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9月の恋と出会ったら  作者: 佐伯龍之介
31/60

現在の城田さん①

「あのー」

 城田さんはくっきりしたおおきなめをおかしな形にすぼめ、

「私を疑っているわけではないですよね?」

「そんなわけないじゃないですか」

 この人に限っては、犯人であるはずがない。先週も先々週も、基本的に山手線の内側をうろうろしていたのをよく知っているからだ。

 「よければ、上がってお茶でもどうですか?」

嶋さんが僕を誘った時の調子をまねて、なるべくさりげなく言ってみる。

城田さんは警戒するように僕の顔を見た。男から誘われたときは「何かのセールスでは?」と警戒するタイプに見えないこともなかった。しばらく露骨に迷ったあげく、

「それじゃあ、お邪魔します。時間も遅いですから、少しだけ」高く頼りない声でそう言うとこれまで僕が後姿を追いかけてきた人が、玄関から僕の部屋に上がってきたのだ。

 僕が紅茶(嶋さんのような高級品ではなく、近所のスーパーで売っているティーバッグ)をダイニングテーブルに運んでくると、

「あの、なんて言ったらいいか」

「はい?」

「ショックだったでしょうね、空き巣なんて」相変わらずの口調で穏当な事を言った。

「えぇ、そうですね」

「被害の方は?」

「現金が少し4万円くらいですかね」城田さんはあぁと口に出さずに言って頷き、

「それは大変ですね」よほどお金に困っているのか、口調にしみじみとした実感があった。

「でもまぁ、良かったとも言えますね。犯人の方も万単位のお金が手に入れば、とりあえず気が済むというか『まぁいいか』という精神状態になるでしょうし」そんな風に、犯罪者の心理を理解しているような発言をする。

 「あまり収穫がないと、腹いせに部屋や家具をめちゃくちゃにしていったり、なんて話も聞きますから」 どうしてそんなことをしっているのだろう?

「それはそうと」と僕「さっきはすみませんでした」

 この人を家に入れてよかったのだろうか。かすかにそう考えながら、まず謝ることにした。

「変なこと言ってしまって、エアコンのこととか」

「「あぁ」

「おかしなことを言うと思ったでしょう?」

「まぁ、それは」城田さんは椅子の上で体をもじもじさせる。

「それには、訳があるんです。こうしてきていただいたのは、そのことについてお話ししたいと思って」

「はぁ」

「話せば長いというか、少しややこしいというか、そんな話なんですけど」

城田さんは警戒するような目をしながら頷き、紅茶を一口飲んだ。

どんな風に話を始めたものか。僕は一瞬迷ったけれど、しゃべり方のテクニックでどうこうなるような問題とは思えない。

「実は、今月初めのことです」

「僕は写真が趣味なんですけれど、現像したフィルムを干そうとして、あそこの脚立の上に座っていたら、すぐ横にあるエアコン用の穴から、声が聞こえてきて」

 ドアが半分空いているので見える、奥の部屋の方を手で示す。

「声?」城田さんは不審げに「ベランダに誰かいたんですか?」

「いえ、そうじゃないんです」

僕は水に飛び込むように深呼吸して一気にいう。

「穴そのものから、声が聞こえてきたんです。外側にはプラスチックの蓋がついていて、どこにもつながっていない穴の中から。未来から話しかけているとその声は言いました。穴の中にも外にも仕掛けはないのでたしかめてみるようにとも。

 それで、ベランダに出てみたんですが、たしかに誰もいないし、電気仕掛けとかそういうのもなくて」

口にした瞬間、これはダメだと思った。自分の耳にも、頭のおかしい人がしゃべっているように聞こえる。

 「未来から話しかけている」城田さんは妙にゆっくり、僕の言ったことを繰り返す。「そう言いましたか」

「えぇ」

城田さんはそれまで手に持っていた紅茶のカップをテーブルに置き、口を付けたことを後悔しているような目つきで眺めた。

 それも無理もないかもしれない。内心そう思いながら、僕はほかに仕方がなく先を続ける。

 「一年後の未来から話しかけている、その声はそう言いました。それもこのマンションの二階のA号室から。

 一年後のA号室のエアコンの穴と、今現在の僕の部屋、そこにあるエアコンの穴とが穴の中の小さな空間同士が、四次元的につながっているというんです」

城田さんはちょっとの間固いものを飲み込むような顔をしてから、「二階のA号室ですって?」

「えぇ」

「どうしてまたA号室と?」

僕はヒロタから聞かされたうろ覚えの話をくりかえした。


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