プロローグ
世界が翳った。
時は止まり、空気は凍り、あらゆる全てが歪に歪む。
目に映る全てのものが、暗く歪んだ世界に落ちる。
血の気を失った白い顔。
──レメク。
力無く投げ出された四肢。
──レメク!
呼んでも答えないその人。
──レメク!!
あたしは手を伸ばした。目の前にある光景が信じられなかった。
さっきまで話していたのだ。一緒に歩いていたのだ。すぐそこにいたのだ。抱きしめてくれたのだ。
なのに。なのに、嗚呼──神様!!
「ぁ」
音がした。
「ぁあ」
引きつった音が。
「あ…ああ……ぁあああああッ!!」
世界を引き裂く音が。
喉は痛く、灼けつくように熱く、頭はガンガンと割れるような激痛に襲われる。
痛い!
痛い!!
死んじゃう!
死んじゃう!!
(レメク!)
「レメク!!」
痺れたように感覚を失ったあたしの手が、尋常ではなく熱いレメクの体を揺する。触れているのに、その熱しかわからない。指先も掌もピリピリと小さく痺れて、触れているはずのレメクがわからない。
「レメクッ!!」
目も喉も胸も灼けるように熱くて痛くて、まるでそこから血が流れているようだ。
力を失ったレメクの体は、あたしの力に簡単に揺すられる。
何の抵抗もなく、何の反応もなく。
ただ(まるで)揺すられて(物のように)……
モノ ノ ヨウニ
あたしの喉がひきつった。
頬を伝う熱いものにふいに気づく。
目の熱は涙だった。喉の熱は叫び続けたせいだった。胸が痛いのは壊れそうな心のせいだった。
どうしてか。
そんなこと、わかってる。
わかっているのに、気づかなかった。
あたしの体が動いた。
息を吸った。意識の無いままに。
凍った心のかわりに、本能のようにそれがあたしを突き動かす。
考える間もなく、ただ叫ぶ。
たった一つ。彼を助けるための魔法を。
与えられた奇跡の術を。
「アウグスタ!!」
──そして、奇跡は発動した。