20 死を与える者
あたし達は、前に佇むその人を揃ってポカンと見つめてしまった。
妖しく美しいナザゼル王妃が暗殺者。
この、どうあがいても迫力たっぷりのムッチリ美女が暗殺者!
「……おねーさま、その胸は暗殺者としてダメだと思うのです!」
「……ちみっちょ……まずツッコむところはそこなのか……?」
ビシッと真面目に指摘したというのに、何故かアルからはビミョーな眼差しを向けられた。
あたしは頬を膨らませてビシビシと問題のブツを指さす。
「だって、あんなにおっきくて人目を惹くよーなもの、アンサツシャという職には相応しくないのです!」
「……いや……つーか、それ以前に暗殺者ってトコにはツッコみねェのかよ……」
複雑そうな呆れ顔で見つめられ、あたしはナザゼル王妃とアルを見比べてから大まじめに言った。
「人殺しはよくないのです!」
「今更!?」
……なぜ更に呆れた顔をされるのだ?
「……まぁ、末姫の言葉も、もっともなのじゃがな……」
首を傾げるあたしを見つめて、ナザゼル王妃がほろりと苦笑する。
あたしは力一杯頷いた。
「やはりその胸はイカンのです!」
「……いや、人を殺める行為の方じゃ」
……何故、ナザゼル王妃も呆れ顔なのだろーか?
「じゃがな、姫よ。そういう風に言うことができるのは、幸せな生き方をしてきた者だけなのじゃ」
深い声でそう言われて、あたしは口をきゅっと結んだ。
ナザゼル王妃は真っ直ぐにあたしを見つめて言う。
「……何をどう言うたところで言い訳にしかならぬ。それは妾も存じておる。……したが、妾達とて、好き好んでで人を殺して来たわけでは無い。同じ最強と呼ばれるのであれば、アディのように、武術を称えられての栄誉であってほしかったぞ」
その、静かで、そして悲しい微笑みに、あたしは眉をしょんぼりと下げた。
アディ姫が少しだけ気落ちした顔で俯いている。
「……のぅ、姫。昔話をしようか。こことは違う、小さな国の話じゃ」
微笑みを残して背を向け、ナザゼル王妃はソファ前からゆっくりと窓に歩く。
──足音一つたてずに。
「……昔、イステルマの近くに小さな国があった。……もはや地図上に名前の無い、本当に小さな国じゃった」
音もなく進むナザゼル王妃をあたし達は静かに見守る。
「そこには鉄鋼の鉱脈があっての。国民も王族も製鉄術、採掘術に通じる者ばかりじゃった。剣を扱う者、剣を知るべし、というのが我が国の教えでな。鉄に関わる全ての者は、皆、幼き頃から剣術を習うという国でもあった」
大きな窓の傍らにまで歩んで、王妃は窓枠に手をかける。
「鉄と言うのはの、今でこそ金銀よりも価値が下がっておるが、西方では非常に珍しい鉱石じゃった。我が国も鉄を売って生計をたてておったぐらいじゃ。……のぅ、末姫よ。知っておるか? 人はな、己の欲のためならば、平気で他の者を蹂躙するのだということを」
あたしは頷く。
それを気配で察したのか、ナザゼル王妃は苦笑らしきものを零した。
「あっという間のことじゃった。隣国が我が国をたいらげたのは。……わずか一夜で我が国は滅んだよ。逃れたのは、当時アリステラ殿と交流のあった妾と、妾の乳姉妹であったナフタルだけじゃ」
「…………」
「……悲しむべきなのは、我が民の矜持の高さであろうか。技術職人達にはとくにその傾向が強くての……徹底的に抗い、結果、多くの者が命を落としたのじゃ。侵略者に屈せず、鉄に関わる一切を秘したまま彼等は命を散らしていった」
……前に聞いたことがある。
ナザゼル王妃も、かつてのあたしがそうであったように、声を失ったことがあるのだと。
── 一族の全てを殺された時に。
「……王族はのぅ、いざという時に皆を守る盾となり剣とならねばならぬ。じゃがの、連中は真っ先に我らを捕縛しようとしてきた。民に言うことをきかせるためには、民が敬愛する我らの身柄が必要じゃったということじゃ。……父も母も兄も、叔父も叔母も皆が戦った。おめおめと身柄を拘束されるような者はおらなんだ。妾と弟は、乳兄弟や姉妹達とともに逃げた。情けなきことなれど、隣国に助けを求めねば皆が助からぬことは分かっておったからの。……結果的には、無駄であったが」
「……無駄……て?」
重く悲しい気配を纏った王妃に、あたしはそっと声をかけた。
王妃は振り向かない。ただ、みしり、と──彼女の掴んでいた窓枠が軋んだ。
まるで、彼女の心の音のように。
「……常に我らと取引をし、いざというときには助けると言うた隣国どもが、我らに牙を剥いておったのじゃ。イステルマも含めてのぅ」
「!」
ギョッとしたあたしとアルに、ケニードが少しだけ暗い目になって俯く。
「連邦の全ての国が参加しておったわけではない。じゃが、我が国のような小さな国にとっては、一国同士の戦いであれ厳しい状況となる。それが、複数じゃ。……もちこたえられるはずもなかった」
「…………」
「逃げることも難しかったのぅ……がむしゃらに剣を振るって……あぁ、初めて人を殺めたのは、あの時が初めてじゃった」
「……ねーさま」
アディ姫が小さく声をかける。どこか気遣わしげなその声に、王妃は肩越しに振り返り、ホロリと悲しく微笑んだ。
「殺さねば殺される。極限の状態にあって、妾達に罪の意識などなかった。……じゃがのぅ、あまりにも多勢に無勢。傷を負いながらも逃げ延びれたのは、妾とナフタルのみ。……他は皆、連中の刃に倒れるか、捕縛されまいとして自ら命を絶った」
「……そんな……」
「……それが戦というものじゃ。まして、『侵略』……情けも、人の世の理も、あの場にありはせぬ」
人の心の存在しない世界。
ただ、血と、憎しみと、悲しみと……死が横たわるだけの場所。
それが戦なのだと、その瞳が言っていた。
「妾も瀕死の重傷を負った。ナフタルとともにアリステラ殿に保護してもらわなければ、とうに亡ぅなっていたじゃろう」
声を失っていたのも、きっとその時なのだろう。
あたしはギュッと唇を引き結ぶ。
王妃はゆらりとあたし達に向き直った。
「……保護されてからの妾は、まさに復讐の鬼であったのぅ。憎くて憎くて憎くて憎くて、気が狂いそうなほど憎くてたまらなんだ。我が国を我が民を我が家族を殺した者共の、皆を……殺めるまでは死ねぬと思ぅた! あやつらが生きておることこそが我が憎しみよ! あやつらを皆殺し尽くさねば、この心は晴れぬとそう思ぅた!!」
けれど──
「けれど……アリステラ殿が泣くのじゃ。妾達を抱きしめて泣くのじゃ……! あの方のあんな悲痛な顔は見とぅなかった……!」
あたしにはなんとなく、その姿が見える気がした。
レメクを失いかけたあの時、あたしを抱きしめてくれたように……きっと、アウグスタは彼女等をひしと抱きしめていたのだろう。
……アウグスタは、強くて優しい『お母さん』みたいな人だから。
「じゃがのぅ……いくらアリステラ殿が素晴らしき方であっても、妾等には敵が多かった。妾等が生きておるかぎり、我が国の……散り散りになりながらも生き延びた数少ない同胞達も、決して抵抗をやめぬし、なにより、ナスティアという大国に保護された妾等は、ある意味脅威であったからのぅ」
「……脅威、って?」
「戦争の口実、ということじゃ」
薄く笑って、王妃はその瞳に暗い色を宿した。
「アリステラ殿は強い。妾は、この魔性の目を持って生まれたときより、人を殺めることに関しては他の追随を許さぬほどであった。……妾達が包囲網を破り、アリステラ殿が駆けつけるまでの時間を稼げたのも、この目あってのことじゃからのぅ。じゃが、その目をしても、かの君を殺めることはできぬと思うた」
竜をも殺すと言われた魔眼を持ってしても──
「個人の強さだけでなく、ナスティアは非常に強い国であろう。最も『魔法』に近い魔術と呼ばれる紋章術。そこから派生し、現在多数の術師の存在する紋様術。身体能力に特化している一族も多いうえに、かつてこの国は『魔族』をも撃退させた国じゃ。……そんな国に、妾達は保護された。妾達の名をつかえば、滅ぼされた我が国の領土を取り戻し、藩属国とし、そこを足がかりに周辺諸国を平らげることも可能であろう。……アリステラ殿がその気になれば、容易いことじゃ。……それだけの力が、あの方の率いるこの国にはある」
言いきった王妃をあたしはジッと見つめた。
暗い色が薄れ、力強いものが宿っているその瞳を。
「おかーさまは、他国に攻め入ったりしないと思うのです」
「……無論じゃ」
ナザゼル王妃はほろりと笑う。
どこか苦みがかった悲しい笑みを。
「アリステラ殿は戦を好まぬ。いつか必ず尽きる命を、なぜに奪い合わなければならぬのだと嘆いておられた。……妾は、あの方に何度も救われた。この命も、この心も。……じゃから、あの方が復讐に手は貸せない、他国に攻め入ることはできない、と言えば、妾も、鬼に堕ちることなく『わかった』と頷くことができた」
その心のままに、復讐に固執することなく──
アウグスタを悲しませることは──彼女には、できなかったから……
「……じゃがな、他国はそうは思わなんだ。ナスティアは強すぎる。その力はあまりにも脅威であった。……もっとも、直接この国に敵対することはできなんだでろうよ。強いからこそ脅威であり、強いからこそ真正面からナスティアに刃を向けることはできぬのじゃ。……ならば、どうするか。……簡単じゃな? 原因となる妾達を消してしまえばよいのじゃ」
言われて、あたしはようやく頭に染みこんできた言葉の意味に愕然とした。
彼女は言ったのだ。暗殺者のことについては、身をもって知っていると。
それこそ、武術の達人であるらしいアディ姫よりも、もっと、ずっと──
それはつまり、ナスティアに保護されてからもずっと、暗殺という恐ろしい目にあい続けてきたということだ。
「何人を相手にしたのか、覚えておらぬ。……巻き沿いになった者も含め、何人が妾が原因で死んだのかも、もはや分からぬよ。……ただ、殺して、殺して、殺して、殺して……生き残るためにひたすら襲ってくる者達を葬ってきた。アリステラ殿とて万能では無いからのぅ。いろんな難題も抱えておったし、そうそう妾等のことばかりかまっていられるはずもなかった。連中はそういう時期を狙って襲ってきおったよ。……ナスティア国の中にも、妾等の排除しようとする勢力があったしのぅ」
「……あいつらは、怖かっただけでしょ? 他国のいざこざを持ち込まれるのがいやで、ろくにモノを考えずにあっさり人の命を奪おうとする……! ゲスの極みだわ!!」
「アディ……」
ふいにたまりかねたように吐き捨てたアディ姫に、ナザゼル王妃は優しく微笑む。
「じゃが、平和を保とうとすれば、そういう手段をとらねばならぬこともある。大多数を守るための少数の犠牲。……許されることではない。許されざることのはずじゃが……それを選ぶ者は多い。そして、この王宮にはそういう者が多くいたということじゃ。……あぁ、今は半数ぐらいは粛正されておるようじゃがな」
……それって、半分はまだ王宮に残ってるってことじゃなかろーか……?
「そうしているうちにな、知らず、連中の事に長けるようになってきた。暗殺を防ぐのに一番有効なのは、暗殺のことを熟知することじゃ。妾を鍛えたのは他の誰でもない──かつて妾を殺そうとし、妾に倒された者たちじゃ」
そうして、今日のナザゼル王妃は完成されたのだろう。
暗殺者を撃退し続けた結果生まれた、最強の暗殺者として。
「……まぁ、もっとも、最強たるのは、我が夫と巡り会ったせいであるが」
……って、あれれ?
「撃退の結果、おねーさまが完成されたんじゃないの?」
あたしの問いに、王妃は一瞬きょとんとし、次いでコロコロと笑った。
「妾はまだ完成されておらぬよ! じゃが、まぁ、今の技量に近いところまできたのは、その撃退の結果ではあるのじゃが」
てことは、最後の一段階とかを登るのが、旦那さんを得てからっつーことだろうか?
あたしの目がキラリと光ったのを見て、王妃は口元をほころばせる。
それと同時に、あたし達が知る『ナザゼル王妃』っぽい気配に戻ってきた。
「いくら技量が上がったとはいえ、それは生き延びるための技量じゃ。アリステラ殿の庇護下という箱庭の中で刃を振るう妾は、言うなれば、東の国で言うところの『井の中の蛙』というやつじゃ」
おお。ナスティア王妃も、東の国の言葉を知っているのですね!
「妾よりも強い者もおるし、技量の優れた者もおる。それを痛感したのは、今まで相対してきた暗殺者の中で、飛び抜けて強い者と出会った時じゃ。最終手段である妾の『魔眼』すら使う暇もないほど、彼の者は抜きんでて強かった」
「そんなにすンごく強かったの?」
「強い強い。おまけに恐ろしく速くてのぅ、気づいた時には首元に刃をつきつけられておった」
……ものすごい一瞬だったんだな。きっと。
「そやつは妾より少しだけ年長の男での……その男、妾を死においやる寸前、至近距離で妾を見てのぅ」
言って、王妃は目をキラリと輝かせ、勇ましく己を親指でビッ! と指し示して胸を張った。
「この妾に、惚れおった!」
……うれしそー。
「それからはもぅもぅ、何をしに来てるんだかこやつは、という感じで来ては帰り来ては帰り何をするわけでもなく遠くから眺めに来てはついでとばかりに辺り一面の暗殺者をさくっと葬って帰りとイロイロ妾のために動いてくれてのぅ!」
うれしそー。
「かといって妾を押し倒すわけでもなし! 声をかけるにしても『無事ですか』とかそんな阿呆のような言葉ぐらいでのう! よく観察してみれば、まぁ! これがまたなかなか良い男でのッ!」
……コイバナかー……
「あれだけの技量を持っておりながら、ほんにたわけたことをほざくほどにお人好しでのぅ! おまけになかなか純情でのっ! 妾が湯殿で襲われた時なんぞ、真っ赤になって慌てて出て行きおった! もちろん襲撃者なんぞ一瞬で片づけておったぞよ!」
……長そうだなぁ……
「あの男の動きを傍で見ておったら、妾の技量もさらに一段階上に上がってのぅ! もちろん日々の鍛錬の賜物でもあるのじゃが、やはり傑物の動きを間近で見られるというのは得難い体験じゃ! しかも良い男であるからして妾としてもあれ以上の出会いは無いと思ぅたぞ!」
……そろそろ終わらないかなぁ……
「で、押し倒してモノにしたら、なんと奴はイステルマの重鎮の一人だったというオチじゃ」
終わった!
「で、アリステラ殿と相談しての、いっそ敵陣の一つであるイステルマに乗り込んで平らげてしまえ、ということになってのぅ。あやつと結婚してあちら側に乗り込み、掌握してやったというわけじゃ」
最後はわりとあっさり締めくくった王妃に、あたしとアルはちょっぴり唖然。
というか、それで生まれた最強の暗殺者、ってどーなんだろう?
「……けどよ、その場合、最強の暗殺者、って言うのは、違うんじゃねェのか?」
おお。アルが早速つっこんだ!
「別に仕事を受けて何かやってるわけじゃねぇんだろ?」
「やっておるぞ?」
「……なんでやってるんだよ、王妃だっつーのに」
「アルティルマでは、暗殺がお家芸じゃからのぅ。もちろん、そこでも妾は最強を目指して驀進したわけじゃが」
「目指すなよ! そんなもの!」
……まったくだ。
だが、呆れ顔のあたし達の前で、ナザゼル王妃はニヤリとその口元を歪めてみせた。
恐ろしいほどの覇気を目に宿して、傲然と顔を上げる。
「強い力を持たねば殺されるだけじゃ。妾は妾のために最強にならねばならなんだ。むろん、悪戯に人を死に追いやることなどせぬ。が、強くなければあの地では生きられぬ。そして、最強にならねば、あの国自体を変えることもできぬ」
「……変える?」
「人殺しを生業にするのが普通の国家など、あってよいはずもなかろう?」
ふと苦笑して、王妃は髪を軽く掻き上げた。
「したが、上に立つ者がそれを推奨していては、国など変わるはずもない。……国民の中にはな、人を殺すことに倦んでいる者も多くいたのじゃ。戦争になれば真っ先に声をかけられる武術者集団。その実体が暗殺者集団ともなれば、まぁ、どういう国であるのかは察しがつくであろう? だがな、その国民が全員、好んで人殺しを生業にしているわけではない。あの国には、己の体を磨いて金銭を得るしか、生き延びる術がなかったのじゃ。古い古い昔から、の」
「……だから、ねーさまは国の根本から変革を行うために、重鎮の妻から国主にまでのぼりつめたのよね。そうしないと、国は変えられないから」
「そう。力のない者に、下の者はついてはこないからのぅ」
アディ姫の声に頷いて、ナザゼル王妃は軽く腕組みをした。
「ゆえに、妾は最強の暗殺者でなければならぬ。国で一番ではなく、大陸で一番の。……まぁとはいえ、好んで暗殺を請け負うわけではないからのぅ。腕試しにくる馬鹿者を倒したり、アリステラ殿の邪魔をしそうな輩をちょいと懲らしめたりするぐらいが最近の動きなのじゃが」
……腕、なまっちゃうんじゃなかろーか……
「アリステラ殿に向けられる暗殺者の技量はなかなかのものでのぅ。我が国の者よりも秀でておるのが何人かおるから、まぁ、そちらで技量も磨けたりするのぅ」
……アウグスタ……なんか変な風に貢献してないだろーか。
いやまぁ、どっちがどっちに貢献してるのか、なんか微妙な感じだけど。
「……てことは、あんたが、その……『陛下』の所に来る、暗殺者ってのをやっつけてるのか?」
「時間が空けば、妾が出向いておるよ。出向けぬ時は、妾の腹心達がアリステラ殿の警護にあたっておる。……まぁ、アリステラ殿自身が強いうえ、今はロードが傍におるのでのぅ。我が腹心達もさほど苦労はしておらぬが」
言って不思議な微笑をする王妃に、あたしは首を傾げつつ問うた。
「もしかして、祭りの間に腹心さん達とお話ししたりしてるの?」
「おお、末姫よ。おぬしはちっちゃいのによく頭がまわるのぅ」
……ちっちゃい、は余計だ。
「おおっぴらに訪れてられるのはよいの。文よりもずっと綿密に話しができる。……まぁ、そんなわけで、末姫の言う『最強の暗殺者』だの『伝説の暗殺者集団』だのというのは、当てはまるのを探せば他にもいるやもしれぬが、ここ近隣で言うなら妾と妾の国じゃからの。そこな小僧に手を出すことはない」
「下っ端が勝手をするってゆーこともないの?」
下街では、上の人間の言葉が徹底されてないこともままあるのだが。
「勝手をするような輩は、まぁ、おるまいよ。いちおう、他国の王族には関わるなと通達しておるし、それを破れば罰則を与えるとも言っておるからの」
「……罰、って?」
あたしは眉をひそめながら王妃に尋ねた。
罰というのは、罪におうじて重くなくっちゃいけないのだ。一番上の人の決めたことを破るよーな人の罰は、どれだけ重いのだろうか?
「通称『廊下』と呼ばれる鉄橋の上にの、水入りバケツを持って立たされる」
……どういう罰なんだ、それは……
「ちなみに不眠不休で三百六十五日」
罰、重ッ!!
「ふつーに無理じゃねぇか!?」
「てゆか完遂した人いるの!?」
「何人かおるのぅ……立ったまま寝ることができれば、まぁなんとか堪えられるであろうよ。ただ、我が国はここよりも暑くてのぅ。夏場なんぞ火の季節じゃから、なかなかに大変じゃと思うぞ」
……なにかこう、ツッコミ所の多い国だ。
唖然としているあたし達を見て、ナザゼル王妃はニヤニヤと笑った。
「国によっていろいろあるということじゃ。それらは皆、その国に溶け込まねばわからぬことであったりもする。他国から見て異様なことでも、その国の中ではごく当たり前のことというのも多くあるでの。妾達はそういうものを全部知らねばならぬ。仮にも『王族』の一員となったからには、それが妾等が負うべき責務であろうよ」
「…………」
「小僧。そして、末姫。おぬしらは『王族』じゃ。誰の血を引いてるから、とか。誰の血もひいていないから、とか。そういうのは言い訳にもならぬし、むろん、何かの理由にもならぬ。誰の血を引いていようと、王族としての責務を果たせぬ者には王族たる資格はない。そして誰の血を引いていなかろうと、王族としての責務を果たそうとする者ならば、王族たる資格があると妾は思う」
あたしとアルは目を見交わせた。
互いに眉が情けなく下がってしまっているのは、自信がこれっぽっちもないからだろう。
「思い詰める必要はない。だが、心に留めておかねばならぬ。……もっとも、小僧は他人に己の身を上を貨し、のうのうと生きようとしておるのかもしれぬがな」
「誰が……!!」
反射的に反発し、アルはハッとなって口を噤んだ。
静かな目をしたナザゼル王妃は、気まずげに顔を背けたアルに少しだけ微笑む。
「……おぬしが、おぬしの意志で己の身の上を投げ捨てようとするのなら、まぁ、それはよかろうよ。アリステラ殿は寂しく思うであろうが、なぁに、妾達愛娘がついておるからの。傷心などいくらでも慰めてしんぜよう。……じゃが、成りすましだけは許されぬ」
ビリッと震えた空気に、あたし達は一斉に王妃を見る。
全身に強い力をためて、王妃はどこからともなく取り出した剣をスッとアルに向けた。
「それは、罪じゃ。それは、災いじゃ。アリステラ殿の害となる者など、妾は決して生かしてはおかぬ。おぬしにアリステラ殿を害する気持ちが無いことは、これまでの言動で分かった。……したが、他はわからぬ。故に言っておく」
満ちる力。瞳に宿る意志。
その強く激しい裂帛の気迫。あたしなど思わず身構えてしまったほどである。
「妾は害ある者を排除する。それの邪魔は、決してするな。したが最後、妾はそなたにも死を与えよう。誰が相手であろうとも、妾はアリステラ殿の敵を許してはおかぬ」
「…………」
「心に留めておくがよい。どのみち、おぬしは『狙われし者』。これ以上の動きは、どのようなものであれ、誰も望んではおらぬであろう。全てが終わるその時まで、大人しくしておるがよい」
強い眼差しでそう言うと、王妃は身に纏っていた力を消した。
その瞬間、その手の剣もどこかへと消える。
硬直して動けないあたし達を見回して、ナザゼル王妃はアディ姫に笑いかけた。
「アディ。心配なら、おぬしが守るのがよかろうよ」
「……最初から、そのつもりよ」
ムッとした表情を作って、アディ姫が答える。なんか、いつのまにやらアルの前に立っているが、このお姫様も、いったいいつ移動したのだろーか?
「とりあえず、敵は絞れているわ。レンフォード家の公爵夫人、その私生児、そして雇われた殺し屋。背後関係はじょじょに詰める。ネーサマは暗殺者の排除を。あと、腹心さんが複数いるなら、アロック卿の方にも一人まわして。クラウドール卿の手の届かない場所にいるときに襲われると事だから。で、アロック卿、背後関係の洗い出し、頼んでもいい?」
「かまいませんよ」
アディ姫の声にニコッと微笑んで(彼は彼で、なにやらすごく胆力があるよーだ)、ケニードはアルにもニコと微笑みかけた。
「末姫ちゃんにクラウドール卿を動かす際の起動源になってもらうとして、アルルンはあたしと一緒にいること。……アルルン、いいわね?」
「……お……おぅ」
ジッとアディ姫に見つめられて、先程のやり取りで青ざめていたアルが我を取り戻したように慌てて頷く。
それをジッと見てから、アディ姫は気合いのこもった息を吐き、パンと両拳を打ち合わせた。
「相手は素人だけど、素人だからこそこっちが思いもしなかったお馬鹿なことをやりかねないわ。ネーサマを除いた他の面々は、決して一人にはならないこと。それだけは守ってね」
「あい」
「はい」
「おぅ」
三者三様の返事を受けて、アディ姫はようやく彼女らしい笑みを浮かべた。
妙に愛嬌のある、どこかうすら寒い笑みを。
「さぁ、懲らしめてあげましょう」