空き巣と隣人①
ゲランだに出てみたのは十時ごろだった。空き巣の侵入経路を確認するためーではなくA号室に近い端に行って、先方のベランダを覗き見る為って言うのが本音。
たしかに、こちらから遠い端に、重そうな室外機が白いホースを伸ばして居座っている。ありふれた機械を、僕は憎たらしいような気持ちでにらみつけていた。そうしている時、明りの付いていた隣の窓が突然開き、城田さんがベランダに出てきた。出しっぱなしの洗濯物を取り込みに来たらしい。
朝見たのと同じ姿の城田さんと目が合い、向こうもびっくりしていたーというより、この状況で変に見えるのは僕の方だったに違いない。
にもかかわらず、僕は気がつくと口にしていた。「どうしてエアコンをつけたんですか」
きつめの声、とがめる調子でそう言っていた。城田さんにはー今ここにいる城田さんには、これまで ゲランだに出てみたのは十時ごろだった。空き巣の侵入経路を確認するためーではなくA号室に近い端に行って、先方のベランダを覗き見る為って言うのが本音。
たしかに、こちらから遠い端に、重そうな室外機が白いホースを伸ばして居座っている。ありふれた機械を、僕は憎たらしいような気持ちでにらみつけていた。そうしている時、明りの付いていた隣の窓が突然開き、城田さんがベランダに出てきた。出しっぱなしの洗濯物を取り込みに来たらしい。
朝見たのと同じ姿の城田さんと目が合い、向こうもびっくりしていたーというより、この状況で変に見えるのは僕の方だったに違いない。
にもかかわらず、僕は気がつくと口にしていた。「どうしてエアコンをつけたんですか」
きつめの声、とがめる調子でそう言っていた。城田さんにはー今ここにいる城田さんには、これまで一度も口をきいたこともないというのに。
相手はあっけにとられていた。考えてみれば当然のことだ。それからおずおずと、けれども心外そうに口を開き、「何か問題でもありましたか?」答える声を聞いて、今度こそ僕はびっくりする。
気弱そうな、高く澄んだ声。おちつきがなく、若い声。
いつも聞いているヒロタの声ではなかった。
頭を抱えているところへ来訪者を告げるチャイムが鳴った。こんな時間に誰だろう。警察の人が戻って来たのだろうか。そう思ってインターホンに出ると、「A号室の城田です」さっき聞いたばかりの声が聞こえてきた。
「あぁ、はい」
「よろしければ、ちょっと」僕は玄関まで行きドアを開ける。
そこには普段着に着替えた城田さんが立っていた。
「さっきの言い方はあんまりではないでしょうか?」
「おっしゃる通り、私は部屋にエアコンをつけました。職場の先輩が離婚して実家に戻ることになり、いらなくなるというのでもらい受けました」
どうやら、ベランダでの僕の言葉に怒って(後からだんだん腹が立ってきて?)抗議に来たらしい。
「ずっとエアコンが欲しかった。今年の夏は往生しました。けれど、買えずに辛抱していたのがやっと手に入って、この前の日曜日につけたんです。それのどこがいけないのでしょう?現に一回の人はどちらもつけていますし、これだけ部屋が離れていれば、迷惑をかけるなんてありえない。音がうるさいとか、室外機の風がそちらに流れ込むとか」
「えぇ、それはもちろんー」
「だとしたら、エアコンは私の権利で、何を言われようともはずす気はありません」きっぱりと宣言した。すれ違う隣人に挨拶もできない小心な人が。
「わかりました、それで結構です」
僕があっさり頷くと、城田さんはやや拍子抜けしたようにしばらく僕の顔を眺め、
「なにか、あったんですか?」思わずたずねたという感じで口にしてから、
「あっすみません。馴れ馴れしい口を聞いて」最初の印象通りのしゃべり方に戻る。
「知り合いでもない私みたいな人間が言う事じゃありませんがー」
「実は空き巣に入られたんです」と僕。
「えっ、それはすみませんでした。そんなこととはつゆ知らずー」
僕の家に空き巣が入ったからと言って、隣人がエアコンをつけるのをとがめだてする権利が生じるわけではないのに。
変な人、とはいえ、悪い人ではないという印象もあった。この人と話してみたらどうだろう。何かわかることがあるかもー
「あの」僕は言った。
「はい?」
「すみません、少しお話を伺ってもよろしいですか」
「その空き巣の話と関連してですか?」
「えぇ、まぁ」
そう答えておいた方がきっかけになるだろう。




