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9月の恋と出会ったら  作者: 佐伯龍之介
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転機ー物件探しー

 鴻上さんの運転する車に、前よりずっと長く乗った。前回と違うのはもう一点、バスケットに入った猫が僕の傍らにいることだった。 

 その「ちょっと変わった物件」を見に行くにあたり、鴻上さんはどこかへ短い電話をかけてから、「店の鍵、車の鍵、財布、それから猫と」

 つぶやきながら店の奥からバスケットを出してくると、猫を抱え上げてその中に入れ、蓋をした。

 車の後部座席にバスケットを置き、シートベルトでこていして、

「走ってる間見ててね。ベルトがはずれないかどうか」

 僕羽言われたとおりにしたが、車がほどほどに揺れながら走る間シートベルトが本格的にずれることなく、バスケットの隙間から見える猫はうれしいのか迷惑なのか顔つきではわからないもののの、とにかくおとなしくしていた。

 車は、二十分かもう少しくらい走り(下り電車で二駅分だと後でわかった)、やがてとまる。鴻上さんがルームミラーから僕を見て、

「あなた、ほんとに猫ばかり見てたね」

「だって」

「そりゃまぁ、わたしが『見てて』と言ったけど。でもねぇ、人から言われたことを真に受けすぎると、そんすることもありますよ。」

 何だか本質的な事を言われたような気がした。

「じゃ、降りて。あと猫をお願い」

 お願いとはどういう意味だろう。そう思いながら、僕はとりあえず、バスケットを抱えて車から降り、外の道に立つ。

 白っぽい外壁の小ぶりな建物が目の前にあった。に下記建てで中央にドアのない入口があり、左右に窓がひとつずつ。全部で四世帯のマンションらしい。

 左右対称の形、どこもかしこもまっすぐなのに、なぜかいびつな印象がある。それが何のせいなのかわからないまま、猫の入ったバスケットを手に下げ、ごま塩頭の鴻上さんと一緒に建物の正面を眺めた。

それがぼくと「シーガイアシャイン」との出会いだった。

しばらく見ていると、車を停めた場所が、緩い下り坂になっている。その先のほうから足音が響いてきた。やけに響く足音だと思ったら、下駄の音だ。

 下駄の主は、七十代の老人でアロハシャツと黒いズボンを身に着けていた。

白髪交じりの髪を後ろで束ね、黒ぶち眼鏡をかけ歩き方は、少しがに股だった。

 その人はこちらへ少しずつ近づいてきたので、僕は、道を譲ろうとする。ところがその老人は、その場に立ち止まり僕を上から下まで、視線が二往復する。

 そのあと僕の方を見て、

「趣味は何だって?」

「は?」

ぼくはびっくりするが、鴻上さんが横から「答えて」という目線を送ってきた。

「あの、写真です。」

「当節のことながら、デジカメかね?」

「いえ、フィルムを入れるカメラの方です」

僕がそう答えると、黒ぶち眼鏡の奥の目が少し和らいだようなきがした。

「で、撮っている写真はどういう写真?」

「街角のスナップみたいな」

老人お顔つきから、なんとなくそれだけではありないような気がして、

「あと、フィルムの現像とかもやってます。」

「ほう」

 謎の老人はちょっと感心したような声を出し、もう一度僕を上から下まで、眺めた視線がバスケットのところで止まる。

「それは?」

「えぇ、うちの猫です。」

答えた鴻上さんにうながされ、僕がバスケットを持ち上げる。」

 鴻上さんが蓋を開けると、猫が面白くなさそうな顔をのぞかせ、くしゃくしゃの笑顔になった。

笑顔のまま手を伸ばすと、とがった耳を掌で押さえ、頭をぐりぐりと撫でた。

「まぁ、いいでしょう。」鴻さんに向かっておもむろに頷き、ポケットから出した何かを渡す。

「任せるから、よろしくやっておいて」

「どうもありがとうございます。」

「じゃあ、また」

鷹揚に手を上げ、坂を下っていく姿がほとんどみえなくなってから、

「今のが、ここのオーナー」

猫をバスケットごと僕から受け取ると鴻上さんがそう言った。

「新藤さんという人。画家なんですよ」

そう聞いてなるほどと思った。

「ところで、今のはいったい?」

「あれは、面接みたいなもの」

「面接?」

「あなたをここに入居させてもいいとオーナーが認めたってこと」

どうやらこのマンションに入居するには、「よそで三か所以上断られた」という条件のほかに、オーナーの面接をパスする必要があるらしい。

「つまり、ここまできて、お引き取り下さいって言われる可能性もあったってことですか?」

「そうだね、だけど、あの人との付き合いも長いから、かんがはたらくからね。

なんとかなるんじゃないかと。とにかく中へ入りましょう。二階のB号室だけど、中を見ますよね?」

 鴻上さんと並んで、敷地内に入ると、ドアのない入口をめざしながら、さっきの『いびつな印象』が何に由来するのかわかった。

道路や敷地の形に対して、建物の位置が少し斜めにずれているのだ。

「芸術関係の使途を優先する・・・というのが建前」

鴻上さんが言う。このマンションの入居条件らしい。

「そういう人が部屋を借りにくくて、困っている場合に安住の地を提供したい」

「はぁ」

入り口をくぐり、一回の部屋のドアを左右に見ながら階段を上る。茶色く塗られた鉄の手すり、踊り場の小さな窓など、どことなく外国の古い建物みたいだ。

高い窓柄光が差し込む踊り場で、鴻上さんと並んでくるりと方向転換する。

「だけど、芸術関係っていうなら、僕より資格のある人はたくさんいるのでは?」

階段の残り半分を上りながら、僕は思った事を口にした。

「そこはいろいろ、あの人なりの基準があって」

左手の「2B」と書かれたドアの前に立ち、鴻上さんがさっきオーナーから受け取った鍵を差し込んで開ける。




 

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