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対オジサマ攻略法!<闇の王と黄金の魔女>  作者: 関根麻希子
陰謀の章<虚飾の玉座編>
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15 全てを背負う者



 天井で輝くシャンデリア。

 笑いさざめく紳士淑女。

 着飾ったレディ達の装飾品が、降り注ぐ光にキラキラと輝く。

 鳴り響く音楽は会場の隅々にまで満ち、それにあわせて踊る人々は、相変わらず優雅で素晴らしかった。

 ……ええ。

 あたしは前と同様、通路の端っこをフツーに通過させていただきましたがね。

「いつか踊れるようになれればいいですね」

 ちょっぴりブーたれているあたしを見て、なにやら可笑しそうにレメクが言う。

 ムッと唇をとがらすと、私はいつでもいいですよ? と言わんばかりの余裕顔をされてしまった。

(むぅ!)

 ちなみに、あたしがこうまでブーたれているのには理由がある。

 フェリ姫がいなくなって、なんかヤな感じにまごまごしていたら……なんと! その間に、知らない女性がレメクにパートナーを申し込んできたのである!

 なんたること!!

 もちろん、誠実で紳士なレメクだから、自分にはパートナーがいますからと断ってくれていましたが! ふと気づけばそこら中から狙ってそうな視線がレメクに集中しているではありませんか!!

 ええ! 油断も隙もありゃしません!!

 慌ててレメクにすがりついたあたしに、申し込んできていた女性は目がまん丸。

 あたしとレメクを見比べて「……踊れますの?」と真剣な顔で問うてきやがった!

 ……ええ。ぐうの音も出ませんでしたよ。……ぐぅ……

「私のことも、あなたのことも、ご存じでない令嬢のようでしたね」

 それ以降、ブーたれているあたしに、レメクは笑いを噛み殺している。

 そういう表情もなかなかヨイのだが、いかんせん、あたしの機嫌は良くならなかった。

「おじ様。会場って、パートナーがいないと入れないのよね?」

 口をとがらせたまま言うあたしに、レメクは「ええ」と笑う。

「じゃあ、なんであんなとこでパートナーを申し込んでくる人がいるの? パートナーいるんじゃないの? さっきの……なんとかっていう、女の人にも」

 えぇモチロン、先程の女性の長い長い名前なんて、欠片も覚えてないのがあたしですよ。

 シルルブレだかシャラララランだか、ちょっと変わった名前でしたが。

「他国のご令嬢でしたから、あまりこちらの風習をご存じでないのかもしれませんね」

 ……外国産の令嬢でしたか。

「それに、決まったパートナーがいらっしゃらない方も、控えの間には多数おいでになるんですよ。そこで希望の方がいらっしゃったら、互いに声をかけてパートナーとなるんです。……大祭の四日目以降は、通常、パートナーとダンスを踊りながら会場に入りますからね。二人一組になっていない場合、どうしてもああいう風に声をかけられたりします」

 二人一組。

 あたしは真顔で自分とレメクを交互に指さした。

 チョイチョイ。

 チョイチョイ。

「……小さくて、見えなかったのかもしれませんね」

 ちっけいな!!

「あぁ……ほら、拗ねないでいただけませんか。身長差でパートナーとは思われなかったというだけのことです。……だからどうしてそう拗ねるんです?」

 ふくれっ面でツカツカ歩き出すあたし。

 一生懸命早足になっているというのに、レメクは悠然と追いついてきやがる。

 くっ……足が長いからって……長いからって……!!

 プリプリ怒りながら進み、簡易休憩所が並ぶエリアまで歩くと、そのうちの一つ──やけに立派な休憩所──から呆れ顔のアルトリート……じゃなく、アルフレッドが顔を出した。

「……なにやってんだよ兄貴……つーか、ちみっちょ」

「アル!」

 あたしはパッと顔を輝かせると、アルに向かって駆け出し───

 裾を踏んで吹っ飛んだ。

「……ベル……」

 後ろから伸びた手が鮮やかにあたしを空中捕獲。もちろん、捕獲者はレメクである。

 なんとも言えない顔であたしを見る彼に、あたしは口を膨らませた。

 ……ぶー。

「……見つめ合いはいーからよ、そこのバカップル。はよこっち入ってくれねェか? ……あんたらワル目立ちすぎるんだよ」

 なぜだかやたらと小声でそう言って、アルトじゃなくアルフレッドは顔を引っ込めてしまった。

 あたし達は見つめ合ったまま首を傾げ、彼に続いて休憩所の中に入る。

 すると──

「うふっふー」

 すんごい格好の美女が、

「いらっしゃーい」

 いろんなものが全開の状態でそこにいた。

「「…………」」

 唖然と立ち止まること約三秒。

 ──あっ! レメクがいきなり回れ右した!

「兄貴! 頼む! 頼むから出て行かないでくれ!!」

 あたしを抱っこしたまま退出しようとするレメクに、必死の形相でアルト……(えぇい! アルでいい!)アルがしがみつく!

「……情操教育に難があります。ベルをこんないかがわしい場所に誘い込まないように!」

「いかがわしいってナンだよ!? つーか、俺はなんにもしてねェからな!」

 すんごい硬い声のレメクに、アルはさらに必死に言いつのる。

 その様子を見やりながら、あたしは背伸びしてレメクの肩越しに問題の人物を眺めた。

 アデライーデ姫である。

 紛う事なきアデライーデ姫である。

 ドレスの裾をガバッとたくし上げて、ベッドの上に胡座かいて座っているが、正真正銘ナスティア王国第十王女のアデライーデ姫である。

 緩めまくったドレス前はほぼ全開。

 たくし上げたドレスの裾からは太腿チラリ。

 寝起きの女性だってここまでヒドくないだろう。

 というか、知り合いの宿のおねーちゃんにそっくりだ。

「……アデライーデ姫。なんですか、その格好は」

 渋々向き直ったレメクが、超絶ツメタイ目と声で叱責。

 アディ姫は頭を掻きながら口をとがらせた。

「だぁああってさー、ドレスって重いわ堅苦しいわ暑苦しいわの三重苦なのよ。胡座もくめないしさー」

「……普通、女性はドレス姿で胡座を組みません」

 何気に怒ってるレメクの声に、アディ姫は渋々ドレスを直す。

 ……てゆか胡座組むのは直さないんだな……

「見えなきゃいーでしょ、見えなきゃ。アルルンも侯爵も頭かったぃわー」

「あなたが柔らかすぎるんです」

「つーかアルルンはやめろ。てゆか名前教えたっつーのに変わらねェじゃねーか!」

 相変わらず小声で怒鳴るアルに、アディ姫はにんまり笑顔。

「だぁって、アルの文字は変わらないじゃない。アルトリートがアルフレッドになったって、アルはアルなんだから、アルルンでしょ?」

「せめてアルにしてくれ。頼むからアルにしてくれ」

 ケロッと言われて、アルはガックリと肩を落とした。

 レメクが「あなたも大変ですね」と妙に共感含みの慰めをかけている。

 ……何を含んでいるのかナ? おじ様?

 まぁ、いいけど。

「お義姉さま、アルと二人でここに入ったのです?」

 何か互いに共通性を見いだしあってる男二人をぶち放って、あたしは簡易寝台のような大きいソファによじ登った。

 その上で胡座を組んでいたアディ姫は、ニヤリと笑って大きく頷く。

「ンまぁね? あっ、そーだ。ここって末姫ちゃんの休憩所なわけよ。無断でちょっくら借りてるわねー」

 ……いやまぁ、それは別にいいのだが。

 あたしは未だだらしない格好のアディ姫を見て、アルの方を振り仰いだ。

 何故かアルが慌て顔で叫ぶ。

「言っとくが! 俺ぁ無実だかんな!?」

 ?

 無実って、ナンダ?

 首を傾げているあたしに、レメクがいたたまれない表情で呟く。

「……それ以前に、ベルにはまだそういう知識はありません」

「……あー……そっか。そうだよな」

 ……どーゆー意味なのだ?

 説明を求めてレメクを見るのだが、相手はあたしから視線を外している。

 仕方なくソファから降り、傍まで行って見上げると、くるぅりと後ろを向かれてしまった。

 ……グレてやる!

「あっはっは! まーまー、末姫ちゃん。そこんとこは、このアタクシが教えてしんぜよー」

「待ちなさい!」

 アディ姫の「おいでおいで」に顔を輝かせて舞い戻ると、すかさずレメクがあたしを捕獲した。

 何故!?

「姫君! ベルにはまだ早いです!!」

「もきゅ!」

 力一杯抱っこされて思わず悲鳴。

 ギューが嬉しい!

 けど苦しい!!

「なによぅ、外見は五つかそこらにしか見えないけど、本当は九歳でしょ?」

「……くっ」

「ふつー、親から教わる時期じゃないの? まー、男のクラウドール卿に『教えろ』とは言わないけどね。てゆか、過保護も過ぎると、かえって教育に悪いのよぅ?」

 羽扇子片手に宛然と微笑むアディ姫。

 あたしはジタジタと手を振って、ぐぅの音も出ないレメクに意思表示した。

 おじ様! あたしの首が絞まってます!!

「これからのこと考えても、やぱちゃんと知らないといけないでしょー?」

「ですから……! まだ……早いと……!!」

 絞まってます!!

「むしろ遅いわよぅ。フェリだって七つぐらいの時にはちゃんと本読んで習ってたんだから」

 絞まってるんだってば!!

「……教わる前に死にそうなんじゃねぇか? ちみっちょが」

 ピクピクしはじめたあたしに、アルトリートがぼそっと呟く。

 慌てて解放するレメクに向かって、あたしは最後の力で飛びかかった!

「むもぎょーっ!」

「何語ですか!?」

───そして力尽きて倒れ伏す。

 レメクの顔面に。

「…………」

 もふ。

「…………」

 もふ。

「……いいけどよ……おまえ、どこでもフリーダムなのな……」

 身じろぎ一つしないレメクの顔面に張り付いたまま、あたしは「むふん」と復活の吐息を吐いた。

 んっふっふ。レメクに張りついている限り、あたしは無敵なのである! ……絞められてさえなければ!!

 ちなみに現在、腹に感じるレメクの呼吸がとてもこそばい。

 てゆか、もしかして名前呼ばれてる?

「ま、あっちはあれでいいとして」

 そんなあたし達を放っておいて、アディ姫がパチンと羽扇子を鳴らす。

 アルが微妙な顔でぼやいていた。

「……いいのかよ……」

「いーのよ。末姫ちゃん幸せそーだから。……ま、ついでに言っておくと、あたし達はダンスしながら入場したわけじゃないからね~」

 ……おや?

「そーなの?」

 顔面に張り付いたままそちらを見ると、アディ姫はパタパタと手を振る。

「そーなのよぅ」

「でも、四日目以降は、ダンスしながら入るのがフツーって言ってたですよ?」

「じゃー、末姫ちゃんはダンスしながら入ってきたの?」

「んにゃ。あたしがちっちゃいから、特例で端っこ通らせてくれたの」

 先の一幕を思い出し、思わずぶーたれた顔で答えると、アディ姫はケタケタ笑いながら頷いた。

「あっは! まぁ、そんだけ身長差あればそうなるよねェ。しょーがないしょーがない。あと数年もすれば踊れるわよ」

 カラッと笑ってそう言われて、あたしはしょんぼりと頷いた。

 でも、ぶー。

「あはっは! ほらほら、ふくれないのっ!」

 レメクの頭をがっぽり抱え込んで、あたしはひたすらふくれっ面になる。

 なんかレメクがペンペンあたしの横っ腹を叩いているが、慰めるのなら頭撫でてほしいってもんです。

「で、話し戻すけど。踊りながら入るのって、まぁ、大祭の慣例みたいなモンなんなのよねェ。だけどホラ、そーゆーの面倒くさいって人や、年配の方で踊りとかもうできないって人もいるわけじゃない? そういう人はね、端っこを普通に通らせてくれることになってんの。大祭の前三日間と同じようにね」

 ふむふむ。

 なるほどと頷いて、あたしはアディ姫を見た。

「……つーか、俺ぁ踊れねェっつの」

 ……なんかアルが向こうでぶーたれてる。

「じゃあ、お義姉さま達も、面倒くさいからって端っこ通らせてもらったの?」

「まさか! こう言ったのよ!」

 言って、アディ姫はふいに表情を変えた。

「『申し訳ありません……わたくし、人に酔ってしまったようなのです……この方と一緒にゆっくりと歩かせていただきたいのですが……』」

 そこに現れたのは、まさに可憐な深窓の姫君。

 触れれば淡く消えてしまいそうな、そんな儚い風情すら漂っている。

 しかし、それはわずか数秒足らず。

「そしたら『どうぞどうぞ!』って言ってさー、通してくれたわけよ!」

 あっはっはー! と闊達に笑って手を振るアディ姫に、あたしとアルは揃って遠い目になった。

 表情、つーか……人間を変えたんだな……アディ姫。

「……もむももも」

 ん? なんかあたしの腹の下でレメクがゆってる。

 くすぐったりですよ?

《……ベル。いいかげんに離れなさい》

 あ! 心の声で叱責が!

 渋々ズルズル顔面からズリ降りると、現れたレメクの顔にはくっきりとあたしのドレスのレース跡がついていた。

 ……………………ありゃー……

「……ベル……」

「……あい……」

 あたし達は熱く熱く見つめ合う。

「私の頭は、抱き枕ではありません」

 なんか向こうでアディ姫がベッドに沈没してる。

「そして場所をわきまえなさい。いいですね?」

「……あい」

 真剣に怒っているレメクに、あたしはしょんぼりと頷いた。

 あたし達の足下では、アルが蹲ってブルブルしている。

 ベッドに撃沈しているアディ姫もブルブル震えていて、彼等の心に何が起こったのかが気になった。

 ……つーか、なんかどっかで見た光景なんだが……?

 そのままで待つことしばし、

「っ……く……くく……っはー! 死ぬかと思ったーっ!」

 すごいイイ笑顔で身を起こしたアディ姫に、あたしはキョトンと首を傾げる。

 顔のレース跡も華やかなレメクは、すごい渋い顔になっていた。

「あー、もぅ! 末姫ちゃんてば……てゆか、クラウドール卿……変わったわねぇー!」

「……何がですか」

 あたしをきちんと抱っこしたレメクは、仏頂面をアディ姫に。

 笑い涙を拭きながら、アディ姫は足を放り出すように伸ばして言った。

「なんて言うのかなぁ……隙が出来たっていうか、人間ぽくなったってゆーか……あぁ、悪い意味じゃないのよ? なんて言えばいいのか……こう、絡みやすくなったってゆーか」

「……それのどこが悪い意味では無いんですか」

「あっはっはっは」

 仏頂面を深めるレメクに、アディ姫は笑う。

 レメクの顔からはいつのまにかレース跡が消えていて、あたしはチョイチョイと跡があったはずのほっぺたをつついてみた。

 ……治りの早い肌だなぁ……

「一応、あたし的には褒めてるつもりなんだけどなァ。だってさ、前のクラウドール卿って、ホント、生きてる人間ぽくなかったじゃない」

 つっつくあたしの指を握って、レメクがメッと目だけであたしを怒る。

「でもさ、今の卿はさ、ちゃんと生きてるってわかるわけよ。簡単に言えば、そうねぇ……目がね、暖かくなったよね」

「…………」

「優しくなったんだよね。……ねぇそれって、とてもいいことだと思うんだけどな?」

 アディ姫が笑う。

 さっきまでのアクジョみたいな笑みじゃなく、どこか暖かいおねーさんの笑みで。

「人と人の出会いって、ほんっっと、不思議だよねー」

 すごく揶揄を含んだ声で、アディ姫はレメクと、何故かアルに向かって笑顔を向けた。

「ね!? アルルン!」

「アルルン言うな!」

 すかさず突っ込んでから、アルは頭をガシガシ掻く。せっかく綺麗にセットした髪だというのに、あちこちがピンピン跳ねてしまっていた。

「つーかよ、俺ぁ、今しか知らねェから、何がどー変わったのかもサッパリだがな」

「あ! あたしもなのですよ! あたしから見たら、えーと……むひょーじょーが少なくなったぐらいで、あとは最初からわりとこんな感じだったのですよ!」

「……まぁ、そりゃ、末姫ちゃんからしたら、そーよね」

 苦笑して、アディ姫はアルの方を向く。

「てゆか、アルルンは末姫ちゃんに感謝したほうがいいと思うわよ? 前のまんまのクラウドール卿だったら、たぶん怖くて声もかけられなかったんじゃないかしら?」

「……そこまでひどかったのかよ……」

 唖然と呟くアルに、レメクはさらなる仏頂面。

 けれど、それに対しては何も口を挟まなかった。

 ──挟まない理由がそこに来ていたからだ。

「あぁ、ひどかったぞ。なにせ、生きた人形のような有様だったからな」

 そう、黄金に輝く、誰よりも美しい女王が。



 あ、の形で口を固めて、アルはその場に棒立ちになっていた。

 忽然と休憩所内に現れたその人は、月にも太陽にも(たと)えられそうな美貌を鮮やかに笑ませる。

 光を撒くような淡い金のドレス。

 ふんだんに施されたレースとフリルが、まるで咲き誇る黄金の薔薇。

 畏敬と崇拝を呼び起こされそうな美しさに、さしものアディ姫も慌てて居住まいを正していた。

 ……まぁ、格好はアレな状態なのだが。

「……ようやく、来たな」

 深い声で、アウグスタはそう呟いた。

 ジッと見つめられたアルはと言えば、一言も喋れずに固まっている。

 あまりのことに度肝を抜かれているのだろう。

「黄金の……魔女?」

 ややあって呟かれた言葉に、アウグスタは軽く破顔した。

「ふ。ベルと同じようなことを言う」

 そうして、ふと眉をひそめる。

「……ん? ……ははぁ、なにやらどこかで見た『目』だと思ったら、ステファンの目か。なるほどな……今代の『龍眼』は、おまえへと移ったわけだ」

 ほとんど一瞬で看破するアウグスタに、アルはパクパク口を開閉させている。

 まぁフツー、一目で『龍眼』なんて見破ったりしないよなぁ……フツーに見ればふつーの目なんだから。

「しかし、そのおまえが『見て』、この私が『黄金の魔女』か……これは、どうしても運命が動くということか……」

 その台詞は苦い笑みとともに。

 どこか悲しげに呟いて、アウグスタは嘆息をついた。

「だが、今はそんなことをぼやいている場合では無いな」

 チラッと悪戯めいた笑みを閃かせ、アウグスタは立ちつくしているアルに無造作に歩み寄った。

 それと同時にレメクも動く。

 思わず身を引きそうになったアルの後ろにまわりこんで、トンとその背を軽く押した。

「! おわっ」

「背は、まぁ、そんなもんか」

 たたらを踏んだアルの目の前にはアウグスタ。

 なかなか心臓に悪い状況だったのか、アルの背が飛ぶようにしてこっちに戻ってきたので、レメクがまた手で押し返した。

「ちょ……!」

「ははは! なんだ。おまえ達、早速仲良くなったのか。アディから話しは聞いていたが……よかったな、おまえ。偶然とはいえ、こいつと会うことができて」

 こいつ呼ばわりされたレメクは、抗議含みのアルにそ知らぬ顔をしながら、少しだけ口元に笑みを浮かべた。

 おまえ呼ばわりされたアルは、なんだか複雑そうな顔で口を歪めている。

 照れているのだろーとアタリをつけて、あたしはウンウンと訳知り顔で頷いてやった。

 それを見守って、アウグスタも微笑む。

 なにか、ひどく様々なものをこめた笑みで。

「時期が悪ければ、本当に、会っても何もないままに終わっていたかもしれん。……いや、そもそも、ベルが来なければ、全て、何も始まらないままだったのだろうな」

「?」

 なんか話しがこっちにキタ?

 キョトンと首を傾げると、レメクがあたしを見下ろしてわずかに微笑んだ。

 けれど、アウグスタはそれ以上あたしのことには触れなかった。

 彼女には、それよりも先に触れておかねばならない相手がいるのだ。

「……名は、なんとつけてもらった?」

 アウグスタはアルへと手を伸ばす。

 避けることもできず、アルはギクシャクと口を開いた。

「……『アルフレッド』」

「……戦場の審判者、か」

 強ばったアルの頬を撫で、アウグスタは噛みしめるようにその名を呼んだ。

 アルフレッド、と。

「……苦労をかけたな。何も知らず、何もできずにいて、すまなかった……」

「……え……いや……」

「できれば、おまえのご母堂にもお会いしたかった。……何の慰めにもならないだろうが、わずかでも、あの愚かな父の償いをしてさしあげたかった……」

「そんな……俺は……」

 触れられた場所に熱でも感じたように、アルの体が逃げる。

 レメクに押し返され、おどおどと視線を彷徨わせて───

 アルは愕然と立ちつくした。

「……んだって?」

「?」

 呆然としたその声に、あたし達は全員キョトンとする。

 いつのまにか姿を整えたアディ姫が、ソファから降りながら「あ!」と叫びそうな顔になった。

 レメクも「しまった」と言わんばかりの顔になり、ピンとこないあたしとアウグスタは顔を見合わせる。

「? どうかしたのか?」

「どうしたの?」

 あたし達二人 (と、レメク)に挟まれる形で、アルは立っている。

 その体が小刻みに震えているのを見て、あたし達はますます顔を見合わせてしまった。

「なんで……ちょっと待てよ……なんで、俺の、母親……?」

「? おまえをお産みになったご母堂だ。お会いしたいと思っても不思議では……」

「でなくて!」

 アウグスタの声を遮って、アルは声を荒げた。

「あんた、なんで……待てよ……俺は……ッ」

 軽く混乱しているらしいアルは、誰かを捜すように周りを見る。

 誰を捜しているのか……なんとなく分かった。

 彼だ。

 おそらく、アルを王宮に連れてくることになった人物でもあり、アルの名前を今使っている──

 本物のアルトリート。

「……アル……」

 あたしは迷子のような顔のアルに声をかける。

 アウグスタも何かを感じ取ったのか、大きく目を瞠ってから顔を引き締めた。

「……アルルン」

 静かな声で呼びかけて、アディ姫が一歩、アウグスタの後ろから彼へと歩み寄る。

 アルは彼女を見た。

 眩く美しい、真剣な顔をした彼女を。

「……違う」

 なにが違うのか。

 なにを違うと言いたいのか。

 後ろに退き、レメクに当たって慌てて飛び退き、逃げ場を探すように休憩所内を見回して、アルは首を横に振った。

「違う……違うから、俺は……!」

「……でも、アル」

「俺は……!」

「誰と違ってても、アルはアルなのよ?」

 なにかよってたかって彼を追いつめているようで、あたしは心を込めてアルに声をかけた。

 アルの目が一瞬、あたしを見る。

 口が何かを言いかける。

 けれど何も言わないまま、グッと唇を噛みしめ───

「あっ!」

 休憩所の仕切りでもある大布の中に飛び込んだ。

「!」

「まてレメク!」

 瞬時に動いたレメクをアウグスタが鋭い声で止める。

 ハッとなって立ち止まったレメクと、その腕の中のあたしに、アウグスタはゆっくりと首を横に振る。

「……アディ。行ってくれるか?」

「お任せください」

 アウグスタの声に一礼して、アディ姫は静かに動く。

 足音すらたてず風のようにアルの後を追って大布に飛び込んだ彼女は、先のレメクに迫る早さだった。

 ……アディ姫……もしかして、体術とか、スゴイ?

 あの身のこなしは、ただ者ではないとあたしの勘が告げている。そういえば、アルを軽々抱えて歩くほど力も強かったはずだ。

(……アディ姫って、魔力ないかわりに、腕力とかスゴイのかも)

 だからこそ、目立ちまくるレメクのかわりに追跡者になったのかもしれない。

 ……いやまぁ、今のアディ姫も十分目立つのだが。

「…………?」

 なんとなく二人の消えた場所を見ていたあたしは、ふと、深いため息を耳に拾って振り返る。

 先程と同じ場所で、アウグスタが悔しげな顔で俯いていた。

「……失敗したな」

 悔いるような口調で呟いて、深い深いため息。

 レメクは無言でその傍らに歩み寄り、あたしは腕を伸ばしてアウグスタの二の腕にタッチした。

「……おかーさま」

「……慰めてくれるのか」

 少しだけ視線を上げ、アウグスタはホロリと笑う。

「……おまえ、本当に、こういう時に有り難い存在だな」

 レメクの腕からあたしを抱き上げて、アウグスタはあたしをギュッと抱きしめた。

 そんな彼女へと向かって、レメクは静かな声をかける。

「……申し訳ありません。先に、話しを詰めておくべきでした」

「……すり替えか」

「はい」

 頷いて、彼はその顔から表情を消した。

 人の減った休憩所はなぜだか寒い感じがして、あたしはアウグスタにキュッと抱きつく。

「『彼』自身も、それに荷担しています。……強制か、それとも任意かは存じませんが、何かを盾にとられているような気配はありませんでした。ただ……」

「……『花瓶』の件か」

 頷いて、レメクは右手を差し出した。

「情報を。……万が一、あの時、アロック卿が近くにいなければ、『彼』はあなたに会う前に命を落としていたでしょう」

 アウグスタは差し出されたレメクの右手を見つめ、小さく「貰おう」とだけ呟いた。

 そうして、レメクの手に自分の手を重ねる。

 動作はたったそれだけなのに、ほんの一瞬、ザワッと皮膚が粟立つような気配を感じた。

 アウグスタはすぐに手を離す。

「……アロック卿には、どれほど感謝しても足りないな。文字通り、体を張ってあの子を守ってくれたのか……」

「指に後遺症は残るそうですが、それ以外は義父の尽力もあって治っています」

「……というか、おまえはまた、使ってはならん時に使いおったな……」

 ジロリと睨みあげられて、レメクは少しだけ居心地の悪そうな顔になった。

「ですが……そうでもしなければ、アロック卿を助けられませんでした」

「……分かっておる。分かってはいるんだがな……!」

 苛立たしげに言って、アウグスタはガシガシと綺麗な髪を荒々しく掻いた。

 ……なんか、そーゆートコがアルとそっくりだ。

「おまえは自分に頓着しなさすぎるから、私達はヤキモキするんだ! 命は普通、やったりもらったりできるもんじゃないというのに、おまえときたら……!」

「助けられる命があるのなら、助けるのは当然で……」

「だから、それも分かっておる!」

 ビシッと言いきって、アウグスタは盛大に嘆息をついた。

「……おまえが、そういう風に育ってくれたのは嬉しく思う。だがな……それと、心配とは別物だ。そうだろう? おまえだって、ベルが同じようなことをして命を縮めたら、どういう気持ちになる?」

 言われて、レメクは初めて何かに気づいたような顔になった。

 呆然とあたしを見下ろす顔には、明らかに焦りがある。

「……やっと分かったか馬鹿助が。……まぁ、今回は……というか、今回『も』、緊急事態ということで無理やり納得はしよう。だが……頼むから、自重してくれよ。おまえに何かあったら、私達も無事ではいられないからな」

 む?

 なんかどっかで聞いたよーな気がする言葉だぞ?

 それが誰がどこで言ってた言葉なのかは、微妙に思い出せないが。

「あと……問題は、馬鹿助二号か」

「「……二号」」

 思わず呟いたあたし達にチラと視線を向け、アウグスタは口の端を歪める。

「花瓶は三階から落とされたものだ。……アロック卿の頭蓋が陥没しなかったのは、不幸中の幸いだったな。犯人は捕まえている。……おまえ、尋問するか?」

「……絶望を味あわせても良いのでしたら」

「許可する」

 不穏な言葉を吐くレメクに、アウグスタは真顔で頷いた。

 ギョッとするあたしにかまわず、厳しい表情のままで言う。

「己のしでかした罪の重さを痛感させてやるがいい。拷問などはどうせおまえの趣味ではあるまい。今の状態での紋章の使用は許可できんが……そういえば、ベルに『生命の賛歌』を教えているんだったか? あれができるようになっているのなら、多少の融通はきくが……」

 ……うっ……!

 二人に視線を向けられて、あたしは慌てて顔を背けた。

 てゆか、生命の賛歌って、そんなにスゴイ力の歌なんですか!?

「……メリディス族の『呪歌』は特別だからな」

 あたしの疑問を受信でもしたのか、アウグスタが肩を竦めながら答える。

「歌一つで人間の力を限界まで高めることもできるし、無理やり眠らせることも、恐慌に陥らせることもできる。最高の力を持つ者は『言霊使い』と呼ばれ、わずか一言で全てを操るらしいが……」

 無理!

「……まぁ、そこはこれからの鍛錬次第だろうな」

 苦笑を零してから、アウグスタは「……さて」と呟いた。

「人も出来事も千客万来といった感じだが……今回の騒動の行く末はどこかな?」

 その顔には疲れや憂いといったものは無く、いっそ獰猛にも見える覇気ある笑みが浮かんでいた。

「……陛下」

「ふふふ。案ずるな。事態を楽観しているわけでも、己を過信しているわけでも……楽しんでいるわけでも、ないからな」

 どこからともなく取り出した一枚の書簡をレメクに向かってピンと弾き、アウグスタは嗤う。

「だが……ある意味、愉快じゃないか? いったい誰が、こんな馬鹿げたことを企んだ? よりにもよってこの時期を選んだのは、衆目を味方につける算段があってのことか? それともたまたまか? 前者であればなかなかに抜け目が無いと言えるが、あまりの考えの足り無さに目眩がするな」

「……おそらくは後者かと」

「嗚呼、救いようがないな、それは」

 嗤みを深めて、アウグスタは口を開いた。

「レメク」

「はい」

「滅ぼすぞ」

「はい」

「全ての責は私が負う」

 言いきって、アウグスタは爛々と輝く目をレメクへと向けた。

「国を滅ぼしかねない害虫は、一族にはいらん。それが誰であろうと、手加減はするな」

 それが例えどんな反発や、反感をかうことになっても。

 その全てを自らの名で負って───

「我が真名において命ずる。事の首謀者は、誰であろうと必ず裁け」


 例えそれが、王族であろうとも。


 声のない言葉すらも受け取って、レメクは恭しく一礼した。

 全てを背負い、力を託す相手に、ただ一言。

「御意」




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