尾行②
見逃したらどうしよう、または城田さんが裏口を使っていたろどうしよう(当然、ほかにも出入り口があるはずだ)と不安になっていたせいで、友達を見つけたかのようにほっとする。見つかるわけにはいかないので、通り過ぎるのを待って、急いで後をついていく。
新宿駅を目指すなら左だけれど、右に向かって地下鉄の入り口をくぐる。都営大江戸線の都庁前駅だ。飯田橋・両国方面のホームに降りていき、ちょうどいいタイミングで入ってきた車両に乗り込む。
大江戸線は静かな地下鉄だ。地下深くを走っているせいか、数年前に開通した路線で車両が新しいせいか。通勤ラッシュはピークを過ぎ、乗客はぎっしりというわけではない。城田さんを見失う心配がない分、向こうから気疲れく可能性も高い。
けれどもあまり心配はいらない、そんな気がした。城田さんは周囲に注意を払っているようにはとても見えなかったからだ。例えば今も、目の前にある銀色のバーに視線を固定させながら、唇を半開きにしている。その口を時々小さく動かし、声のない独り言をつぶやいているようにすら見える。
危ない人に見えなくもない城田さんは、六つ目の飯田橋が近づくといきなり立ち上がってドアの方へと向かい、僕もあわてて後に続く。
駅を出たところで立ち止まり、携帯を取り出して電話を掛ける。僕は通りの反対側へ移動し、電話している城田さんの姿を駅舎を背景にして写真に収める。
改まった顔つき、話しながら軽くお辞儀をするしぐさなどから、これから会う取引先の人に電話していることは見当がついた。形態をしまうとすぐ近くの雑居ビルに入っていき、僕とカメラはその後姿を、ビルの入り口の看板ごと切り取る。
そんな僕を気に留める使途は誰もいなかった。電柱の陰から古い一眼レフを構え写真を撮っている。それくらいのことで、あたりを行きかう忙しげ奈ビジネスマンの注意を引き付けるにはとうてい足りていないようだった。
カメラをしまい、移動中よりこうした待ち時間の方が大変なのだとしみじみ感じながらビルの出口を見張っていると、四十分ほどたったところで城田さんが出てきて、再び駅へ。
今度は大江戸線ではなく、かつての営団地下鉄、現「京メトロ」の東西線に追った。すぐ先の九段下で半蔵門線に乗り換え、やはり一つ先の神保町で降りる。
ここでは、ちょっとおかしなことがあった。書店やスポーツ用品店の並ぶ靖国通りの歩道で、取引先に電話していた時、通りかかった女性の連れていた犬がなぜか足を止め、城田さんの顔をしげしげと眺めた。
なんという犬種かわからないけれど、ダルメシアンのように細くて手足の長い犬だった。ただし、白黒のブチではなく、茶色、大きさもダルメシアンよりは小さいかもしれない。しつけの行き届いていそうな上品な犬が、いきなりごろりと地面に横になり、城田さんの靴の上に頭を載せたのだ。
そんな場面を初めて見たので驚いたが、犬の飼い主( お洒落な服装をした主婦らしい人)もびっくり仰天していた。城田さんに謝ったり、犬を叱ったりするけれど、犬は平気な顔ですっかりリラックスしている。
なつかれたというより、ここまでくると『なめられた』という方が正しいのではないかと思う。そんな状態の城田さんはというと、足の甲に犬の頭を乗せ、誤っている飼い主にちょっとだけ頷きながら、新坊主浴得意先との会話を続けている。
そんな光景を十メートル離れた位置から見たけれど、写真に撮りはしなかった。何だか気の毒な気がして。ヒロタからも城田さんが『行った場所』を記録するようにと言われていたから。
ようやく犬と飼い主がその場を離れ、城田さんは近くの喫茶店に移動する。僕も同じ店に入り、ドアの近くが開いていたのでそこに腰を下ろす。
やがて登場した二人の男性が城田さんと同じテーブルにつき、打合せが始まる。その様子は見えないけれど、彼らが店を出るとき、僕の前を通り過ぎるから見逃すことはありえない。アイスコーヒーを飲んで一息つきながら、先の犬はオスだろうかメスだろうかなんてことをふと考えた。
もしオスならばなつかれているのかもしれないが、メスなら城田さんは完全になめられている。
一時間近く経って店を出ると、坂を上ってお茶の水方面に向かい、途中にコーヒーショップで昼食。僕も同じの隅の方で昼食をとった。
御茶ノ水駅のあたりへ来ると神田川をぼんやりと眺め時間をつぶし、橋を渡った反対側のビルでまた打ち合わせ。終了後東京駅まで歩き、JR中央線で新宿に戻った時には、十六時半を過ぎていた。
城田さんが会社のビルに入っていくのを見届け、広田と約束した十七時までまつことにして、ビルの前のテラスでコーヒーを飲む。
疲れた。歩いた距離はそれほどではないが、立っていると足にはくるし緊張感で肩や背中が板のようになっていた。




