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9月の恋と出会ったら  作者: 佐伯龍之介
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未来の城田さん①

 水曜の晩、九時より少し前、前の住人が置いて行った脚立のてっぺんに座り、宙に浮いているような、どこでもないどこかへ投げ出されたような気分でいた。そんな僕の耳に

「もしもし、そこにいますか?」

あの時と同じ声が、前よりはっきりと響いてきた。

「えぇ」

「よかった。で、どうでしたか?」相手は単刀直入に「私の言った通りだったでしょう?」

僕はすぐに答えられなかったけど、「否定しないのは「そうだ」という返事とみなします。とがっているわけではない。それはもう、最初からちゃんとわかっていたことですから」

間違いなく同一人物だったけれど、前回より自信満々に聞こえる。

「翌日以降一週間分の新聞の見出しを当てて見せたので、こうなった以上、私が未来から話しかけているということは信用してくれますね?」

「たぶん」

「それでは、この前話した通り、私のお願いを・・・・」

「あのぉ・・・」僕は必死に相手をさえぎる。

「何ですか?」

「「もし、あなたが未来の人間だとして・・・」

「『もし』ではなく、そこのところは納得していただいたんでしょう?」

「えぇ」

 ともかく、今はなしている相手が「未来のことを知っている」のはたしかだ。そして未来人と予知能力者なら未来人の方がまだ納得がいく。たまたま未来を生きている、自分と同じ普通の人間ということだから。

「だったら、その未来の人と話ができるのはどうしてなんですか?」

「理由や具体的なメカニズムは、正直なところ分かりません。ただ、先週の今日、ふと築いただけで。二〇〇六年のA号室のこの穴と、二〇〇五年のB号室。つまり、齋藤さんの目の前にあるその穴がつながっていることに」

城田さんの部屋にも脚立があって、何かの理由でそこにのぼったときに?

「僕の独り言が聞こえたってことですか?」

「まぁ、図らずも盗み聞きすることになったのはたしかですね」相手は認め、

「そういう訳で、一年前の齋藤さんと話ができるのだとわかって・・・・」

「そんなに簡単に納得したんですか?」

「だって、現に目ので起きていることは、納得するしかないでしょう」相手はそんな風にうそぶく。

「二〇〇六年のエアコンの穴と、二〇〇五年のそちらの穴がつながっている、一年の時だけではなく部屋をへだててつながっていることについて、私も素人なりに考えてみました。

 こういうことではないでしょうか。地球の公転周期は厳密に三百六十五日というわけではないから、翌年の同じ日には位置が多少ずれていることになりますよね。その位置上のずれと、このマンションの二部屋間の距離とがぴったり一致した。まさに天文学的な偶然によって」

 相手がそれなりに筋の通ったことを言っているのか、それとも無茶苦茶な話なのか、いきなり聞かされる僕には見当もつかない。

「今のが正解とは限りませんが、とにかく二つの穴が四次元的につながっている。このことは事実として、そのまま受け取るしかない」

「四次元?」

「その言葉は聞いたことがあるでしょう?ご承知の通り、三次元というのは縦、横、それに高さ。四次元というのはそこに『時間』を加えたものと言われています」

「はぁ」

「そんな事を言われても、ほかの三つの要素と『時間』とは全く別物ではないか。たぶんそう考えていらっしゃるでしょう」

 まさに僕の頭に合ったことをその声は指摘した。

「私達人間は空間を移動することができる。前後左右、またじょうげになら、自由に行ったり来たり、とびこえることもできる。いっぽう時間はただ一方方向に流れ、その中に身をゆだね・・・ることしかできないもの・・・・われわれ人間はそんな風に捉えてますよね。

 けれど本当は同じように行き来できるものなのかもしれない。ありえないと感じるのは、我々にその能力がないから。ミミズや尺取虫に『高さ』の概念が理解できないのと同じように、という考え方は昔から・・・あっちょっと失礼します」

 最初の時と同じように、相手がそこにいる気配が途切れる。一分かそこら経つと戻ってきて、

「すみませんでした。それで、どこまで話しましたっけ?」

「あのぉ・・・」

「はい?」

「いま、いったいどうしたんですか?この前も、ちょくちょく話の途中で・・・」

「たいへんもうしわけありません。とはいえ、しかたのないことともいえます。やはり少々不安定なんでしょうね。私の目の前の穴とそちらの穴とをつなぐ、空間の四次元的なつながりが」

 訳が分からなくなるばかりだ。いきなり四次元的なつながりなどを持ち出され、今度はそれが不安定と言われても。

「理屈はともかく」僕の混乱を察したように、「こちらが未来から話しかけているということにはご納得歌抱けたでしょうか?毎朝新聞をチェックしてくださった以上は」

「えぇ」

何はともあれこう頷くしかない。

「となれば先週約束した通り、私にはお願いする権利があるわけですよね?」

「一年後の城田さんが僕に・・・」

「その通りです。前にも言いましたが、二〇〇五年九月の齋藤さんにしか頼めないことです。それをこれから言います。いいですか?」

「どうぞ」

他に選びようのない言葉を、小さな空間に注ぎ込む。言葉はその中で渦巻くだけではなく、別の時間、別の場所のそっくりな空間の中に伝わる・・・そういう仕組みになっているらしい。

 そして同じ不可解な仕組みによって、相手の言葉が、時と場所をへだてた僕の耳に響いてきた。

「齋藤さんは写真を撮るのが趣味と聞いています。だとすればあちこち歩くのはそれほど苦になりませんよね?」

「え?えぇ、それはまぁ」

「よかった。そこを見込んで、尾行をお願いしたいのです」

「尾行?」

僕は背中をまっすぐに伸ばす。思いもよらない言葉だった。

「そう。ある女を尾行してもらいたい。齋藤さんと同じ二〇〇五年に属していて、その意味で私の手には負えない女を」

「いえ、でも、尾行なんて・・・」

「とにかく最後まできいてくれるとやくそくしたでしょう」

同年輩にしては、大人びた声がぼくをたしなめる。

「女を尾行してほしい。警察官でも私立探偵でもない女性に、そんな事を言っても大丈夫なのか。 

当然の疑問と思いますが、この場合は大丈夫。齋藤さんに危害を加えるような相手ではありません。

何を根拠にそんなことが分かるのかと言えば・・・」

「えぇ、なぜですか?」


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