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9月の恋と出会ったら  作者: 佐伯龍之介
29/60

空き巣

 警察署からやってきた刑事たちは、ドラマに出てくる通り地味なスーツ姿の二人組だった。面長で無精髭を生やした三十代の人が水島さん、たぶん二十代の小柄で目つきの悪い人が砂田さんと名乗った。

「一階のB号室のベランダの柵に登り、何かをこちらのベランダに引っ掛けてよじ登った形跡があります」水島さんが僕に向かって説明した。

 「一階のA号室には大きな犬がいるし、いっぽうB号室の方は二十ガラスになっている。これは見ただけでわかる人にはわかります。一階のA、Bと順番に様子を伺いそれぞれ今言ったような事情で面倒だということになって、二階に上がってきたのでしょう」

 「下の部屋の方が金目のものはありそうでしたが、犯人の方も妥協したということでしょう」

『砂田』水島さんが横目で同僚をたしなめてから、「このところ近隣で起きている空き巣事件とおそらく同一犯でしょう。ガラスを切る手口が同じですから」

「九月に入ってから隣のN市、先々週からはこちらの方で似たような事件が起きています」

 オーナーの手紙に書いてあった「町内会で空き巣の事件が話題になった」という言葉を思い出した。

「特に、午後。こういう単身者向けのマンションが留守になる時間帯を狙って犯行が行われています」

「ありそうなのは、犯人の都合ですね。勤めやアルバイトをしていて、午後に時間がある場合ですね」

『砂田』水島さんがまた言ってから、「今日のところはこれで」と立ち上がった。

 玄関先で見送る僕に向かって、「それじゃあ、何かあったら署の方へ連絡してください」

一礼して去ってゆく二人の姿を見ながら、ぼくは愕然としていた。先週ヒロタの言っていたことを思い出したのだ。

 いつまでもこんなことをお願いするわけにはいかない、期限を切りましょう。そういった後で、

 ̄今からいう事を目安にしてください。二人の男が齋藤さんのところをたずねて行くまで。

 ̄地味なスーツ姿の、丁寧だけれども必ずしも感じがいいわけではない、いくぶん失礼ともいえる二人の男がたずねて来て、帰り際に「何かあったら連絡してきてください」と齋藤さんに言うその時まで。

 確かにそう言っていた。」

 ヒロタは未来の人間だから、今日起こることを知っていたとしてもおかしくない。

けれども今、城田さんはマンションにいない。刑事たちのどちらかが「お隣のA号室は留守の様ですね」と言っていた。

 僕は時計を見る。もうすぐ九時になるところだった。

 こうしてはいられない。寝室へ飛んでいき、脚立に登った。九時三分前。そこに座って今日起こったいろいろのことを考えた。

 城田さんを見失ってしまった事、それでもヒロタに言われた通り五時までは会社のビルの前で待機したこと。帰ってから発見した二つのことー空き巣が入った形跡、それから城田さんの部屋についていたエアコン。

 数週間前にはたしかについていなかったエアコンが、今はついている。どうして?そんなことがあっていいのだろうか。

 脚立のてっぺんにすわっていると膝から下に風を感じる。窓に穴が開いているからだ。空き巣に入られたー自分の巣、「ここなら安心」と無意識に信じ込んでいた場所に誰かが押し入ったという事実には、数万円のお金を取られたこととは別のショックがあった。

 けれども、たぶんそれ以上に、A号室のエアコンのことがショックだった。信じていた人から裏切られたような気分だったのだ。誰に?ヒロタに・城田さんに?

そもそもその二人は本当に同一人物なのだろうか?

僕は、時計を見る。九時を一、二分すぎていた。ヒロタはいつも時間に正確なのに。

僕は、上半身を傾けて、壁の穴に耳をさらに近づけ、音響メーカーのマスコットの犬のような格好でしばらくそのまま座っていた。

 けれども、ヒロタの声は聞こえてこない。「もしもし、そここにいますか?」と呼び掛けてくる事は無い。

 三分過ぎても。五分過ぎても。十分すぎても。このまま二度とあの声を聞く事は無いような気がした。

 一年の時を隔てたつながりー理屈ではそんなものがあるはずもなく、けれどもたしかにあったつながりが断ち切られてしまった。そう感じた。

 そして、僕は悲しかった。そのことがとても悲しかった。

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