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9月の恋と出会ったら  作者: 佐伯龍之介
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提案

考えたのですが、新聞を使うのはいかがでしょう。二〇〇五年の九月二日・・・齋藤さんからすれば明日以降、一週間分の乃朝刊一面にでているみだしを、これから私が読み上げます」

 明日以降の見出し?僕は眉をつりあげる。一週間分?

「齋藤さんはそれを、明日から家に届く新聞と比べてみてください。齋藤さんのところはたしか・・・・」

 未来の城田さんだという声は、僕がとっている新聞の名前を言い、僕がその通りだと確認すると、

「よかった、私のところと同じで。では読みますから、メモを取って、毎日必ずつきあわせてください。それが合っていれば・・明日の朝だけではなく、一週間ずっと合っていれば、私の言う事を信じてくれますよね?」

 こう言われて、僕はためらった。

 もし、本当に今言っている通りのことが起こったとしたら、たしかに相手は未来の人間ということになる(ようなきがする)。けれども、そんなことはあり得ない・・

「一週間後に、もう一度話しましょう」先方は僕の迷いなど知らない調子で続ける。

「きょうと同じ曜日・・・そちらでは水曜日の夜九時に。同じように、それぞれ自分の部屋のエアコンの穴の前で」

 すごく奇妙なデートの約束みたいなことを提案し、

「そのときにはもっと、突っ込んだ説明をするつもりです。それに加えて、私からのお願いも」

「お願い?」

「そうです。齋藤さん・・私からすれば一年前、二〇〇五年の齋藤さんに、ぜひお願いしたいことがあるんです。

 その前に、こちらが二〇〇六年であることを信じてもらわなくてはいけない。そして信じてくれたら・・私が証拠を見せ、齋藤さんがそれを認めてくれたら、その時はお願いを聞いていただけますか?言う通りにするかどうかはともかく、すくなくとも、はなしをきくくらいは?」

 相手の口調がふいにこれまでになかった熱みたいなものをおび、

「えぇ」

それに押されるように、僕は頷かないわけにはいかなかった。

けれども、一週間分の見出しを当てるなんていうことはできるはずがない。どう考えても。誰にも。

「ありがとう」

 無邪気なほどうれしそうな調子がにじんで聴こえた。

「では、すみませんが約束してください。私がこれから読む言葉を正確にメモし、明日から毎日、家に届く新聞とくらべること。その上で来週の水曜、夜九時、今と同じやり方で私と話をしてくれること。

 それから、これも重要な点ですが、そちらにいるA号室の城田、つまり一年前の私にこの話をしないこと。

 今の時点で彼女、というか私とは、話したことありませんよね?一度階段ですれ違ったくらい、おまけにかのじょはきちんとあいさつをしなかった」たしかにそうだ。

「そのままの状態を続けてください。そちらの私と齋藤さんは、当分の間口を利かないはずですからね。すくなくとも、くがつのまつくらいまでは」

「九月の末?」なにかいみがあるのだろうか?

「そのころに、ちょっとした・・いやなんでもないことですが、彼女の、いや私というか、性格からいって、きっかけがないと世間話すらまともにできないというのはおわかりですよね?」

たしかに、それはだいたいわかる。

 「ともかく、間違っても、私が今話しているようなことをかのじょにつげてはいけない。『未来のあなたがエアコンの穴から話しかけてきたんだけど』なんてことは。

 何しろ彼女というか私というか、二〇〇五年の城田はこうしたこといっさいをまだしらないんですから。そんな話をすれば、齋藤さんがおかしなひとだとおもわれるだけでしょう」

 当たり前だ。僕の方からそんな話なんてするわけがない。

「それではメモの用意をお願いします」

 僕は脚立から下り、髪とボールペンを取ってきた。相手の予言ははずれるにきまっていて、僕がうしなうものはなにもないから。

「いいですか。まず九月二日・・・」

相手はそれから数分間、いかにも新聞の見出しらしい言葉を日付とともに読み上げ続けた。間に一度「ちょっと失礼します」と言って席をはずしたものの、それ以外はまじめな態度で、事務的に。

 ばかばかしい。そう思う一方で、「どこにもつながっていないえあこんのあなからこえがきこえてくる」なんていう、あるはずのない出来事が現に起きているのを思い出す。

となればこの人だって、ただの「頭のおかしい人」ではすまないかも・・・・

 メモに並んだ言葉はさまざまだった。外国でのショッキングなテロ事件、日本のプロ野球の制度をめぐる問題、経済、地震のわだいなど。

 すべて書き留めると、求められるまま復唱さえした。仕事で連絡事項をメモするときのように。

「結構です。それでは、くれぐれも約束を守ってくださいね」相手はそう言い、

「とにかく、よかった。第一段階をとっぱできましたから」

「第一段階?」

「とにかく齋藤さんに私の話を聞いてもらうまでが第一段階、未来の人間であることを信じてもらうまでが第二段階。そのうえでお願いをし、聞き届けてもらう。これが第三段階、最難関であり最終目標です」

 第一と第二の間にすごいハードルがあるはず。今私がとったメモと今後一週間分の新聞の見出しが一致するという、超えられるはずのない壁がそびえている。けれど城田さんの言い方だと、そこは大した問題ではないみたいだ。

「本当に良かった。それじゃあ失礼します」

失礼します、というせりふも、相手が身を引いたようなけはいも、それまでに何度もあったのと同じだった。

 けれどもこの時、相手はいつまでたっても戻ってこず、声はそれっきり聞こえなくなった。




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