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9月の恋と出会ったら  作者: 佐伯龍之介
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尾行①

 細く開けたドアから、本に挟んだしおりのように身体をのぞかせ、あたりの様子をうかがった。

 どこかへ忍び込むわけではなく、自分の部屋からマンションの通路に顔を出しているところ。階段から響くリズミカルとは言いがたい足音が一階にたどりついたのを確認すると、急いでドアに鍵をかけ、階段を降り、薄曇り空の下へ出ていった。

 あれからまた一週間が過ぎた次の休み、九月二十日の朝だった。僕の出勤時より三十分ほど早いこの時間、駅へ向かう人通りはむしろ多く、城田さんを見つけられないのではと心配になる。けれども大丈夫だったし、いちどみつけるとわかりやすかった。

 姿勢が悪いせいか案外目立った。

 駅につくと、お金をチャージした定期でかいさつをくぐり、新宿行きのホームに向かう。

 滑り込んできた電車にいつもより決然と乗り込んだ。

 電車が揺れると吊革につかまった腕に自分の頭が押し付けられる。慣れないヘアピンが痛い。『雰囲気を変える』というヒロタの勧めに従い、髪をまとめている。服装も比較的きちんとしたものにした。

いつもの出勤時はもう少しかじゅあるな格好だ。

 新宿につくといっせいに動き出す人の波の中で城田さんの後ろ姿に必死でついていく。そうでなければ見失っていたかもしれない。

 見失っていたら大変なことになる・・・僕が城田さんの勤め先の住所を知らないから。

ヒロタは会社名と西新宿の高層ビルということしか教えてくれず、僕がその後調べたところでは西新宿に同じ会社の分室が二か所あるのだった。

 西口の改札から交番の前を通り、高層ビル街に続く通路を進む。行き交う人たちは服装や足の速さのせいか、僕が出勤時に出会う人たちより有能そうに見える。

 通路を抜けて外に出ると、明るさに少し驚く。薄曇りだったのが気持ちよく晴れて、包装紙から出たばかりのような空を背景に高層ビルがそびえていた。

 城田さんは高層ビルのひとつに足早に近づき、僕はショルダーバックからカメラを取り出し、正面入り口をくぐる後ろ姿が横顔を見せた瞬間をカメラに収めた。

 そのあとは暇になる。オフィスまで後をつけて行く訳にはいかないからだ。今は九時少し前、広田によれば会社は九時二詩行で、城田さんはその後に十分かそこら会社にいてから外回りに出かけるはず。

 少し余裕がある間に、広田の指示通り「日付の分かるものを映し込む」べくビルの周りをうろうろした。銀行や証券会社の店頭に出ている電光掲示板が役に立つことが分かり、抜かりなくカメラに収め、ビル正面に戻って来た。

 さいわいこのビルは一回にコーヒーショップなどが軒を連ね、表のテラスにテーブルも出ている。通りがかりの人間が時間をつぶしていてもおかしくない中で、いろいろな事を考えた。

 ヒロタのこと・・・彼は本当に一年前の城田さんなのコカ。実を言えば漠然とした違和感があった。

いつかすれ違った城田さんの態度と、落ち着いた話しぶりとの間に。

 とはいえ城田さんの出勤時間や勤務状況をあれだけすらすら言うのを見れば、やっぱり本人なのだろう。声の聴こえてくる経路からしても、よそに住んでいる人というより、同じマンションの住人という方がありそうな話だった。

 ちなみに一階の二部屋、神室さんのA号室、嶋さんのB号室にはどちらもエアコンがついている。この前マンションの裏手を散歩しながら確認した。

 ベランダに室外機が置かれ、尻ホースが窓の上まで延び、壁に空いた穴に消えている。

室内から見れば天井近くに空いている穴は、ホースとその周囲を埋めるパテとでふさがれている。

 そんなことを考えているうちにに十分近くが経過していて、慌ててビルの正面に注目した。

 真剣に見つめて、肩さえ凝って来た所で、ようやく城田さんが早足に出てきた。

さっきは持っていなかった黒い大きなカバンを下げて。

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