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9月の恋と出会ったら  作者: 佐伯龍之介
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神室さん②

 「あの、話は変わるんですけど・・・」

「なぁに?」

「二階、A号室の城田さんの事なんですけど・・・」

 城田さんと話をしてはいけない、尾行の時に距離を置くのはもちろん、それ以外の時も会釈くらいしかしてはいけない。ヒロタはそういっていたけれど、彼女についてほかの住人と話すなとは、一言だって言われていない。

「こうして、神室さんとお話しできて、いつかは嶋さんともおしゃべりをして、お二人の事はある程度分かったんですけど、城田さんだけ・・・」

「謎の人物というわけ」

 神室さんはふと何かを思い出したような表情になり、形のいい唇を曲げた。

思い出したことを口にしかけて、途中でやめたような気配。

「城田さんとはなしたことは?」と尋ねると

「ないわよ」

あっさりと言い切り、ポニーテールを左右に振る。

「たまたま顔を合わせたとき、『今日は暖かいですね』くらい言ったことがあるのよ。だけど、ろくに返事が返ってこなかった」

 僕の時と同じだ。僕に対してあれだけへどもどする人なら、神室さんの前では推して知るべしだろう。

「まぁ、オタクっぽい感じではあるけど、普通の会社に何年も務めているなら、最低限の常識はあるんでしょう。基本的に普通の、今どきの女の子だと思うけど・・・・」

 少し迷うように川の方へしせんをむけてから、

「しばらく前、ちょっとだけ変わったことがあったわね。音が聞こえてきたの」

「音?」

「うん、夜中に、ベランダに出て煙草を吸っていた時」

 自分のマンションで煙草を吸うのにわざわざベランダに出るのだろうか。気兼ねするような家族も・・・そう考えてから気づく。犬だ。

「上の部屋から音が聞こえてくるの。無理もないわよね。こっちがベランダに居て、向こうが窓を大きく開けていれば。城田さんのところはエアコンがないみたいだし」

「それはなぜでしょう?」

 エアコンの話は聞き捨てならず、僕がついに話の腰を折る。

「そもそも、どうして城田さんのところはエアコンがないのでしょう。東京で、マンションだと、普通は付けますよね。僕みたいに冷房が苦手とかじゃなければ」

「さぁ。お金がないんじゃないの?」神室さんはあっさりと片付け、

「で、その聴こえてきた音が問題なの」

「何か変な音だったんですか?」

「そう、変な音。ボスッボスッっていう鈍い音が、間隔を置いて響いてくる。殴り合いかしら、そう思うような。私はおせっかいな方じゃないけど、怪我人が出ればうちの病院に担ぎ込まれてくる可能性もあるから、まんざら無関係っていうわけでもない。

 だからついつい、ベランダの手すりを乗り越えて外の畑に出て、少し離れたところから二階の窓を見上げてみたの。そうしたら・・・・」

「そうしたら?」

「カーテンが半分くらい開いていて、城田さんの姿が見えた。見える範囲から出たり、また戻ったり、はじめは何をやっているのかわからなかったけれど、しばらく見ているうちに状況が分かった。

 殴り合いなんかじゃなかった。ベッドのマットレスを壁に立てかけて、城田さんがせっせと殴っていたの」

 僕は口をぽかんと開けていたに違いない。

「まぁ、クッションや枕をげんこつでなぐるっていうだけなら、別に珍しい話じゃないわよね」神室さんは眉を高々と上げて続ける。

 「だけど、わざわざマットレスを壁に立てかけてとなると、ストレス解消っていう感じとはちょっと違う。それにあの人の顔や態度も。イライラして枕を殴るなんて言うのとは、たぶん根本的に違ってた」

「どういう風に?」「もっとこう、真面目なの」

「真面目?」

「殴った後考えて、イメージトレーニングをしてまた殴る。そんな感じ」

「どういう事でしょう?」

 僕はすっかり面食らっていた。

「練習してたんだと思う」

 さすがに退屈してきたらしいレオンベルガーに引っ張られて歩き出しながら、神室さんはそういった。

「真面目に、真剣に。いろいろ検討したり、計算したりしながら、人を殴る練習をしていた。

そう言う風に私には見えたんだけど。じゃあ、またね」



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