尾行③
城田さんの一日の行動を証拠立てるというものの、具体的には何をどう証明しようというのか、ヒロタは話してくれないので、撮った写真が目的にかなっているかどうかわからない。そもそも、僕が写真を地理プリントしたところで、ヒロタがどうやってそれを見るつもりなのかも見当がつかない。壁にあいた穴に差し込めば向こうに届くなんて言うことがあり得るはずないのだから。
とはいうものの、僕はそれなりににがんばった。そういっていいのではないだろうか。特に尾行なって生まれてこの方やったことなどないのだから。うしろ姿に特徴があって見つけやすいうえに、本人が割合・・・いや、かなりぼんやりしていて気づかれる心配がほとんどなかったとはいえ。
そんな自画自賛めいた感慨とは別に、気になったことがあった。ほかならぬ城田さんの行動だ。
尾行の後半、日本橋から東京駅まで、何度も角を曲がりながら、必ずしも、一番の近道とは思えない裏通りを縫って歩いていた時のこと。
最近ビルの解体工事があったらしく更地になった場所に差し掛かると、城田さんは足を止め、地面にある何かに目を凝らした。
左右を見まわし( 僕にはどうにか電柱の陰に身を隠すことができた)かが見込んで、その何かを拾い上げた。
電柱と建物の隙間から、カメラを望遠鏡代わりにのぞき込んで、城田さんがなにをやっているのかわかった。コンクリートの小さな塊を拾い、重さを試すように軽くゆすっている。
片手で握るとはみ出すくらいの大きさ、あちこちギザギザにとがった形。そんな塊をいろいろと角度を変えて握ってから、納得のいく形が見つかったという顔をすると、金づちをふるうように振り下ろした。
何度かそのしぐさを繰り返してから、肘を肩の高さにあげ、手を後ろに回し、物騒な塊の先端を自分の後頭部に押し当てる。
固さと冷たさを味わうように、ちょっとの間目を閉じてから、ポケットから出したハンカチで拾った代物をくるむ。死して大事な仕事土尾久が詰まっているはずのカバンにしまい込んだのだ。妙に満足そうな表情を浮かべて。
あれは、いったいなんだのか。 夕方の風に吹かれて冷えていくコーヒーに口をつけながら、僕はそう思う。
気が付いて時計を見ると、十七時をとっくに過ぎている。帰ってもいい時間だった。
その夜、約束した九時にはまだ間のあるころ、僕は今のテーブルで現像タンクの晩をしながら、一日機事を振り返っていた。
どうしても気になるのは、あのコンクリートの塊だ。ささやかな、と言えばその通り。ああしてカバンの隅に収まるものにすぎないのだから。けれど引っかかると言えば引っ掛かり、凶悪な印象がどうしても残る。
「だって、コンクリートの塊だよ。そんなものわざわざ拾って持っていく人が居るのだろうか?」
ふと、独り言を口にしている自分がいることに気づき、恥ずかしくなり、いっそのことここから逃げ出してしまいたい。この部屋から出て行ってしまいたいと思ってしまった。
なぜなら、穴の向こうのヒロタに聞かれているのではないかと思ったからだ。
けれど、そうできない理由が二つ。いや三つ。
まず、フィルムの現像中だ。ただのフィルムではなく、未来の人からの頼まれごと、僕にとっても今日日の努力の成果。このまま放りだせば、それが台無しになってしまう。
それに九時には、どうしてもこの部屋に居なくてはならない。ヒロタと話をする約束があるから。それからもう一つ、逃げ出したとしても、帰ってこなければならない。他に寝る場所もないのだから。
僕はふらふらと奥の部屋に行くと、ため息をついて現像タンクを机の上に置く。そうこうしているうちにアラームが鳴る。現像時間をセットしてあったタイマーの音だ。
僕は、機械的にタンクを持って流しに行き、現像液を捨てた。用意していた停止液を入れ、一分かそこら攪拌した後停止液も捨てる。
現像液はアルカリ性で、停止液は酸性。中和させ、現像のプロセスをきっちりと終了させてから、最後の薬品になる定着液を注ぎ込む。現像時間は短すぎても長すぎてもいけないから、ここは手早くすませないと。
僕はやり終えた。手が震えて、定着液をだいぶ流しにこぼしてしまったけれど。
タンクを持って居間に戻り、タンクのつまみを回しながら、テーブルに向かって腰を下ろす。
しばらく黙ったまま、現像タンクのつまみを回したり、ネガに泡がつかないようにタンクの底を指先でたたいたりしていた。 そうこうしていると、タイマーが鳴ったので、僕は液をまた流しに行き、タンク内の定着液をボトルに戻す。タンクを水道の蛇口の真下において、しばらく水を流しっぱなしにする。
これまで使った薬品を全部洗い流すのだ。
その間に今までに使った道具の片付けなどのあれやこれやをし、頃合いを見てタンクの蓋を開け、リールからネガを引き出す。光にかざしてざっと見ると、現像にも写真自体にも問題はなさそうだ。
いつもの僕のネガ、不動産屋の鴻上さんが言う「こじゃれた文房具屋で売っている絵はがき」っぽいカットがとりとめもなく並んでいるのとはずいぶん違う。スーツ姿の男の人のうしろ姿や横顔に、ビルの入り口、駅前の時計や地図、電柱といったカットが混ざり、殺風景と言えば殺風景逆に妙な生々しさをも感じさせた。
ネガの上の方を二本の指で挟み、その指をグイっとした荷下ろし水を切る。一本ずつそうしてから上下にクリップを付け、寝室のいつもの位置に干す。
そのまま脚立のてっぺんに座り、頬杖をつきながら九時になるのを待った。




