僕が思い出して言う。

「例えば先々週、僕が尾行していた時、城田さんがコンクリートの塊を拾うのを見て、その話をしても、なんだかピンとこないような調子なんです。一年も前なのでよく覚えていないけど、そういえば、みたいな。

 あれは忘れていたんじゃなくて、本当に知らなかったんですね。だけど、城田さんはそうしてあんなことをしたんですか?」


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