先生!私はバカ王子と結婚したくありません!
初めての作品なので至らない所もあると思いますが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです!
私が前世の記憶を思い出したのはまだ5歳の時だった。ロザリア・フローレンス、それが今世の私の名前で、派手な赤髪に深い緑の瞳、全体的にギラギラしているような美女だ。ちなみに前世で流行った乙女ゲームの悪役令嬢でもある。
ほんっとうにびっくりしたよね!まさか自分が悪役令嬢に生まれ変わるなんて思ってもみなかったし!ちなみに私の推しはロザリアの兄のユリウス・フローレンスです!めっちゃカッコイイんだよ!ロザリアと同じ髪と瞳の色をしているのに涼し気な所とか優しいのにちょっと腹黒の所とか!とにかくあの微笑みを見ればわかる!絶対惚れるから!
……まぁそんなこんなで脱悪役令嬢をする為に私は既に底辺を這っていた信頼を取り戻すべく、日々精進させられたのだけども。ていうか5歳で既に悪役極めてるってヤバくない??
「……あれから12年か。早いわね」
私がロザリアになって12年。日々の努力が実を結び、完璧な淑女(外面のみ)に成長した。最初は私から距離を取り、嫌悪感全開だった家族や使用人達との関係も今では良好だ。ふふっ全ては私の努力の賜物さ!今日なんてお兄様に綺麗な銀細工の髪留めを貰ったのだ!
ニヤニヤしそうになる顔を引き締め背筋を伸ばす。本当にお兄様尊い。
「フローレンス様おはようございます」
「おはよう」
「フローレンス様、今度魔法を教えて頂きたいのですが……」
「明日の放課後なら大丈夫よ。一緒に練習しましょう?」
見ろ!あの極悪人ロザリア・フローレンスとは思えない扱いだろう!ふははははっ!内心で高笑いしながら表面は優しげな微笑みを浮かべて学園の廊下を歩く。もちろん微笑みモデルはお兄様だ。
ふと、窓の方に視線を向ければ見覚えのありすぎる顔が2つ中庭に仲良く並んでいる事に気付く。1つは金髪に濃い赤色の瞳を持つ私の婚約者である第1王子。もう1つはピンク色のふわふわとした髪をツインテールにし、水色の瞳をキラキラと輝かせているこの世界のヒロインだ。
「見て、またあの娘セシル殿下に」
「平民の癖に殿下に近づくなんて」
近くにいた令嬢達が嫌悪に顔を歪ませ、令息達はまたかと呆れた顔をし、さっさと歩いていく。さすがにもう何度も繰り返されている逢瀬に最初は面白そうに見ていた令息達も飽きたらしい。そういう私ももう飽きた。
「フローレンス様!いいのですか!?あのような庶民が殿下のお隣にいるなんて……!」
いいのかと聞かれてもそもそも私は興味がない。そういう意味で困ったように眉を下げて微笑んで見せれば、悲痛な顔をされた。やべ、勘違いされた、と慌てて誤解を解こうとして、結局なんて言えばいいのか分からず言葉に詰まる。それがまた誤解を産み、周りにいた令嬢達が泣きそうな顔をしながら去っていった。
ところ変わって王城の医務室。
「……って事があったんですよ。」
「……それを俺に言われてもな」
「職務怠慢!人の心と体を守るのが医者の務めでしょうが!」
「めんどくさい」
このやる気の欠片もない男の名前はハイド・イグニス。着崩したシャツに肩口で結ばれた純白の髪、切れ長で緋色の目をした同じ人とは思えない程の美貌を持ち、なおかつ平民でありながらもその類まれなる頭脳を持って男爵位を賜った鬼才。今では24歳という若さで王宮専属医師として活躍している。
そんなハイスペックイケメンの先生と私が出会ったのは今から5年前。望んでもいないのに(ここ大事!)第1王子の婚約者にされ、王妃教育を受ける為に城に強制的に(ここも大事!)呼び出された私は、たまたま仕事をサボって木の上で寝ていた先生に声をかけたのだ。今思えば、なんで私は見るからに怪しい人に声をかけようとしたのか。あれは永遠の謎だ。その日から私は王妃教育の休憩や公務の休憩の時に先生の元へ入り浸る様になり今に至る。……おっと、話が逸れた。そんな事より今はあれだ。
「先生!私婚約破棄したい!!」
「……いきなりどうした」
「いきなりじゃない!本っ当に参ってるの!だってあんなバカ王子と結婚なんてしたらお先真っ暗よ!?正直もっとマシだと思ってたのに!!」
そう、あのバカ王子は勉強こそ出来るものの、それ以外の事はこっちがドン引きする程バカなのである!
「聞く!?ていうか聞いて!!あの王子税金使ってどんどんヒロインに貢いでるのよ!?財務担当者が何度止めようとしても聞かないの!皆が一生懸命働いて稼いで払ってくれた税金を湯水の様に使うとか何様のつもり!!??」
「俺様王子だろ」
興味無さそうに紅茶を注いだ先生は優雅に椅子に座って脚を組む。ただ医務室で紅茶を飲んでいるだけなのに1枚の絵画のように見えるのがまた腹が立つ。
「しかも公務をほっぽり出して女と遊んでるとかムカつかない!?」
バァンッと力任せに机を叩けば、当たり前だけど掌が痛い。
「……わかったから落ち着け。ほら紅茶。ちゃんとミルクも入れたからな」
「……ありがとう」
ゲームの王子はもっと紳士だった筈なのに、どうしてこんな事になったのか。
盛大にため息を吐きそうになる前に温かい紅茶を飲む。ミルクの優しい甘みがささくれだった心を溶かしてくれて、ホッと息を吐いた。
紅茶を飲んで少し落ち着いた後、ちらりと先生を見やる。
「……ねぇ先生、私って魅力ない?」
「さぁな」
素っ気ない返事にため息をついて窓に視線を移す。少し前に殿下がヒロインに言っていたのだ。私には欠片も魅力を感じないと。炎の様な真っ赤な髪はくるくると自然に巻かれ、緑の目はつり上がっている。美人ではあるし、表情もお兄様の真似をして柔らかくしてはいるものの、どう見ても悪役顔。
……まぁね?前世の自分よりはるかに顔は整ってるし、スタイルも抜群なのよ。でもやっぱり可愛い女の子に憧れるのは当然じゃない?
「……先生ー、私可愛くなりたい。どうすればいいと思う?」
「……お前の可愛いの定義を知らないからなんとも言えないな」
「んー、ハイアット嬢とか?」
ヒロインに相応しいふわふわとした可愛らしさは悪役令嬢顔の私からすれば凄く羨ましい。
「あいつか?無いな。アレは無い」
「なんで?身長も小さくて可愛いし、庇護欲掻き立てる様な感じとか良くない?」
実際、攻略キャラ達はお兄様を除いて皆ヒロインにメロメロなわけだし。……若干作ってる感は否めないけれど。
「小さければ良いわけじゃないし、そもそも計算づくの仕草とか気持ち悪いだけだろ。悪知恵ばかり働く空っぽ人間のどこがいいのかさっぱり分からない」
そう吐き捨てた先生に少しホッとして、それを誤魔化すように笑う。
「じゃあ先生はどんな子が好みなの?」
私の質問に眉を顰め、先生は長くて綺麗な指で私の頬を無遠慮に引っ張った。
「いひゃい」
「俺は意地っ張りで優しくて、ちょっと不器用な女が好きだな。……あとお前、自分が思ってるより遥かにいい女だぞ。俺が言ってるんだから自信を持て」
珍しく笑ってそんな歯の浮くようなセリフを吐く先生に一気に身体の熱が上がる。この男は自分がどれだけイケメンか自覚しているのだろうか……!!しかもさっきはさぁな、しか言わなかった癖に不意打ちはずるい!
バクバクと大きく脈打つ心臓を全力で押さえ込んで平静を装う。
「そういうのは好きな人に言ったら?先生なら1発で落とせるでしょうに」
「……そんな簡単に落とせたら苦労しない」
「ん?」
「……なんでもない。」
苦虫を噛み潰したような顔をして紅茶を飲み干した先生は、ノロノロと緩慢な動きでベッドまで歩き、そのまま倒れ込んだ。
「……先生仕事は」
「……傷心の為休憩だ」
「王宮専属医師がいいのかそれで」
「今患者いないし問題ない」
いやいや大ありだわ。しかもなんだよ傷心の為休憩って。それなら私は年中休憩し放題じゃないか。
結局あの後寝てしまった先生に布団を掛けてあげて医務室を出た。私優しい、と自画自賛しながらいつの間にか辿り着いていた庭園を宛もなく歩く。熱を持った顔に涼しい風が心地良かった。やっと落ち着いてきたから、そろそろ帰ろうと足を向ければ。
「……げ」
淑女としてあるまじき声が出た口を塞いでゆっくりと後ずさり、2人から見えない場所からそっと伺う。
「愛しているよセーラ」
「私もお慕いしておりますセシル様」
庭園で何やってんだっっ!ここは王城の庭園だぞ!?平民どころか貴族ですら気軽に入る事が出来ない場所なんだけど!?
そんな場所で、しかも婚約者のいる身で堂々と浮気をするとか常識が無さすぎる。どうするべきかと視線をさ迷わせれば、何故かバッチリとハイアット嬢と目が合った。咄嗟に微笑みを浮かべた私を誰か褒めて欲しい。そう言えば、これってイベントじゃない?王城を仲良く散歩していた王子とヒロインを見て、ロザリアが喧嘩吹っかけに行ったやつ。
「ロザリア様!」
「ご機嫌ようハイアット様」
駆け寄ってくるハイアット嬢は挨拶も無しにキラキラと大きな目を輝かせながら言い放った。
「私ロザリア様にお願いがあるのです!」
いやいや、そりゃあダメでしょ。立場が上の者が話しかけるまでは下の立場の者は話してはならない。それが貴族社会のルールだ。学校では特例としてそのルールは免除されているけれど、ここは王城。ルール適応範囲内だし、まず人として挨拶されたら返すでしょう!?あまりに非常識な態度にどう返答すべきか迷っていたら手を掴まれた。
「ハイアット様、手をお離しくださいませ。これ以上は不敬に「そんな事より話を聞いて下さい!」」
そんな事じゃないわぁ!!これ普通に不敬罪で良くて投獄、最悪処刑だからな!!バカ王子と周りのヤツらはどんだけこの娘を甘やかしてるんだ!?私じゃなかったら即首飛んでるぞ!!
脳内でバカ王子を罵りながら何とか微笑みを保つ。そもそもヒロインってこんなに常識無い感じだったっけ?首を傾げそうになるのを耐え、イライラするのを飲み込んでから意識して穏やかな声を出し、ハイアット嬢に言葉をかける。
「ハイアット様、申し訳ありませんが私急ぎの用があるのです。お話はまたの機会に」
「少しくらいいいじゃないですか!」
「そうだぞロザリア。どうせ大した用事なんてないだろう」
不遜な態度でハイアット嬢の後ろから現れたバカ王子に内心舌打ちをこぼす。せっかくの貴重な休みの日をバカ王子達に潰されるのは惜しい。……あれ、これ私口に出したらそれこそ不敬じゃない?
「こんなに可憐なセーラが頼んでいるのにお前はそれを聞けないのか?」
「もうっ!セシル様ってば!」
こんな可憐なって言う必要ある?ていうか可憐だから頼みを聞けって横暴すぎやしないかい?あとハイアット嬢、そこ照れる所じゃないからね!彼らに引きずられたのか頭が冷静さを失っていく様な気がする。これはまずい。
「では手短にお願い致します。」
「なっ!セーラに向かって何を言う!」
「待ってセシル様、とにかくお願いを聞いてもらいましょう!」
……平常心、平常心。私は心優しい可憐で可憐な乙女。あ、ダメだこりゃ。可憐が頭から離れない……!1人で脳内ツッコミを繰り広げている間に話がまとまったらしい。大きなお目目を潤ませて胸の前で手を組むハイアット嬢。……嫌な予感しかしない。
「ロザリア様!セシル様を解放してあげてください!」
「……は?」
思わず間抜けな声を出してしまったが、これはしょうがないと思う。呆然とする私を気にもとめず、ベラベラと話し続けるハイアット嬢。まとめると、私という婚約者がいるせいでセシル様が幸せになれないのだと。だから婚約を解消してセシル様を自由にしてあげて欲しい、という事らしい。
ハイアット嬢は政略結婚の意味を分かっていないのか?好きとか、好きじゃないとか、そんな個人の心は関係ない。貴族社会なんてそんなものだ。私がセシル殿下の婚約者となったのだって、公爵家の娘で優秀だったから、ただそれだけ。
その優秀と言われる為の努力だって、死にたくないから〜とかそんな理由だ。この世界はロザリアに優しくない。いつ見限られるか分からない、そんな恐怖と戦いながら、がむしゃらに努力する日々。大好きな人達に嫌われたくないから厳しい王妃教育や本来しなくてもいい公務も弱音も吐かずに笑ってやってのけた。皆の望む完璧なロザリアを演じてみせた。
思考の渦に沈んでいた意識がハイアット嬢に強く腕を引かれて強制的に戻される。
「ロザリア様!このままではセシル様が可哀想です!」
「……可哀想?」
「はい!だって好きじゃない人と結婚しなきゃいけないなんて辛すぎます!」
私が反応を返した途端、嬉々として力説してくるハイアット嬢に唇を噛み締める。それを婚約相手に言うのか。喉の奥が熱い。目の奥がじんじんと痛む。短く息を吸って、なにか言おうとするけど、言葉にはなってくれない。
ヒロインの目に浮かぶのは嘲りだ。王子様に相手にされ無かったロザリアを見下して嗤っている。
「好きな人と結婚出来たらそれ以上の幸せなんてないと思いませんか?」
畳み掛けるように言われた言葉に激情を逃がすように小さく息を吐く。
「……それが出来たら、きっと幸せね」
「でしょう!?だからロザリア様、「言ったでしょう。出来たらと」え?」
少し苛立ちを浮かべたヒロインに無様に怒鳴ってしまいそうな自分に気付いて内心苦笑する。前世と合わせたらもうだいぶ歳を取っているはずなのに、どうやら精神年齢は今のロザリアに引きずられているらしい。若いって大変だこと。ふざけた事を考えれるようになった頭に安堵して、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ハイアット様、貴族は産まれた時から家を背負って生きているの。恋愛結婚が出来たのなら確かに幸せだわ。けれどそんな自分の一時の感情だけでは動けないし、動いてはいけないのよ」
「……で、でも!」
「こんな言い方はしたくはないのだけれど。貴族と一般市民では立場が違うわ。もちろん責任も価値観もね。平民が王子様と結ばれる、そんなものは物語の中だけよ。夢は夢のままで終わらせなさい。……最後に傷付くのは貴方自身なのだから」
ハイアット嬢に言い聞かせるように、自分自身に刻み込むように発した言葉は想像以上に自分の心を抉った。
呆然とするハイアット嬢と憎々しげに私を睨みつける殿下に礼をして歩き出す。気を緩めたら泣いてしまいそうで、必死に表情を取り繕いながら庭園を出た。
「ロザリア」
庭園を出た所で声をかけられ、一瞬強ばった表情を出来るだけ自然に微笑みに変えて声の主に向き合う。
「……お兄様、今日はお父様と視察に行く日ではなかったのですか?」
「急遽延期になったんだ。どうやらボヤ騒ぎがあったみたいでね」
「それは大変ですね」
困ったように笑うお兄様に神妙に頷いてみせる。……私はちゃんといつも通り振る舞えているだろうか。ドキドキと早鐘を打つ心臓とじわりと滲む汗。適当に話を切り上げても良いけれど、話が話だ。それも出来ない。
「今騎士団が調査を行っているし、直ぐに片付くさ」
「えぇ。騎士団は優秀な方達が集められていますものね」
「……そうだね。1部を除いて、だけど」
あ、話題ミスったな。絶対零度の視線を騎士団の宿舎に向けたお兄様にさっきとは違う汗が滲んだ。何あれ怖すぎるんだけど……!?確かに騎士団長ご子息様とその取り巻き達はどこぞの乙女に熱を上げて使い物にはならないけども!もちろんその乙女はヒロインの事ね!
「……あんな売女のどこがいいんだか」
お兄様や!聞こえてますよ!!しかもそれ言っちゃあかんやつ!!
「ロザリア」
「はっはい!」
びしぃっと敬礼する勢いで背筋を伸ばし、真っ直ぐにお兄様を見る。絶対零度の視線は優しげなものに変わっていて、ほっと胸を撫で下ろした。魔法も何も使ってないのに心臓が凍りそうだったよ私。内心で魔王ユリウスに平伏していれば、何故か泣きそうな顔をしたお兄様に首を傾げる。
「お兄様?」
不審に思って声を掛けると、私と同じ色の瞳が真っ直ぐ私に向けられた。なんだなんだ。
「……ロザリア、僕達は何があってもロザリアの味方だよ」
「……え」
「……ロザリアをそこまで追い詰めてしまったのは紛れもなく僕達だ。だから直ぐに信じて欲しいとは言えないけど、僕達は心の底からロザリアの幸せを願ってる」
柔らかく細められた目と優しく頭を撫でてくれる温かい手。ポロリと堪えきれなかった涙が頬を伝った。お兄様はそっと私を抱き寄せて背中を撫でる。その優しさに、温かさに、余計に涙が止まらない。ぐずぐずとみっともなくお兄様にあやされながら泣く事少し。後ろから急に肩を掴まれたと思った瞬間、強引にお兄様から引き剥がされた。
「わっ」
いきなりの事でバランスを崩した私は引っ張った人の腕の中に収まった。緊張と恐怖で一瞬身体が硬直するも、それが見慣れた、それも密かに想っていた相手だった事で別の意味で緊張が走る。バクバクとうるさいくらいに脈打つ心臓と熱を持つ身体。
「先、生?」
泣いていたせいで掠れた声と赤くなった目元に先生は盛大に眉を顰めて、見たこともない険しい顔でお兄様を睨みつける。お兄様も絶対零度、とまではいかないけれど冷え切った目で先生を見ていた。
「彼女に触らないでくれません?」
「何故?僕達は兄妹だ。家族の団欒を邪魔をしないでくれないか?」
「家族の団欒?笑わせないで下さいよ。泣いているじゃないですか」
刺々しい言葉での殴り合いにヒヤヒヤする。あと後ろから抱き締められてて心臓の音がバレないかもヒヤヒヤする。空気読めって?無理無理。怖すぎてそんな余裕ないから。
「……嫌がって泣いていたわけではない。妹から手を離してもらおうか、イグニス男爵」
あ、そうだ先生は男爵だ。どんなに先生が王家に認められていても貴族社会での立場は低い。対してお兄様は次期公爵。ここで先生がお兄様に逆らうのは不味い。余裕ないとか言ってる場合じゃない。
「先生、私が泣いていたのはお兄様のせいではないのです。だから」
一旦引いてくれ。目で必死に訴えれば何故か腕の力が強まる。本当に勘弁して!!私色んな意味で死にそうなんだけど!!
「くくっ」
内心でプチパニックを起こしている私を見て、何故だかお兄様が笑い出す。さっきまでの殺伐とした空気は飛散し、お兄様の楽しそうな笑い声だけが響く。
「お兄様……?」
気でも触れたかと恐る恐る声をかければ、お兄様は肩を震わせながらヒラヒラと手を振った。
「ふふっ、ごめんごめん。大丈夫だよロザリア。別にイグニス殿に何かしたりはしないから。……あまりにもイグニス殿がヘタレで見ていられなくてね。つい喧嘩を売ってしまった」
お兄様の言葉に先生が決まりが悪そうに視線を逸らす。……どういうこと?
「イグニス殿、アレらは僕が何とかするから、後は自分でどうにかしてくださいね」
それはそれは素晴らしい笑みで去っていったお兄様に私は首を傾げるばかりだ。……本当に意味わからん。あと潰すとか聞こえたけど気の所為、かな?
あの後、先生とお茶をして何事もなく別れた。それから1ヶ月経っても特に何もない。あれはなんだったのだろうと考えてはみるものの、分からないものは分からないと持ち前の変なポジティブを発揮して頭の隅に追いやった。
「それよりも問題はエスコートの相手よね」
1週間後に迫る卒業パーティー。本来なら婚約者である殿下にエスコートをしてもらうけれど、手紙の返事も来ていないからどうしようもない。お兄様はお兄様で婚約者のエスコートがあるから頼めないし、お父様はお母様のエスコート。詰んでる。そもそも公爵令嬢がエスコートなしで会場に入るとか体裁がヤバそうだし、かと言って婚約者のいる身で家族以外の男の人にエスコートを頼むのも問題がある。もう色々終わってない?1人で頭を抱えてもいい案なんて出てこない。もういっそばっくれてやろうかと現実逃避しかけた時、部屋のドアがノックされた。
「ロザリア。僕だけど開けて大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
優雅に扉を開けたお兄様はとても機嫌が良さそうで逆に怖い。
「殿下から返事は来た?」
「……いえ、まだ来ていません」
「なら良かった」
容赦なく傷口を抉ってきたお兄様。この人ちょっと性格悪くない?実の妹がぼっちなのにすっごい嬉しそうに笑うとかドS過ぎやしないかい?将来の公爵当主がそれでいいの?あ、それくらいじゃないとやっていけないの??そういうものなの??
ぐるぐると余計な事を考えていればお兄様に肩を軽く叩かれる。
「時間がないから簡潔に言うけどロザリアのエスコート役が決まったよ」
「エスコート役、ですか?殿下以外の方にエスコートしていただいても大丈夫なのでしょうか」
「大丈夫大丈夫。もう根回しは済んでいるから、ロザリアは何も心配しなくてもいいからね。あぁ、そうだ。ロザリアの為に新しいドレスを作ったんだ。後で持ってこさせるから見てね」
らしくもなく早口で捲し立てたお兄様は颯爽と部屋を出て行く。
「え?結局相手が誰か教えて貰ってないんだけど……?」
そしてパーティー当日。青系のグラデーションが綺麗なマーメイドラインのドレスを着て、髪を結ってもらい、うっすら化粧を施された私は今現在1人で馬車に乗っている。エスコート役の人は応接室に待機しているらしい。ちなみに私はまだ相手が誰なのか知らない。お兄様に何度聞いても当日になってからのお楽しみ、としか言わないから早々に諦めた。
「フローレンス様、こちらにございます」
侍女に案内されたどり着いた応接室の前には、お兄様とその婚約者の令嬢が仲睦まじく立っていた。私に気付いたお兄様は嬉しそうに顔を綻ばせて手を振った。隣の婚約者の令嬢も目をキラキラさせて私を見ている。可愛い。
「ロザリア綺麗だよ」
「……本当に!本当にお美しいですわロザリア様!」
「……ありがとうございますお兄様、お義姉様」
「お義姉様……!聞いた?聞きましたユリウス様!私幸せ過ぎて泣いてしまいそう!」
「化粧崩れるから泣かないでね。それにメリアの泣き顔なんて僕以外に見せたくないな」
「ユリウス様……」
……砂糖吐きそう。甘々な空気を醸し出し始めた2人から目を逸らし、応接室のドアをノックしようと手を伸ばす。その手をお兄様に阻まれて、代わりにお兄様は無遠慮にドアを開けた。
「おっお兄様?さすがに無作法が過ぎま、先生?」
部屋の奥、1人佇む先生に思わず目を見開く。先生も先生で私を見て固まっていた。
「イグニス殿?」
「あ、あぁすまないユリウス殿。リア、今日は一段と綺麗だな」
「えっ、ありがとう、ございます……。先生も、その、素敵、です」
「ありがとう。……お前をエスコート出来るなんて夢みたいだ」
そっと取られた手に落とされた唇。いつもの気だるげな雰囲気はなりを潜めて、優しげに笑う姿はどこかの国の王子様みたいで心臓が悲鳴をあげる。私ドキドキしすぎて死ぬかもしれない。
「さて、役者も揃ったようだしそろそろ行こうか」
お兄様が促されるがまま、私達は会場に向かった。
その後の事を簡潔に話そう。
会場入りした私達を待っていたのは、ヒロインと彼女に骨抜きにされたお兄様を除いた攻略キャラ達。私は彼らに断罪され、国外追放を言い渡された。ここまではゲームの通りだったんだけど、お兄様や先生、その他多くの貴族達の力により、逆に断罪されたヒロインサイドはみんな揃って投獄され、その後何事もなかったかのように卒業パーティーは開催された。
まぁ、私全く悪役してなかったし、ヒロインサイドが悪どい事をしていたのをお兄様が暴いたからそこまでは分かるんだけどね?
「リア、どうした?」
跪いて私を見つめるこの男。ハイド・イグニス、ではなくハイド・ザネル。なんとこの男、身分を隠して過ごしていた王弟だったのだ!
何言ってるか分からないって?大丈夫!私も全然分からないから!!それよりもまず!この状況の説明を!!
「……待って待って、なんでこうなった?」
「なんでって、お前が言ったからだろ?婚約破棄がしたいって」
「それだけ!?」
「……後は俺がお前をあんな殿下に渡したくなかったってのもある」
照れたように笑う先生に一瞬で体温が上がる。さすがにここまで言われて気が付かない程天然では無い。恥ずかしくて、嬉しくて、幸せで、あぁ私この日の為に今まで頑張ってきたんだなと、そう思える。
「……リア、これから先何があっても、お前を愛し続けると誓う。だから俺と、結婚してくれ」
「はい……!」
下手したら醜聞になりかねなかった今回の先生との婚約。しかしお兄様が裏で暗躍したのかなんなのか。好意的に受け止められ、私達は多くの人達に祝福されながら、結婚式を迎えた。
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