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9月の恋と出会ったら  作者: 佐伯龍之介
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二度目の報告①

 夜の八時過ぎ、僕は寝室の机の前に座っていた。先週よりも早めに現像をやってしまい、ネガはいつもの位置にすでに干してある。

 「何度も同じことを言うようで心苦しいのですが、詳しい事情を今説明するわけにはいかないんです」

 あいかわらず、脚立のてっぺんに座った僕に、ヒロタはそう言った。その日の首尾を報告し、ねぎらいの言葉を受けた後、この前の約束はどうなったのかと迫った時の答えである。

「もう少し、そうですね、あともう少しだけ待ってもらえれば」

壁の穴から聞こえてくる声に向かって、「じゃあ、尾行も今回が最後ということでいいんでしょうか」

少しでも強く出なければならない。そう思い僕が言うと、「いや、それは困ります。最低でもあと一回はやっていただかないと・・・・」

「そんな理屈が通るとでも?」僕は大声を出す。

「何度も何度も『あと少し』そんなので納得して、頼まれたことだけ続けるなんて思いますか?」

「普通、そうはいかないでしょうね」相手はあっさり認めた。

「けれども、齋藤さんと私とは決して普通の関係ではない。あっ、私が言うのは」

慌てたように、「現在の齋藤さん・・・・・一年後の齋藤さんと私が『特別な関係』になっているという意味ではありませんよ」

 そんなことは考えもしなかった。僕は保保が厚くなるのを感じた。

「そうではなく、私たちがこうして、一年の時を隔てて話をしているという事実についてです。

これがインチキでも何でもない、一種の奇跡だというのはおわかりでしょう?」

「えぇ・・・」いやおうなしに、それは認めないわけにはいかなかった。

「そういう意味での特殊性です。それに免じて許してもらえるかと甘えていたのですが、やっぱり限度がありますよね」

「それはもう」

「だとしたら・・・・・」

 僕はつくづくお人好しで、今度こそヒロタが事情なるものを打ち明けるのかと思っていたのだ。けれど、「それでは、期限を設定しましょう」聞こえてきたのはそういう言葉だった。

「期限・」

「そうです。もちろん、説明もなくいつまでも続けてほしいだなんて図々しい事を言うわけにはいかない」

「と言って、何月何日までとはっきり期限を切るわけにもいきません。来週が一つの山場だろうとそう思っているものの、楽観は許さない。断言はできないのです。

 ですから、今からいう事を目安にしてください。二人の男が齋藤さんのところをたずねて行くまで・・・・」

「はぁ?」

「地味なスーツ姿の丁寧だけれど必ずしも感じがいいわけではない、いくぶん失礼ともいえる二人の男がたずねて来て、帰り際に『何かあったら連絡してください』というその時まで」

 いったい何のことだかわからない。それに僕はヒロタに『期限を切ってほしい』とは要求していないのだ。

「事情を説明してもらう方が先ではないでしょうか?」僕は壁の穴に向かって抗議する。

「それはまぁ、私としてもそうしたいのはやまやまなのです。もし、それができるのなら」

「でも、今はできない?」

「そうですね」

「だとすれば、何か後ろ暗いことがあるせいなんじゃないですか?」

「後ろ暗い?」

「そうです」席を切ったように、これまでの疑問が次々とあふれ出してくる。

「一年前の自分の行動を記録してほしい、わざわざ尾行してまで、さきざきで写真を取っておいてほしいなんて言われれば、アリバイを証明する・・・無実の人があらぬ疑いをかけられて、そういう写真が必要になるかもしれない、なんていう親切な解釈をするじゃありませんか。だけど、城田さんは無実の疑いを掛けられているというより、犯罪者の方に近いんじゃないですか?」

「犯罪者?」ヒロタは、心底驚いたように言った。少なくとも、僕にはそう聞こえた。

「どんなところがそう見えたんですか?」

「コンクリートの塊とか・・・」

「えっ?」

「先週、日本橋から東京駅に向かう途中の裏通りで、片手で握っれるくらいの大きさのとがった塊を拾ったじゃないですか。それを振り回したり、頭に当ててみたりして」

 しばらく、ためらっているような間が空いてから、「あぁ・・・・あの事ですか」相手はゆっくりと言った。

「忘れていました。何しろ齋藤さん、それから城田にとってはつい先週の事でも、今の私には一年も前の話ですからね」

「それから、今日だって」

「何かおかしなことがありましたか?」僕は同潤会アパート跡地でのことを説明した。

「あぁ、なるほど。たしかにそういうことがありました」相手はゆっくり、「会ったのはたしかですが、一年前の今日・・・・九月二十日の事でしたか」

「あれは、いったい何なんですか?」

「私のほうこそお聞きしたい」ヒロタは余裕を取り戻し、

「今うかがったような行動が、どんな風に犯罪とつながるのか、言ってみてください。具体的にお願いします」そう言われて、びくは言葉に詰まる。

「どうも言い過ぎな感がありますね」ヒロタはすまして

「それとも、他にも何かありましたか?城田が犯罪者らしく見えるようなことが?」

 ベッドにマットレスの話をするのはやめておいた。理由はどうであれ、神室さんが城田さんの部屋を『覗き見た』ことになってしまい、告げ口めいて聞こえるから。

「いえ、ありません。ありませんけど・・・」

「なんですか?」

「やっぱり、事情を説明してもらわない限り、これ以上続けることはできません。僕からすればとお膳の話だと思います」



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