最後の尾行②と空き巣
平日の午前中、駅はごった返すというほどではないけれど、遊びに来たらしい人々でそれなりに賑わっている。学生風の若い男女、観光客などなど。窓の向こうには未来、というより悪い夢の中から出てきたようなビルがこれ見よがしにそびえ、体調の悪い身には何だか神経にこつぇる。
そんなあれこれに圧倒されながら、ひたすら見張るのは楽ではなかった。ヒロタからすすめられたオーディオプレイヤーも忘れて来ていた。
十一時半を過ぎるころには、今から城田さんが改札を出てくることはまずないだろうと見当がついた。そもそも駅自体を間違えていた可能性も高いけれど、僕自身が城田さんを見逃したとも考えられる。だとしたら帰るところを捕まえられるかも、というわけで結局十五時近くまでそこにいた。こういう体調の時は、ただ立っているのが一番つらいのに。
あきらめてまた、ゆりかもめに乗り、橋を渡って一回転してきた道を戻る。ほかに仕方がなく新宿に戻り、城田さんが戻っているともいないともわからない高層ビル前のテラスに腰を下ろす。
今日が山場とヒロタが言っていたその日の鍵って失敗するなんて。僕が見ていないところで城田さんに何かあったのか、あるいはなかったのか、どちらにしても、そのしょぽうこを僕が残すことになっていたのに。
十七時までビルの前にいたけれど、結局城田さんの姿を見ることはできなかった。
油断した自分に腹を立て、いきなり予定を変更してきた城田さんの得意先、いつになく早足の城田さん最終的に僕のような素人に尾行を頼んできたヒロタを恨みながら帰りの電車に乗った。
ぐったりとマンションの自分の部屋の前に立ち、ドアのカギを差し込んで、あれっと思う。左に回しても手ごたえがない。鍵がかかっていなかったのだ。
一人暮らしを始めて何年もたち、出掛ける時にはかぎをかけることは習慣中の習慣になっていた。ほとんど意識さえしないけれど、かといって忘れるはずはない。
僕は静かにドアを開け、恐る恐る足を踏み入れる。自分が住んでいる部屋なのに入っていくのが何だか怖い。
明かりをつけると、部屋が荒らされているkとが一目で分かった。
いつも部屋を片付けているとなんていうつもりはない。けれど、机や小物入れの引き出しをすべて開けっ放しにして出かけた事は無い。まして小物入れ自体をひっくりかえしていくなんて。
僕は忍び足で部屋の隅々を見て回った。いきをころして、もともと細く開いていたクローゼットのドア、洗面所やトイレのドアを思い切って開けていった。
その結果、一番恐れていたことは心配なさそうだと分かった。僕の部屋に、誰もこっそ隠れてなどいない。留守の間に入ってきたのはたしかだけれども、とっくに出て行ったのだ。念のため、部屋の中を三周位してから僕は大きく深呼吸をする。
かすかに外の空気を感じる・・・ベランダに通じる窓の三日月形の錠のそば日穴がが空いていた。誰かがガラスを切り取り、手を差し込んで窓を開けて入り、玄関から出て行ったのだ。
寝室の机の引き出しに入れてあった生活費の入った封筒が無くなっている。入っていたのは五万、いや四万五千円くらい。
それで逆に安心した。四万五千円くらい無くなっても痛くもかゆくもないという立場ではないけれど、起こっている事象が『なんだか気味の悪い事態』ではなくなり、はっきりと空き巣という名前が付いたからだ。
空き巣に入られたのだが、現金を取られただけで済んだので『まぁ、良かった』と思う事にした。
そう、相手が空き巣で、現金がなくなっているのなら、これはもう『済んだこと』なのだ。そして、被害自体も大きいわけではない。預金通帳は持ち歩いているし、ブランド品も元々持っていない。もう一度確認しても、さっきのお金以外になくなったものはなかった。
まず、オーナーに報告しよう。それから警察に連絡だ。僕はそう思いオーナーの家に行ってみた。けれど留守らしく、あきらめて今来た道を戻ることにした。
自分の部屋に戻りながら、マンションの建物を見上げた時、漠然と違和感を覚えた。目を凝らすとこちら側の意から目に入る二階のベランダにあるはずのないものがある。見間違いではない。
A号室、城田さんの部屋の外に、エアコンの室外機があるのだ。外套の明かりではっきり見える。無骨な鹿喰機械からホースが伸びて、窓の斜め上にある穴につながり、それをふさいでしまっている。
僕はちょっとの間、ひと気のない未知に立ち尽くしていた。ここ数日ですっかり涼しくなった夜のはじめの空気に包まれて。
城田さんが自分の部屋にエアコンをつけたとしたら。A号室の壁の穴があんな風に本来の目的でふさがれてしまったとしたら。
だとしたら、いったい誰が、どうやって、一年後のA号室から僕に話しかけてくることができるのだろう。




