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対オジサマ攻略法!<闇の王と黄金の魔女>  作者: 関根麻希子
陰謀の章<虚飾の玉座編>
70/107

11 『ポテト』



 沈黙が場を支配していた。

 封筒を見つめたまま、レメクはピクリとも動かない。

 彼が見ているのはそこに書かれている名前と、ちょっとヨレてる封蝋付近の部分だった。

 封蝋の模様はレンフォード家の紋章──『蛇を喰らう鷲』。

 この『家の紋章』というのは、上流階級には必ずあるやつで、まぁ簡単に言えば『家』とか『血筋』とかを一つの絵で判断できるよーにしている模様である。

 ぶっちゃけ、宿屋の看板とか魚屋の看板とかと同じよーなもんだ。

 ……まぁ、そう言ったらレメクには微妙な顔をされてしまったが。

 それはともかく。

 そんな感じのシロモノだから、もちろん『紋章』と呼ばれていても紋章術とは全く関係ないモノである。

 で、この紋章、それぞれの家に因んだ動植物の模様が多く、それらの多くは建国後の十数年の間に決まったものなのだそうだ。

 例えば、建国前に羊をいっぱい飼ってた某家の紋章は大きな羊だったり(美味しそう)、山羊を飼ってた家は山羊だったり(美味しそう!)、鳥を飼ってた家は白鳥だったり(美味しそう!!)と、文字を覚えるよりも簡単で面白いので、あたしのちっこい脳みそにだってしっかりと入っている。

 ええ。もちろん、別にその絵が美味しそうな動物とかの絵だったからではありませんよ。本当です。

 で、ゴホン!

 我らがアウグスタの家、つまり『王家』の紋章は『双頭の黄金鷲』。

 鷲の頭上にはゴーカな宝冠があり、両足にはそれぞれ剣と錫杖、胴体に大きな盾があって、その中にいろんな模様が入っているという、なかなか賑やかな紋章だった。

 ……焼き鳥にしたらどんな味なのだろーかな……黄金の鷲って。

 で、我が最愛のレメクがいるクラウドール家の紋章は、頭一つの黄金鷲。

 両足に剣と錫杖を持っているのは王家と一緒だが、こっちには宝冠はついてなかった。かわりに鷲の背後に黒い蔓草みたいなのがブワッとあって、なにやら華やかだったりする。

 似たような紋章をあげるなら、教皇おじーちゃまの紋章。

 宝冠つきの黄金鷲で、頭は二つ。

 両足に持ってるのは錫杖と天秤。背後には金色の蔓草みたいなのがブワワッとあって、華やかというよりかなり派手だった。

 ……なんつーか、王様に近い家の紋章ってのは、あーゆー派手な感じなんだろうなぁ、きっと。

 ちなみに、バルバロッサ卿の実家の紋章は『剣と盾を持つ熊』。

 ケニードのいるアロック男爵家の紋章は、どういうわけか『ハートと白鳩』だったりする。

 ……誰があんな柄に決めたんだろうかな、あの紋章は……

 まぁ、それもともかくとして。

 レンフォード家の紋章は、先にも言ったとおり『蛇を喰らう鷲』。

 レメクに見せられた紋章図鑑で見たその紋様は、鷲の色は黒で、食いちぎられる蛇の色は緑だった。

 とはいえ、封蝋は溶けた赤い蝋燭の上から紋章の印で模様をつけるだけなので、そういう細かい色はわからない。だが、絵柄は全く一緒だ。

 レメクは丁寧にその封蝋の部分に触れ、封筒をひっくり返す。温度を感じないその眼差しは、ゾッとするほど人間らしい感情が宿っていなかった。

「中……見ねぇのか?」

 封筒ばかりジッと見ているレメクに、アルトリートがおずおずと言ってくる。

 青ざめたその顔を一瞥してから、レメクは中を開いた。

 ……む? なんか匂うぞ?

 ちょっと濃いめのインクの匂いと、モワンとした変な匂いに、あたしは鼻をひくひく動かす。

 気づいて、レメクが微苦笑を浮かべた。

「ベル。彼の所に行ってなさい」

 床に降ろされたあたしは、しばらくレメクの周りをぴょこぴょこ飛び回っていたが、相手にしてくれなかったので渋々アルトリートの傍に行った。

 アルトリートはなにやら珍妙な表情だ。

「なに?」

「……いや。おまえ見てると、たまに状況を忘れそうになるよな……」

 どういう意味だ?

 あたしはムッとアルトリートを見上げてから、簡易寝台の上によじ登る。

 うつぶせに寝ているケニードは、依然として目を覚ましそうになかった。

「……ケニード」

 そっと名前を呼んでみる。

 笑っていない彼を見るのは、なんだかすごく久しぶりな気がした。

 いつも笑顔ばかり見ていたから、笑っていない顔を思い浮かべるのが難しいぐらいだったのだ。

 だけど、今はただ、表情もなく眠ったまま───

「ケニード」

 あたしはケニードを揺り起こそうと手を伸ばし、ふと、肩に巻かれている布を見て手を止めた。

 最初白かった布は、今は赤黒くなっている。

 この布、巻きつけた当初は赤くなって、術中は白く光っていたのだ。赤黒い色は血の色だろうかと思ったが、それにしてはなにやら色のどす黒さが違う。

(……なんか……これ、ヤな感じの色……)

 その不吉な色の布を外そうと手を伸ばすと、後ろから伸びてきた手にワシッと握られた。

「駄目ですよ、ベル」

「!? ……おじ、様?」

 ぎょっとなって振り返るあたしに、レメクはわずかに困り顔。

 あたしの手を握りこんだまま、彼はすぐ近くに立つアルトリートに向き直った。

「……拝見いたしました。お返しいたしますが、くれぐれもこの手紙は捨てないように」

 言われたアルトリートは、なんとも言えない表情だ。

「捨てちゃ……まずいのかよ?」

「ええ。不愉快でしょうが、持っておいてください」

 彼はほとんど無意識に唇を噛み──一瞬、顔をしかめた。

 おそらく、噛みきってしまった傷が痛んだのだろう。唇の赤い血の痕が、なんとも痛そうな感じだった。

 そんなアルトリートの肩を軽く叩いてから、レメクはあたしを見下ろす。

「ベル。あなたは、何かあるたびにすぐに手を出してしまうのを……止めないといけませんよ」

 シュンとして見上げると、レメクはあたしの体を持ち上げ、ケニードの足下あたりに設置した。かわりに先程まであたしがいた場所の近くに立ち、物憂げな視線をケニードへと注ぐ。

「……ベル」

 あたしの名を呼びながらも、その視線はケニードの肩に注がれたままだ。

「紋様術にはいくつかの種類がありますが、その発動はたいてい二つです」

「二つ?」

 ケニードの肩とレメクの顔を見比べながら、あたしは首を傾げる。

「瞬間的な発動型と、継続的な発動型。例えば火の紋様術の場合、発動と同時に発火現象や爆発を起こすのが瞬間的な発動型。発動後に熱を一定期間持ち続けるのが継続的な発動型です」

 ふふふん。

 このあたしにそんなムツカシー話をするなんて。あれですね。ちょっとオトナのオンナとして認められてきたってことですね!

「……炎が一瞬で燃え上がったりするのが『瞬間的な発動型』と呼ばれるもので、料理に使っていた鉄板のように熱を長時間持ち続けているものが『継続的な発動型』と呼ばれるものです」

 ……なんで言い直すのだろーか……

「継続的な発動型なら、身近な所で使われていますよ。街灯に使っている『光の紋様珠』や、噴水の所にある『水の紋様珠』などがそれにあたります」

「……へぇ……じゃあ、領地にあった『勝手に水がわき出てくる井戸』ってのにも、そういう紋章術がかかってんのかね……」

 アルトリートの声に、レメクは頷く。

「王都や大都市では、高位の紋章術師が多数配属されていますからね。生活で必要な消耗品の大半は、彼等が作った紋章珠を使用しています。それらのほとんどは、継続的な発動型です。……レンフォード家の井戸といえば、生活用水にと『水の紋章珠』を特別に支給していたはずですよ。周辺の田畑や民家の水の供給用になっているはずです」

「……いや、なんか、連中の水遊びとかにしか使われてねぇけど……」

 アルトリートの声に、レメクは一瞬押し黙った。

「……厳重注意が必要ですね……」

 うぉー……すごい怖い目になってるぞ。

「え、えぇと……おじ様、この……は?」

 なんか空気がゾワワッとしたので、あたしはケニードの肩を覆っている布を指さした。

 レメクの怖い空気が霧散する。

「それも継続型です。永久持続ではありませんから、効果が切れる前に新しいものに交換しないといけませんが」

 あたしが見つめる前で、布はどんどんどんどんその色を深めていく。

 ただでさえ赤黒くなっていた布は、今はもうただの黒にしか見えない色になっていた。

「可能な限り正常な状態に戻るように術を発動させていますから、完全に効果が無くなるまでは触れてはいけません」

 ……なるほど。

「……それ以前に、大きな力を持つ紋章というのは、扱いが難しいのです。術者以外が下手に触れると、術が反転して襲いかかる可能性もありますから」

「襲……ッ!?」

 ギョッと身を引いた瞬間、あたしは台から落っこちかけた。

「にょおっ!?」

 それを片手で支えて、レメクは上着のポケットから白い布を取り出す。

(あぶっ……あぶっ……!)

 ひし、とレメクに掻きつくあたしの前で、彼はその布をバサリと広げた。

 かなり大きな布だった。たぶん、今、ケニードの肩に巻いているのと同じぐらいの大きさだろう。

 体勢を立て直したあたしと、背後に来ていたアルトリートが見つめる前で、レメクはそれに自分の右手を乗せる。

 ──その瞬間、フッと左胸に熱がともった。

(……? なに?)


【この思いは我が思い】


 レメクが不思議な声で言葉を紡ぐ。

 それと同時、皮膚が一気に粟立つ。


【この願いは我が願い】


 紡がれる言葉にあわせて、空気がビリビリと震えだす。


【綿々と紡がれし血の系譜にかけて、我は我が願いのままに其を叶えん】 


 ざわり、と───

 周囲一帯が音もなくざわめいた。

(な……に……これ!?)

 何かの気配のような、密度のような、人の目には見えない、不可視の『何か』。

 それは圧迫感のようでもあり、ものすごく濃い空気のようでもあった。

 尋常ならざる現象に、アルトリートも驚いた顔できょろきょろと周囲を見渡している。普通なら体験することのない感覚だから、きっと驚いたのだろう。

 ……けれど、あたしにとって、この感じは初めてではない。

 あたしは思わず背筋を伸ばす。

 そう、初めてではない。

 フェリ姫に連れられて神殿に行った時、神々の間で感じた濃密な『何か』の気配──

 今感じているコレは、あのときの気配に似ている。

(これが……紋章の力……?)

 それとも、精霊とか、そーゆーモノの気配?

 レメクと出会うまで、魔法どころか魔術とかとも縁の無かったあたしだから、そこのところはよく分からない。

 だが、それよりも気になるのは……

(さっきのスゴイ魔術の時より……この、気配みたいなのを『強く』感じるのは──なんで?)

 あたしから見たら、光の模様がグルグル回っていたさっきまでのやつのほうが、ずっとずっとスゴイ魔術に見えた。

 なのに、今の方が体中がゾワゾワするほど、不思議な力の気配を感じるのだ。

 不思議なのはそれだけではない。

 ケニードの肩を治す時はたった一言だったのに、今のは最初に長い台詞を言っていた。

 もしかすると、あれがジュモンとかゆーやつなのかもしれない。

 だけど……あの派手な魔術の時は一言で、布に手をあててるだけの今のほうがジュモンつきっていうのは、どーゆー理由なんだろうか?

 首を傾げている間も、ザワザワする『何か』はその濃度を増している。

 それにあわせるかのように、あたしの体もどんどんポカポカしていった。

 何もしていないのに、トクトクと心臓もいつもより早めに動いている。

(……なんでだろう……?)

 あたしはレメクに問いかけの視線を向け──ポカンとなった。

(レメクの手に……)

 黒い模様が──

(浮き出てる……)

 まるで舞い散る羽毛のような、

 絡みつく蔓草のような──不可思議な模様。

 袖口で隠れている手首から、それは手の指に向かって走っている。一部は指の中程にまで達していた。

(あれは───)

 先ほど見た模様とは少し違う。

 けれど、それもまた『闇の紋章』の一部なのだと、誰に言われるまでもなくあたしは理解していた。

 なんと言うか、なんとなく懐かしいような、そんな感じがするのだ。

 たぶん、あたしに宿ってる闇の紋章の写しが、そーゆー風に感じ取っているんだろう。

 見つめているあたし達の前で、右手が触れている部分から布に闇の黒が浸食をはじめる。

 ソレは生き物のように蠢き、まるで急激に成長する蔓草のように、不思議な『流れ』にそってゆっくりと精緻な模様を描いていった。

 不思議で───どこか美しい光景だった。多分にレメクの外見の良さが影響していると思うが。

(あれが……紋章の力を写してる、ってやつなのかな……)

 見た目的になんかそれっぽい。

 ……アウグスタのデコチューとは、だい~ぶ違うんだな……

 いやまぁ、紋章によって写し方が違うとか、人間に写すんじゃなくて布に写すからなのかもしれないが。

 あたしは首をコテコテと左右に傾げ、ふとあることに気づいて自分の胸を見た。

 左胸にある、ちっちゃな闇の紋様を。

(……そーいや、今まで気にしたことなかったけど……)

 あたしがもらった闇の紋章の『写し』って、いったいどーゆー風にしてもらったんだろーか……?

 そもそも、どーやって瀕死だったあたしを治してくれたのかも実はサッパリだ。

(さっきのマホーみたいな紋章ぐるぐるをやってくれたのかな……あれー? でも、それだったらケニードにも紋様が宿っちゃうんじゃなかろーか……?)

 などとウンウン唸っていると、突然、周りに満ちていた『何か』の気配が消えた。

「みょ!?」

(なんで!?)

 驚いて顔を上げると、レメクがちょうど布の上から右手を下げているところ。

 その手にもった布には、ケニードに巻いている布よりも遙かに精緻な模様が浮き出ていた。

(う、うわ……うわー……闇の紋様ってすごく綺麗な模様なんだ……)

 正直、その模様は、魔術うんぬんを抜きにしてもスゴイ綺麗だった。

 細かな文字はまるで蔓草のようで、全体的には円形に近く、中心から外へと向かって広がっているようにも、中心に向かって収縮しているようにも見えた。

 レメクはケニードの布をほどき、すぐに新しい布を被せ、巻き付ける。

 一瞬だけ見えたケニードの肩は、異形でこそなかったものの、赤黒いものでひどく汚れていた。

 ──血だ。

「……おじ様」

「……なんです?」

「それをずっと巻いてたら、ケニードは治る?」

 あたしの問いに、レメクはただ口を閉ざす。

「……何もなかった時みたいに……治る?」

「…………」

「おじ様?」

 レメクは何も言わない。

 巻き終えた布の上に掌をかざし──小さく、ため息に似た嘆息をついた。

 そのどこか疲れを感じさせる顔に、あたしはふいに胸騒ぎを覚える。

 何か取り返しのつかない間違いを犯したような気がした。

 気づかないといけないことに、気づけなかったような───

(レメクは……)

 あたしは思わず手を伸ばし、レメクはケニードの見つめたまま、小さく唇を開いて──


「……駄目ですよ」


 止められた。

 静かな声と同時、後ろから伸びてきた白い手がレメクの手を持ち上げる。

 弾かれたように振り返る彼の後ろで、そのヒトは困ったような顔で微笑んだ。

 神々すら赤面しそうなほど、美しい顔で。

「私は言いましたよね? レンさん。……大人しくしているように、と」



「……お義父さん」

 一瞬怯み、息をのんだレメクは、すぐに表情を消して相手に向きなおった。

「ですが……」

「『ですが』ではありません」

 ピシャリとそれを遮って、そのヒトは凄まじい美貌を曇らせる。

「また無理矢理眠らされたいんですか? ……言っておきますが、次に力を使えば確実に倒れますよ。……今ですら、ほら、手を振り払えないぐらいに弱っているんですから」

 軽く持ち上げたレメクの手をプラプラさせて、ポテトさんは深い深いため息。

 それを渋い顔で眺めて、レメクもまた深い嘆息をつき──あたしは真っ青になった。

 そう──レメクは病み上がりだったのだ。

 あれからまだ、一日も経ってはいないのだ。

「……あんた……」

 あたし達のそんな様子に、アルトリートが不安そうな声をあげた。

「弱って……たのか?」

「ヨワヨワです」

 とは、ポテトさん。

 レメクの視線がちょっと泳いでる。

「……そこまで弱っては……」

「ついこの前まで死にかけていたのは誰です? 普通なら寝ていないといけない状態なのに、お嬢さんが心配で無理矢理起きて王宮に駆けつけたのは?」

「…………」

「あれだけ安静にしろと言っておいたのに、休むどころか紋章術なんて使ってさらに寿命縮めてるのは?」

 そんなレメクに向かって、ポテトさんはいっそう強い口調。

「子供の頃から何度も何度も言ってきた気がしますが、あなたは所詮、ただの人間なんです。魔力が強かろうが肉体がどれだけ鍛えられていようが、人間という枠組みは外れることがありません。強すぎる力を使えば使うごとに、あなたの命は削られているんですよ。無理を重ねれば尚更に、あなたの死は近づくんです!」

 逸らされた視線を無理矢理合わせさせて、ポテトさんは鋭い目でレメクを見据えた。

「私があなたに真名の一つを与えたのは、あなたにまとわりつく死を遠ざけるためです。なのに、あなたが自ら死に近づいてどうするんです?」

 レメクはひどく困ったような目でポテトさんを見つめ、ややあって「すみません」と呟いた。

 ポテトさんは渋い顔だ。

「……謝ってほしいわけではありません」

 そう苦々しく口にして、嘆息と同時にレメクの手を離す。

 珍しく心底嫌そうな顔で、彼はブツブツと呟いた。

「……どーして私の身近にいる人は、こう、手がかかるというか、目が離せないというか、不在だった十三年間、よくもまぁ無事でいてくれたというか……」

 ぶつぶつぶつ。

 そのままだと延々ブツブツ言ってそうなポテトさんをそのままに、あたしは困り顔のレメクを見上げた。

「……ねぇ、おじ様?」

「……なんです?」

「あたしじゃ、紋章術は使えない?」

「……あなたが?」

 レメクが不思議そうに首を傾げる。

 その手の甲を指さして、あたしは言った。

「さっきみたいなの、使えない? おじ様が無理をするのはね、あたし、イヤなの。あたしが使えるなら、おじ様は休めるでしょ?」

 レメクはあたしを見つめ──何故か絶句した。

「……お嬢さんが……ですか」

 呆気にとられているレメクの横で、ポテトさんが考える顔になる。どうやらブツブツ言うのは終わったようだ。

「……そう……ですね。使えないわけでは……ないですね」

「! お義父さん……!」

 血相を変えたレメクを片手で制して、ポテトさんは渋い表情で言葉を続けた。

「可能性の『有る』『無し』だけの話ですよ。……お嬢さん、あなたには、紋章術を編み出したクラヴィスという男の血は流れていません。ですが、メリディスの血がかなり濃いですから、魔法への親和性は高いです。クラヴィスとは別系統の力ですが、魔力も十分にあります」

 シンワセイとかベツケイトウとか言われても、何のことやらサッパリだ。

 だがしかし、なにやら肯定っぽい意見であることだけは分かる!

「じゃあ、使えるのね!?」

「駄目です」

「駄目!?」

 てゆか、さっきまでの肯定っぽい意見は何!?

「素質の問題でなく、器の成熟度の問題なんですよ。あなたのそのちっこい体では、紋章の力は強すぎます」

「むぅっ!」

 ちっこい、って……ちっこい、って……!!

 自分で言うのはかまわないけど、人に言われるとどうしてこうムキッとなるのか!

「しょーがないでしょー……お嬢さんはちっちゃいんだからー……」

 必殺ぽかぽか攻撃をはじめたあたしに、ポテトさんは遠い眼差しで困り顔。

「あれだけ食べてねぇ……いまだに縦にも横にも伸び出さないっていうのは、ちょっと問題だと思うんですけどねー、私」

「好きでちっちゃいんじゃないんだからッ!」

 ベッチンベッチン!

「分かってますよ。だからこそどーしたもんかと……」

 ベッチンベッチン!

「度胸と根性でどーにかなるもんなら、とっくにどーにかしてるんだから!」

「……あのー……そこは普通、努力とかそういうのがくると思うんですけど……ついでに、愛嬌とか可愛らしさとかは介入しないんですか? そしてジャンプしてまで私の尻を叩きにくるのはやめてください」

「ヨイ尻です!」

 もちろん、レメクの尻だってコレに負けないぐらいスバラシイもんですが!

 目をキラリと輝かせたあたしに、未だかつて無いぐらい真面目な顔になるポテトさん。

「ねぇ、レンさん。私思うんですけど……」

「言葉は不要です」

 なぜだろう。

 あたしを見る義理親子の眼差しが、果てしなく遠い気がする。

「えー……まぁ、それはともかく」

 ゴホン、と嘘くさい咳払いをして、ポテトさんがあたしに向き直った。

「そんな感じの理由で、今のあなたには紋章は宿せません。宿せない以上、紋章術は使えないわけです。まぁ、紋様術だったら、習得さえすればそこそこ使えるでしょうけどね」

「……もんよーじゅつ?」

 言われて、あたしはケニードの肩に巻かれた布を見つめる。

「これ。紋様術?」

「え? えぇ。紋様術ですよ」

 よし!

 ポテトさんの返答に、あたしは目をキラリンと光らせた!

「はい、ソコ、待ちなさい。知識も無いのにいきなり難しい紋様術にチャレンジしなーい」

「ぅぎょっ」

 ぴょいっとケニードの肩に飛びつこうとしたあたしをポテトさんが猫でも摘むようにして摘み上げる。

 てゆか、首! 首ッ!

 なんで襟首つかんで持ちぐぇえ……!

「お義父さん! なんて持ち方をするんですか!」

 釣り上げられたあたしに、レメクが慌てて救いの手を伸ばす。

 ポテトさんはキョトンとした顔だ。

「……あれ? 時々あなたがやってるのを真似してみたんですが」

「持ち方にはコツがあるんです! その持ち方では首が締まるでしょう!」

「「……コツが……」」

 ポテトさんとアルトリートが同時にボソリ。

 ……てゆかアルトリート。静かだったから居たの忘れてかけてたよ。

 そのアルトリートは、なにやら強ばった顔でポテトさんを見つめている。

 気づいたポテトさんが視線を向けると、後ずさりかけながらも意を決したように口を開いた。

「じゃ……じゃあよ……ちみっちょじゃなく、俺なら、どうなんだ?」

「…………」

「使えねぇのか?」

「…………」

 ポテトさんは沈黙する。

 助けに来てくれたレメクの体に張り付きながら、あたしはポテトさんを振り仰ぎ──

「!?」

 ゾワッ! と、全身を総毛立たせた。

「……そう、ですね……」

 ポテトさんの表情は先程と変わらない。

 変わらないはずなのに、あたしの目には、ソレは薄ら寒くなるような笑みに見えた。

 そう──

 まるで、人を誑かす悪魔のような──

「……あなたであれば使えるでしょう。クラヴィスの血統であるあなたなら」

「なら……!」

「けれどそれは、正しい知識を学んでいればの話です」

 薄ら寒くなるような笑みを口に浮かべて、ポテトさんは目を細める。

 なにやら悪巧みをしてそーなワル顔だが、今まで見てきたポテトさんの中でサイコーに美人顔だ。

「……今の俺じゃ、役に立たないってことか」

「えぇ、今のあなたでは、まず無理です」

「…………」

 ポテトさんの言葉に、今度はアルトリートの方が沈黙する。

 一瞬浮かんだ沈痛な表情を見れば、彼がそれに一縷の望みをかけていたことは明らかだった。

 彼もあたしと一緒なのだ。

 もし自分で何かできることがあるなら、それをしたいのだ。

 ──ケニードのために。


「……願いますか?」


 そのタイミングで、ポテトさんは声をかけてきた。

「彼に起きた『災い』を無に帰したいと願いますか? 人の手では叶えられない奇跡を起こしたいと」

 誰もが願うだろうその『奇跡』を──

 まるで願えば叶うかのように囁いて、ポテトさんは微笑した。

 恐ろしくも美しい、その壮絶なる美貌で。


「──この『私』に」







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