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9月の恋と出会ったら  作者: 佐伯龍之介
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新たなる一歩

きっかけは、何げない友人の一言だった。

 久しぶりに、地元へ帰省していた友人から一緒に食事でもどうかと誘われ、仕事終わりに、指定されたファミレスへ向かった。

 友人の口からその言葉を聞いたのは食事をしながら、互いの近況や仕事の話をしている時だった。

『引っ越せば?』僕と向かい合うように座る「彼」はこう言った。

ここで、彼の紹介をしようと思う。

 彼こと鈴木僚介は、大学卒業後、地元を離れ、静岡のとある街の塾で講師をしている。

 僕こと齋藤亮雅は、福祉系大学を卒業後、地元で就職し、介護の仕事についていた。

 勤め先は東京の片田舎、大きな商業施設があるわけでもなく、市街地から少し離れ、周りを見渡せば茶畑と畑しかないようなところだ。別に誇張しているわけではない。ただ、しいて言うなら、大きくもなく小さくもない空港があることが自慢ではある。そんな街の一角。できて三年目、二階建てのグループホームで認知症の利用者を相手に日々奮闘している。

 住まいは、そこから自転車でも通えなくはないが、車に乗って三十分ほど走ったところにあるアパート。仕事は、週休二日のシフト制で、休日はその都度変わる。

 不定休のため、平日にも休みがある。

そんな時は、評判の映画を見るのに好都合なのだが、普通の会社に勤めている友人とは休みがどうしてもずれてしまう。

 休みが被った友人と遊ぶというのでもない限り、一人で過ごすことが多くなる。僕の場合、最近始めたカメラが相棒だった。

 学生時代、デジカメで少し写真と撮ったりしていたが、働き始めてからは、カメラを使う機会が少なくなっていた。そんな時、カルチャーセンターで行われていた「写真教室」に通い始め、カメラが相棒になった。写真を撮ることは嫌いではなかったし、その時その時で違った写真が撮れるので、面白いとも思っていた。けれども、1年通ったところで教室そのものが無くなってしまったのだ。受講者の減少とセンターの規模が縮小されたことによって写真教室の講座の閉講が決まったからだ。

 それでも、僕のもとに、カメラは残った。

同じ写真教室に通っていた先輩の受講者から『こういうのが本物のカメラ』と言って勧められて買った、一眼レフ。もちろん中古である。

 休日、特に予定もなく一緒に遊ぶ友人もいないとき、カメラを片手に出かけてみるのも悪くない。そして、撮りたいと思った写真を片っ端からカメラにおさめる。

 最近は、デジタルが主流だがフィルムを入れて撮るタイプのカメラだ。

モノクロ写真にこだわるのは、二つ理由があった。写真が下手でもそれなりに様になりやすいことと、

もう一つは、自分で現像できるから。カルチャーセンターでは暗室でやっていたが、プリントしなくてもフィルム現像だけなら、ダーバックという袋の中でやってしまえばオッケー。

 一瞬ごとで変わるはかないものー不思議な形の雲、たまたま横切った鳥や地面に落ちた影。吹き抜ける風を受けてひるがえるスカートの裾。それとは違って建物や道路標識のような、そこにあって動かないもの。そういうものが、時折音楽を奏でるようにワクワクする組み合わせを形作ることがある。三十六枚撮りのフィルム何本分もシャッターを押し、一枚、二枚あればうんがいいとおもえるくらいだ。

ネガチェックをしてよさそうなものをえらんで、DPEショップでプリントしてもらい、アルバムに整理していく。それが僕の趣味だった。

 けれども、7月上旬の夕方僕が、現像液を排水口に流したその時、外の廊下を通りかかった隣人が「刺激臭の強い薬品のにおい」を感じた。僕の住んでいたアパートでは、換気扇の排気がドアの上から廊下に流れる作りになっていたのだ。いったい何をやっているのか。電話してきた管理人に「写真の現像」と僕が管理人に伝えるとそれを管理人が隣人に伝える形になったのだが、

「自分で現像するなんて、店に頼めないようないかがわしい写真でもとっているのではないか」

 一度しか会ったことのない隣人はそんな事を言ったというのだ。

 気がとがめるのと(僕の配慮も足りなかったこと)それと併せて、腹が立つ(いくら何でもそんな事を言われる筋合いわない)という気持ちが混ざり合ったそんな心境。

 仕事が終わってもすぐに帰る気になれなかった。そんな晩のこと、「今、地元に帰ってきてるから、ご飯食べ行かない?」と誘われたのだ。

『引っ越せば?』何げないその一言に内心大きく頷いた。

 その通りだ。そうすえばいいんだ。

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