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対オジサマ攻略法!<闇の王と黄金の魔女>  作者: 関根麻希子
陰謀の章<虚飾の玉座編>
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1 人としての在り方

※※※

 昔、あるところに、とても美しい女王様がいました。

 女王様の元には、毎日山のような恋文が届きます。

 求婚者は退きも切らず、その列は玉座の間から遙か城門の向こうまで続くほど。

 隣国はもとより、大陸中の強国から縁談が押し寄せるにあたって、ついに女王様はこう仰いました。


 私の夫となる男は、

 この大陸で最も生命を尊び、

 生きることの全てを知る者である──と。


 その頃、ちょうど女王様の国には隣国の王太子が来ていました。

 王太子は言います。


 我が国は生命の木を抱き、命の水の沸く場所です。

 この大陸の果てまで見渡しても、我が国以上にあなたの出した条件を満たす場所は無い。

 どうか私と一緒に、二つの国の王となってください。


 王太子は女王様を心から愛していました。

 女王様も王太子を憎からず思っておりましたが、彼女の答えは『否』でした。


 隣国の王の子よ、

 貴殿の国は生命を抱き、生命の水を得ていても、

 その全てを知ってはいない。

 それは恩恵を受けているだけ。


 女王様の愛を得られなかった王太子は、それでも諦めきらずに求婚し続けます。

 けれど女王様が彼に振り向くことはありません。

 周囲も半ば諦め、半分の者は王太子をなだめました。

 けれどもう半分は、誰の手もとらない女王様を諫めました。

 彼女の前には山のような財宝と、山のような美辞麗句が並んでいます。

 女王様はただ微笑んで、それらを眺めているだけです。

 決して誰のものにもならない女王様に、しだいに他国の王子達は気づきはじめました。

 彼女は条件の全てを満たす相手以外、決して認めはしないのだと。

 強く美しく豊かな国と、誰よりも美しい女王様。

 誰のものにもならないのなら、それで諦めようと、彼らは一人また一人と帰っていきます。

 彼らには彼らの国があり、彼らの仕事があるのです。いつまでも女王様の前に跪いているわけにはいきませんでした。

 けれど彼らが全員、一人で帰ったわけではありませんでした。

 なかには、女王様の近くにいた姫君を伴って、自国に帰られる王子様もいました。

 そんな中、かの王太子だけは諦めきれず、ひたすら女王様に求婚をし続けました。

 最初に求婚してから、何度季節が変わったでしょう。

 その長い長い日々に、女王様の国の民も、王太子の国の民も、このままでは終われないと思いました。

※※※


「けれど、『女王様』が振り向くことはありませんでした。どれほど月日が経っても、です」

 悠然と足を組んで、ポテトさんはそう語った。

 王宮、青の間、寝室の一角。

 大きな窓から差す日差しは、朝ということもあって少し柔らかい。

 ポテトさんが座っているのは、そんな窓際の大きなソファだった。顔は逆光で見えないはずなのだが、何故か煌めくウツクシサである。

 あたしはパンを咀嚼しながら、ふんふんと相槌をうつ。

 あたしが居るのは暖炉前の応接セットで、大理石の机には銀食器がずらりと並んでいた。もちろん、中身はとっくにあたしの胃の中である。

「国同士で考えれば、お互いの力は伯仲。けれど一方は女王で、一方は王太子。国を継いでからならともかく、継いでもいない王子では立場が弱い。おまけに、『女王様』の国は年々国力を高めていましたからね。別に、王太子と結婚しなくても困らなかったわけです」

「じゃあ、フッたんだ?」

「まぁ、結論だけ言えば」

 どこか苦笑めいたものが口調に混じる。

「けれど、互いに大国同士。ああも長くなると、一方がずっと求愛し続けていたのに、片方が完全に無視、というわけにもいかないんです。面子というか、体裁というか……国民の感情というか」

 影になっている顔の中で、亀裂のような笑みがチラリと覗く。

「そのままでいれば、両国間の軋轢は必至です。すくなくとも、王太子の国は『女王様』の国に対し、悪い感情をもつでしょう。『女王様』の国としても、そんな事態は遠慮したい。……最終的には、王太子は他国の王子と同じように、『女王様』の傍にいた姫君の一人を伴って帰国されることになりました」

 ふむふむ。

「それが、バルディアに第一王女が嫁ぐことになった事の顛末です」

 ごっくんこ。

 パンの塊を飲み込んで、あたしはポテトさんをジッと見た。

「……身代わりに、お嫁にいったの?」

「さて? そのあたりの解釈は、人によって違いますからねぇ……両国の安寧のために自ら志願したとか、つれなくされた王太子を慰めているうちに恋が芽生えたのだとか、弱っている王子に言い寄ったのだとか、高官の誰かに言われて誘惑しに行ったのだとか、まぁ様々です。ただ、その結果として助かったのは事実ですし、ご主人様などは、未だに自分に責任があるとか言ってますけど」

 ご主人様というのは、もちろん我らが女王アウグスタのことだ。

 けど、『責任』って、なんでだろう?

 王太子に惚れられちゃったこと?

 ウツクシサは罪、とかいうやつだろうか?

「あぁ、違いますよ。レンさんのことですよ」

 勝手にあたしの頭の中を読み取って、ポテトさんはチョイチョイとベッドの方を指さした。

 そこに転がっている巨大な布団のグルグル巻きに、あたしは首を傾げる。

「おじ様のこと?」

 巨大芋虫のような物体には、あたしの大事な大事なレメクが封入されていた。ピクリとも動かないところを見ると、どうやらまだ気絶、もとい昏倒しているらしい。

 あたしを心配して養生を渋った押し問答の結果、ポテトさんに無理やり眠らされてしまったのである。

 ……にしても、ハグ二秒で気絶って、どんな魔法なんだろうか。

「ん~……もともと、レンさんにあの姫とつきあうよう命令したのは、ご主人様なんですよねぇ」

 ……なんと!?

 慌てて振り返ったあたしに、ポテトさんは何故か頭を掻きながら視線を逸らす。

「なんと言いますか……レンさんはね、昔っから妙に冷めてるというか、生きてるのに生きてないというか……目を離した隙に、いつのまにかどこかで永遠に眠ってそうな人でして……」

 ……なんかひどいこと言ってる。

「でも、すごいしっかりしてると思うんだけど……生活とか」

「『決められたルールを守って生活している』だけだからですよ。起きて、食べて、仕事して……そういう、誰かから『ちゃんと実行するように』と命令されたことをこなしているだけの生活です」

 言われて、妙に規則正しかったレメクの生活を思い出した。

 起きる時間とかご飯の時間とか、そういえばいやに定刻だった気がいたします。

 ……い、いや、あたしがだい~ぶ、ぶち壊しにしちゃってたけど。

「まぁ、ベラやご主人様がそうやってでも、あの子を生かしたいと思ったのは当然ですけどね。……けれど、そんな生活がどれほど『しっかりして』いても、心がこちら側に無い状態では、生きているとは言えません。なんというか……ある意味、神や精霊の領域なんですよね、ああいう『在り方』は」

「あたしから見たら、お義父さまのほうがそれっぽいんだけど……?」

 あたしの言葉に、お義父さまは小さな苦笑を零した。

「『私』に面と向かってそう言えるのは、あなた達ぐらいですよ、本当に……。けれど、残念ながら、今の私はそう呼ばれるような生き方はしていません。……お嬢さん、この大陸で信仰されている『教え』、宗教と呼ばれるものは、なんだと思います?」

「えぇと」

 あたしはちっこい脳みそをしゃかしゃか振って、レメクから教わった言葉を取り出した。

「たしか、『多神教』って」

「ええ。『神は万物に宿りて我々のすぐ傍らに在り』……世界のありとあらゆる場所に宿る力、神秘、人の手には負えぬもの、その理解を超えたもの、それらを指して人は『神』と呼びました。ずっと昔から……」

 けれど、と呟いて、その目元にわずかな憂いを浮かべる。

「時に、人は神々にまでも優越をつけたがります。かつてこの大陸には、人の創りだした『神』のみが正しいという教えが広まったことがありました。三番目の統一帝国が生まれるより前の話ですが」

「人の創り出した神?」

 あたしはきょとんとする。

 神様って、人の手で作れるんだっけ?

「簡単ですよ? 人の世の仕組みにあてはめればいいんです。唯一人の王を頂点として、他は皆平等。そんな感じです。崇めるべきなのは唯一神。それ以外に神はいない。いるとすれば、それは邪神。そうやって、他の教えを否定し、弾劾し、滅ぼし去って大陸中に広まっていった教えがありました。……まぁ、後に完全に否定されてしまったわけですが」

「ふぅん?」

「あ。反応薄いですね。いちおう、その時のいざこざで、三回目の大陸統一戦争が勃発したんですけど」

「そうなの?」

 よくわからないが、なんかけっこう大事(おおごと)のようだ。

 それにしても、大陸統一戦争──って、どんだけ昔の話なんだろーか?

 どっかの劇団が、昔、劇にしてたような気はするのだが、内容は難しくて覚えていない。

 第一、戦争があったのは、ナスティアが誕生するよりもずっとずっと昔である。

 大陸中の言葉が同じなのは、三回も統一されたことがあるせいだ、とかは、世界中を巡る船乗りのにーちゃん達から聞いたことあるが──

 正直、戦争の発端とかまでは知らないし、今まで興味も無かったりする。

 大昔の話を知ってても、腹は膨れたりしないのである。

 なんか、うちの母さんは言い伝えとか大好きで、時々寝物語にどこそこの国がどーとか、いろいろ話してくれたが、なにせ当時のあたしは五歳未満である。内容などほとんど覚えていなかった。  

「まぁ、もうずいぶん昔の話ですから、あんまり伝わってないんですけどね。もともとは、虐げられた他宗教の人々、とりわけ魔法使いと呼ばれる人々が手をとりあって、自分達を殺しに来る人々の力に抗ったのが最初です。それが国を巻き込む争いに発展し、それを助けた魔女と、その魔女を慕う人々とで大陸のほとんどがまとまり、結果として大陸中が一つの大きな国となりました。それが第三番目の帝国ベルナディです」

 ……ん?

 あたしは首を傾げた。

「なんか……その名前、どっかで聞いたような……?」

 どこで聞いたんだっけかな?

「レンさんから教わったのでは?」

「……そうだったかな? それより、昔、そういうシューキョーがあって、今無いってことは、そっちの教えのほうが滅ぼされたってこと?」

「厳密に言うと、無くなったわけではありません。信じる者がいる限り、教えとは伝えられていくものですからね。今も大陸の一部では信仰されていますよ。多神教というのはね、本当に沢山の神がいるんです。面白いことに、他の宗教の神もまた、崇められるべき神なのですよ。たとえ人が己の都合によって創り出したものであっても」

「ふぅん……」

 曖昧に頷いて、あたしは(あれだろうか?)と似たような状況を思い出した。

 昔、宿のおねーちゃん達が、別の地区の宿のおねーちゃん達とシマの問題で争った後、『ふん。あんたらも同じ立場なんだ。昨日までは敵だが、今日からは仲間だよ』と言って戦いを収めちゃったコトがあったのだ。

 どうやら、神様をあがめてる人達の世界も、宿のおねーちゃん達と同じようである。

「……イエ。その納得の仕方はどーかと思うんですが……」

 なぜかポテトさんが遠い眼差しでぽそぽそ言う。

「でも、敵も自分と同じ立場だって認めたり、最後までバシッとやっつけちゃおうとしなかった、っていうのは同じよ?」

「そう考えると、違うとは言えませんね……。宿のおねーさん達もなかなか侮れないものです」

 なにやら感心したように言うポテトさん。

 あたしは我が事のようにエヘンと胸を張ってみせた。

 なにせ、彼女はあたし達孤児の『お母さん』や『お姉ちゃん』のような人なのである。

 しかし──

「でもね、あたし不思議なの。向こうから仕掛けてきて、戦いが起こって、それに勝ったのに、どうして相手をコテンパンにしちゃわなかったんだろう、って」 

 あたしの疑問に、ポテトさんは軽く微笑んだ。

「それをしてしまうと、過ちを犯した者──戦いを仕掛けてきた相手と、同じことになるでしょう? 誰かを虐げるために戦ったわけでも、仕返しがしたくて戦ったわけでも無いのなら、最後まで拳をふるい続ける必要は無いんです」

「……ふぅん?」

 よくわからなくて、あたしは首を傾げる。

 ポテトさんはそんなあたしを見下ろして、苦笑を深めながら言った。

「統一戦争の時も同じですよ。人は、争うために生まれ、生きているわけではありませんからね。だから、誰かの思いや、祈りまでも踏みにじるような真似はしなかったんです。例え、自分達がそれをされてきたのであったも、ね。……だからこそ、大陸が一つにまとまったんです」

「一つに……」

「ええ」

 ポテトさんは微笑う。

「魔女も、魔女の元にあった者も、国を一つにまとめようとか、大陸を制覇しようとか、そんなことは思っていなかったんですよ。けれど、世界はそれを望んだ。望まれたが故に、それは成った。ゆえに帝国は生まれた」

「む?」

 よく分からない。

「其れは望む者には決して与えらないものであり、無欲な者だけが頭上に頂くことのできる宝冠なんですよ。いつの時代でも、人を征服しようなどと思う人のもとには、至高の冠は与えられないんです。簡単に言えば、大陸を統一しようなんて思う人には、決して大陸を統一することなんてできないということです。欲望でもって纏められるようなものでは無いんですよ。世界というものはね」

 どこか誇らしげに言うポテトさんに、あたしはただ首を傾げる。

 ジーッと見つめていると、何故かコホンと嘘くさい咳をされた。

「まぁ、それはともかく。話を戻しますが、神というものは、本来どこにでも存在するものなんです。そこの暖炉にも神はいますし、あなたの右手につかまれたパンにだって神はいます」

「のぉ!?」

 この、白くてもちもちのパンに神様が!?

「とはいえ、そこにいる神が何か有り難い訓辞をくれたり、語りかけてくれたりするわけではありませんよね? 何らかの意志をもって行動をするわけでもありません。けれど、確かにそこに在る。この世界を形成する万物こそが神であるのならば、それが自然なのです。わかりますか? 個としての意志のない存在、個人としての意志の無い強大な力。決して唯人の手に負えない者」

 つまり──?

「それが、神。そういう意味では、昔のレンさんはどちらかというとそういう存在なんですよね。下手したらあっちの世界にいっちゃってたんじゃないですかねぇ? 時々、本当に人間から神の位にまで達する人っていますしね」

 あわわわわ。

 あたしは慌てた。正直、言われた言葉の意味は半分も理解していないし、半分以上は垂れ流しだったのだが、レメクがあっちの世界にいっちゃってたかも、というのだけは聞き逃せない。

「じゃ、じゃあ、早くおじ様こっち側にたたき落とさなきゃ……!」

「……たたき落とすんですか」

 そうと気付けば一撃必殺!

 あたしは椅子から飛び降り、呆れ顔のポテトさんに見守ってもらいながら、芋虫レメクへと向かって突撃した。

 ベッドに飛び上がって、デンと伸びているソレのど真ん中にジャンピングあたーっく!

 とーぅ!

「過去の話であって、今はもう大丈夫ですよ?」

 どぉんっ!

「……! ……!!」

 ……なにか、

 あたしの体の下で、

 くぐもった悲鳴があがったよーな……

「……今、どこに体当たりしましたか? お嬢さん」

 何故か青い顔でお義父さまが中腰。

「わかんない。お布団分厚いから。……体の真ん中っぽいトコ」

 ポテトさんが内股になりました。

「ぶ、無事だと、いいんですが……というか、お嬢さん、あなたも反転付加属性なんですから、レンさんみたいな相手に突撃するのはやめたほうがいいですよ。下手すると周りが大惨事です」

「ハンテンフカって?」

 何故か小刻みに震えている巨大芋虫巻きをナゼナデしながら、あたしはポテトさんへと視線を向ける。

 彼のお話は知らない言葉がいっぱいだ。

 ポテトさんは非常に気遣わしげな目をレメクにチラチラ向けつつ、ぷち悪魔でも見るような目であたしを見て言った。

「人がもつ属性の一つですよ。例えば、魔術で言うとどの魔術と相性がいいか、という形であらわれます。血統魔術はクラヴィス族が紋章術で、メリディス族が音声魔術ですが、個人でその能力に差があります。例えば、火の扱いが上手いとか、水を操るのが上手いとか、そういう形ですね」

 初耳だ。メリディス族って、オンセイマジュツとかいうやつなのか。

 にしても、オンセイってナンダロウ?

「声ですよ。音と、声で、音声」

 ……叫ぶんだろうかナ?

「その辺りのことは、またレンさんにお聞きなさい。彼には三十余ある民族の、全ての属性について教えてありますから。──で、魔術がそうであるように、肉体にも属性があります。ただし、こちらは一族の縛りは無いようですね。全く別の国の者であっても、持ち合わせている属性ですから」

 ……えーと?

「誰でも持ってる体の特徴、と覚えるのがいいいでしょう」

 なるほど。

「例えばたいていの人は『耐性』属性です。これは、一度受けた力に対して耐性がついて、次に受ける時にはダメージが軽くなるんですね。徐々に打たれ強くなっていく体、と覚えるといいでしょう」

 ふむふむ?

「稀に現れるのが『物理無効』属性です。これは、名の通り物理攻撃が無効となります」

「……ブツリ攻撃って?」

「ああ、失礼。拳などの打撃や、剣などの斬撃などの攻撃です。肉体に与えられる痛みの類と考えてください。それらが無効になるわけですから、火や水や毒でないと相手を倒せないということですね。北の大雪原に住む屈強な一族には、時折この属性の持ち主が出ます」

 あたしは遠くに視線を馳せながら首を傾げた。

 ……それって、無敵なんじゃなかろーか?

 どんなに叩いても蹴っても駄目なうえ、武器が効かないだなんて、いったいどんな人外魔境なのだろうか?

「でも、火や水は効きますから、完全に無敵というわけでは無いんですよ。言ってしまえば、外側が異様に硬いだけ、という特徴です」

 相変わらず勝手に心を読み取って、ポテトさんがニコニコとあたしの無敵説を砕いてくれた。

「さらに稀に出るのが『反射』属性です。これはある意味、攻め手には嫌な属性でしてね。持っている人にとっては、自分に与えられるダメージが、そのまま相手へと返るという──言ってしまえば自動的なカウンター攻撃です。魔術の方でも反射属性というのがあるので、それと区別するために『物理反射』属性と呼ばれるますね。──ただし、反射できる力には限界があるようで、かつて竜殺しの名で呼ばれたゲテルハイドが最後の戦いで古代竜に殺されてしまったのは、自身の『反転』属性への過信だと言われています。……えぇと、ゲテルハイドの竜殺しの話は知っていますか?」

 頭を抱えていたあたしは、知っている話題にパッと顔を輝かせた。

「お伽話で聞いたわ!」

 宿のおねーちゃんが、『お客サン』のいない時にそういう話をしてくれたのだ。

「邪悪な刃は我に届かず! その刃は汝そのものを傷つけるであろう! とか言ってた英雄ね!?」

「そうです。そして、それが『反射』属性の特徴です。で、跳ね返せる力には限界があるので、限界以上の力がくると、限界を超えてる分だけは自分にあたります。この特徴は、本人がどれだけ自分の能力に溺れずにいられるかが重要になるんですよね。ゲテルハイドは駄目だったわけですが」

 英雄さんも、ポテトさんからすればダメダメな人らしい。

 ……あたし、ちょっぴり憧れてたんだけどな。

「『反射』と同様、稀に現れる属性が『反転』属性。これは、立場がひっくりかえる、という意味で名がつけられました。受けた攻撃を反射するだけでなく、自分が攻撃する時でも、相手の力そのものを自分の力として使用することができます。簡単に言えば、相手の力をそっくりそのまま自分の力にしてしまえるわけです。拳闘士と戦えば、拳闘士の力が手に入ります。戦ってる間だけは、ね。ただし、技術までもらえるわけではなく、ただ拳の強さなどがもらえるだけですけど。かわりに最大の力が常時使える状態なので、ある意味無敵に近いです。防御もたいていのものは反射してしまいますしね」

 よく分からないが、なんか最強っぽい。

 説明が長いのは、きっとそのせいだろう、うん。

「……理解してないのですね?」

 ぎくっ。

「まぁ、簡単に言えば『モノマネ』ですよ。技術とは経験に基づくものですから、真似することはできません。ですか、力という単純なものは真似できます。例えば、あなたの友人であるバルバロッサ卿。彼は人間にしてはかなりの強者です。で、そんな彼と、『反転』属性持ちの普通の女性が腕相撲した時、どちらが勝つと思いますか?」

「バルバロッサ卿」

「と、思いますよね? けれど、『反転』属性がある限り、彼女はバルバロッサ卿のもつ最大時の力を使うことができる。──つまり、引き分けです」

 なんと!?

「とはいえ、やっぱり『反転』できる力にも上限はありますからね。これらの上限は、肉体の鍛錬度でそれぞれ異なります。それを考えると、鍛えていない者が属性で得た強い力を振るおうとすると、未だかつて無い力に振り回されて意識を失ってしまう、という現象も納得できますね」

 ……うふふん。よく分からないのです。

 たぶん、自分で身につけてない力は、どれだけ与えられてもちゃんと扱えないってことだろう、たぶん。

「それになにより、あなた達が持っている属性はもっと凶悪です。『反転付加』。名のとおり、相手の力を自分の力に上乗せして使用します。さくっと言えば、あなたとレンさんが戦った場合、あなたの拳には、自分自身の力に加えて、レンさんの力までもがプラスされてしまうわけです」

「…………」

 あたしはチラとぴくぴくしている芋虫巻きを見て、ちょっぴり額に冷や汗を浮かべた。

 と、いうことは……?

「今の、あたしの、攻撃って……?」

 おじ様の力も、プラスされちゃってた、と?

「あぁ、大丈夫です。同じ属性同士の場合、互いの体に及ぼす効果は消えますから」

「そ、そうなんだ?」

「ええ。ただ、攻撃がズレて地面とか叩いちゃうと、地面が陥没したりしますよ」

 その一言に、あたしは大きく目を瞠った。

 閃いたのは、一月半前の出来事だ。

「あーッ! てことは、あの破れフライパン!」

「……破れフライパン?」

 きょとんとしたポテトさんに、あたしはかつて孤児院騒動の時に手にしていた武器と、陥没した地面の話をした。

 ポテトさんはあきれ顔だ。

「……それは、まぁ、普通に、そのキンニクダルマの最大の力があなたの力に加わって、引き起こされた現象でしょうね。……というか、下手したら大惨事ですよ?」

「……ぅ」

 確かに、あの力がそのままあの大男に向かっていたらと思うと……

 か、考えると怖い状況なのであります。

 ……攻撃があたらなくて、よかったかもしれない。

「とりあえず、私やレンさんと戦ってる時に、私達の体以外を叩くのはやめましょうね。……対象が木っ端微塵、ではすみませんから」

「……あい」

 しゅん、と俯き、あたしは自分の小さな手を見下ろした。

 いつだってあたしの戦いに貢献してきた、ちっこい拳を。

「あのね、ポテトさん」

「なんです?」

「あたしね、昔から不思議だったの。孤児院での生活って、自分達を守るために、いろんな人と全力で戦わないといけなかったのね。その中で、あたし、強い相手にだって最後には勝ててたの。そりゃ、こっちもボロボロになったけど……。仲間内でいたときは、特別力が強いわけでもなかったし、なにか習ってたわけでもないのに。なんでだろうな、って……ずっと思ってたの」

「…………」

「全部、そのハンテンムカとかいうやつのおかげだったのね? だから、ちっちゃいあたしでも勝てたのね?」

「『反転付加』です。……が、まぁ、想像する限りそうでしょうね。けれど、お嬢さん。一つだけ言わせていただければ、そんな属性があったから、戦いに勝てたわけでは無いと思いますよ」

 口の端に笑みを浮かべて、ポテトさんは穏やかに目を細めた。その顔は、びっくりするぐらい印象がレメクに似ている。

「決して諦めない、あなただからこその勝利ですよ」

 その笑みに、あたしもニコッと微笑みを返した。

「女は度胸と根性よ!」

「やー……本当に、うちのご主人様とそっくりですよあなたは……レンさんの好みも、やっぱりこっちなんですねぇ。どこまで私に似てくれちゃってるんでしょうか、あの子は」

 なんとも言えない笑みのポテトさんに、あたしはハタと気付いてベッドから飛び降りる。

 全力でソファに突撃すると、ポテトさんが大慌てで身構えた。

「お義父さま!」

「なんです!?」

 足がちょっぴり内股気味。

「バルディアの王太子妃と、おじ様の話ッ」

「あ。あぁ、そういえば、そんな話からでしたね、最初は。まぁ、(まと)めると、レンさんのほうにはぶっちゃけ恋愛感情無いんですよ、綺麗さっぱりこれっぽっちも」

「…………!?」

「誰に対しても執着しないし、なんだか生きてるっていう感じもしないし、誰か一人だけでもレンさんとずっと一緒にいてくれる人いないかな、と思って、いろいろぶつけたりしてたんですけど……」

「『ぶつける』?」

「えー、いえー、まぁ、そのイロイロと。それはともかく、そんな中でとあるお嬢さんがレンさんにご執心。昔から知っているお嬢さんだし、これはと思って一の姫に迎えてレンさんの攻略に向かってもらったのですが……あえなく玉砕いたしました。それだ元第一王女です」

 あまりと言えばあまりな真実に、あたしはあんぐりと口を開けて固まった。

 あの、顔もかなり綺麗で胸もバボーンッのお姫様でも駄目だったのか……

「でも、一の姫はずーっとレンさんのこと好きでしてねぇ。……最後の方は、なんだか歪んじゃってましたけど。けど、レンさんは誰にも執着どころか興味も無さそうで……命令だから一緒にいます、っていう感じでね。あればっかりは本当に……ちょっと、どうかと思いましたよ。いや、私も決して人のコト言えないんですが……というか、だからこそだいたいのところは分かっちゃったりするんですが……」

 言って、ポテトさんは深々とため息。

 ……なんか、聞けば聞くほど、あの王太子妃が不憫になってきた。

「どうしたところで無理だからと、一の姫には諦めてもらったんです。その頃には、ご主人様の『娘』も沢山増えてましたしね。それぞれに見合わせましたけど、誰にも興味無さそうでした。一番よく話してたのは、たしかナザゼル姫で……けっこう仲が良かったんですけどね。あの方はもともと最初から他に婚約者いましたから、レンさんの婚約者候補から除外してたんです」

「……? おじ様の、婚約者候補?」

「ああ」

 首を傾げたあたしに、何かに気付いたらしくポテトさんが大きく瞬きをする。

「そういえば、話してませんでしたね。もともとご主人様が養女を迎えようとしたのは、レンさんの婚約者を作るためだったんですよ。最終的には違う所にお嫁に行っちゃう形になりましたけどね。第三王女までは、完全に候補者でした。第四のナザゼル姫と、第五のナフタル姫は亡命をきっかけに迎え入れた王女で、それ以降の姫は政略のための同盟者ですね。あわよくばレンさんの心も射止めてくれることを祈ってたのですが……まぁ、そっちは無理だったようですが」

 ……えーと……

「……アウグスタって、そんなに、おじ様を手元に置きたかったんだ?」

 そのために、わざわざ養女まで迎えるほどに?

「そりゃあねぇ……。普通に考えても、ちょっと手放せないでしょう。持ってる力も強すぎますし。ご主人様にとっては、大事な大事な大事な大事な子供ですし。前にも言いましたけど、あなたを王女に迎えたのも、そういう理由なんです」

「? あたしも?」

 なんかあったっけ……って、ああ!

「そっか。あたし、掟でおじ様のこと縛っちゃってるもんね」

 おおいに納得したあたしに、なぜかポテトさんは半苦笑。

「まぁ、そういう掟のこともありますしね。一番の問題があなたで解決したから、ご主人様達もすごく安心してるんですよ」

 なるほど。メリディス族の掟がある限り、レメクはあたしのお婿さん。アウグスタからすれば、やっと成功した、というところなのだろう。

 そう考えると、宰相閣下や女官長や料理長があたしに優しかった理由も理解できた。

 フンフンと頷いているあたしに、ポテトさんは目元を和らげる。

「それだけでは無いんですけど……まぁ、そのあたりは追々、でしょうね」

「?」

 ポテトさんの言葉は、相変わらず意味不明だ。

「感謝していますよ、お嬢さん」

「んぉ?」

「あなたのおかげで、今、レンさんは人としての在り方で生きています。今のあの子を見て、生きてないようだと評する人はいないでしょう。それは紛れもなく、あなたが起こした奇跡ですよ」

 奇跡とまで言われてしまった。

 あたしはそろそろとベッドに転がる芋虫巻きを見る。

「……あたし、少しは、役にたってる?」

「ええ。この上なく」

「おじ様の邪魔になってない?」

「レンさんは、決して邪魔だとは思わないはずですよ。自信をもって断言できます」

 そのヒトの神々しい笑顔に、あたしはくしゃりと笑みを浮かべた。

「……よかった。あたし、おじ様にいっぱいいろんなものもらってるのに、何一つ、役にたててないから」

 大きな綺麗な手が伸びてきて、あたしの頭を優しく撫でる。

 それは少しだけレメクに似ていて、なんだかちょっと泣きたい気持ちになった。

「ねぇ、お嬢さん。何かをしなくては役にたったことにならないなどと、誰が決めたんですか? レンさんはね、あなたに沢山のものをもらっていますよ。あなた達は、互いにそこに在るだけで、沢山のものをお互いに与えあっているんです。……自信を持ちなさい。あなたは、誰よりもレンさんに必要な人ですよ」

 ポテトさんの声に、あたしは目元をグイとぬぐった。

 けれど思う。

 本当に、そうだろうか? と。

 そういう人に、なれているだろうか? と。

 アウグスタのように堂々と、ポテトさんのようにしっかりと、レメクの心の中に在る人になれているだろうか? と。

 あたしは俯きかけ、グッと唇を噛んで顔を上げた。

 俯いていてはいけない。

 顔を上げて、前を向いて、しっかりと立たないといけない。

(……レメク)

 ポテトさんやフェリ姫から教わった。

 その人に誇れる自分であるためにも、そして何よりも大切なその人のために、ビシッと格好良く生きなきゃいけないのである。

(そうしたら、いつの日か、アウグスタやポテトさんみたいに、レメクの大事な人の中に入れてもらえるかな?)

 グッと握り拳を握ったあたしに、ポテトさんが穏やかに笑う。

 その視線の向こうで、コロリと、芋虫巻きが一回転していた。


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