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5 ナスティア大法官

 入ってきたオジイサマと入れ違いに、バルバロッサ卿が休憩所から退出した。あたしは思わず目でそれを追う。

(え。バルバロッサ卿、なんで外に?)

 そして気づいた。

 垂れ幕のように広間とこちらとを遮断している淡い布の向こうに、それとわかるほどの人だかりができていることに!

(な、なんで!?)

 思わずぎょっとなるほど、それはすごい数の人だかりだった。

 布越しのせいで、人の姿は誰も彼も『影』にしか見えない。その中で、一番近くにいる影はケニードだ。

 いつの間に席を外し、壁のように立っていてくれていたのだろうか。

 こちらに背を向け、布の前で優雅に対応をしてくれている。

 そこにバルバロッサ卿も加わって、二人で人だかりの前にデンと立ち塞がった。バルバロッサ卿の背中など、まさに鉄壁と言うべき貫禄である。

 薄布越しに聞こえてくる声は遠く、断片的で、内容はよく分からない。

 あたしは耳を澄ませた。

「クラウドール卿が……」「メリディス族の……」「では、あの噂は……」

 ……やっぱりよく分からない。

 とりあえず、あたしとレメクの両方が話題に上がっているらしい。

 考えれば、それも当然なのかもしれなかった。レメクは何かと『話題の人』のようだし、あたしは極稀にしか世に出てこないとされるメリディス族だ。珍しさも手伝って、一目見ようとする人がいても不思議じゃない。

 あたしは視線をレメクに戻し、そうして、その前に対峙するオジイサマへと向けた。

 人々が入ってくるのを遮っているバルバロッサ卿達が、何故このおじいさんだけ通したのか。

 考えられる理由は二つ。

 一つは、このおじいさんがレメクと個人的に親しい人。

 そしてもう一つは、あの個性派な二人をして、なお道を空けずにはいられないほど身分の高い人、だ。

 あたしはおじいさんを素早く観察する。

 年の頃は七十前半か。宿のおねーちゃん達がキャーキャー言ってた『ロマンスグレー』という言葉が似合いそうな『イイ』おじいちゃんだった。

 長身のレメクよりはやや低いが、平均よりは十分に高い身長。年齢を考えればかなりのものだ。もしかすると、若かりし頃はレメクより長身だったのかもしれない。

 その長身に纏う服は、金糸銀糸の縫い取りも素晴らしい一級品。

 ダンスをするには向かないゆったりとした服は、深く鮮やかな海の蒼をしている。これほど鮮やかな群青色は、黄色や紫に次いで高価である。

 おまけに生地もまた素晴らしい。光沢のある滑らかな生地は、おそらくベルベットと呼ばれるものだろう。レメクの屋敷の寝室にも使われていたし、金貨数十枚分の価値のあるカーテンも似た生地のものだった。

 そこから換算するに、このおじいさんの衣装は金貨数十枚以上の品物であるようだった。

 体格もなかなかに立派だ。

 背中もビシッと伸びているし、ゆったり服のせいでわかりにくいが、それなりに筋肉もついてそうだ。

 お顔のほうも実に素晴らしかった。

 若い頃はきっと大変な美男だったんだろう。彫りの深い顔は上品に整っており、涼しげな目元が印象的だ。撫でつけられたシルバーグレイの髪もビシッと決まっている。

 レメクと並ぶとなかなか壮観だった。

 うっとり。

 レメクもおじいちゃんになったら、きっとこんな感じになるんだろう。

 思わずそう思って見てしまうぐらい、イイおじいちゃんぶりなのである。

 超うっとり。

 あたしは顔をとろけさせて二人を見比べる。

 レメクとおじいちゃんは、なんとなく似た雰囲気があった。

(あ! もしかして!)

 あたしはあることに思い至り、目をビカッと輝かせた。

(ステファン老のお友達とか!?)

 レメクの育て親であるステファン老の友人ということは、レメクの小さい頃を知っているということだ。

 つまり、貴重な情報源!

 あたしの煌めく熱視線を受けて、おじいさんは初めてあたしを見た。今まで、あたしという存在に気づいていなかったようだ。

 どんだけ集中してレメクだけ見てたんだろうか? この人。

 あたしの目が一層煌めいた。

「おお……なんと、愛らしいお嬢様でしょう」

 おじいさんは上品に相好を崩す。

 柔らかい微笑みと眼差しに、あたしの顔もにっこり笑顔だ。

 おじいさんはあたしの前へと歩み寄ると、典雅な衣装に頓着せず、あたしの前に膝をついて目線をあわせてくれた。……いつものレメクと同じように。

「初めまして、小さなレディ。私の名前はヴィルヘルム・ホセ・ローエンブルグ・エゼルス・フォン・ヴェルナーと申します」

 ごめんなさい。

 覚えられませんでした。

 内心の半泣きを押し隠して、あたしはレメクに教えられた通り、ドレスの裾を持ち、左足をちょっと引いてニッコリ微笑った。

「ベルと申します」

 ……短いなぁ……いや、いいんだけど……

 ヴィルなんとかヴェルナーさんは、短いあたしの名乗りに首を傾げることなく、にっこりと微笑みを返すと、なんと! あたしの手をとって手の甲に口づけまでくれちゃいました!

 おおおお! お姫様! お姫様!!

 大興奮のあたしは、輝く眼差しをレメクへ。

 なぜか複雑そうな顔をされました。

 なぜですか?

 あたしがきょとんとしている間に、ヴェルナーさんはすっくと立ってレメクに向き直る。

 にこにこと好々爺な顔になって、やんわりとレメクに言った。

「お人が悪うございますね。こんな可愛らしいお嬢様ができていらっしゃるのなら、もっと早くにお話くださればよかったものを」

 どうやら抗議のようだ。

 というか。あれ? なんか不思議な言い方のような?

 違う意味できょとんとなったあたしの前で、レメクがやや焦った顔で反論する。

「何か誤解がありませんか? 閣下」

 閣下。

 閣下?

 あたしはヴェルナーさんを見上げる。

 そう言えば、つい先程レメクとしていた会話の中でも、ヴェルナー閣下、という単語が出てきたような……?

「何の誤解がありましょうか。……レンドリア様」

「……レメクです。もしくは、クラウドール、と」

 なぜか名前を訂正するレメク。

 そういえば、ポテトさんも言ってたけど、レンドリアって名前嫌いなんだっけ。

 ヴェルナー閣下はほろりと苦笑いを零す。その閣下に、レメクは嘆息混じりに言った。

「ベルは、二ヶ月ほど前に私が拾った子供です。……私の子供ではありませんよ」

「なんと」

 ヴェルナー閣下が目を見開いた。

 あたしとレメクとを交互に見比べて、心底悲しげな顔で言う。

「ご息女では無いのですか」

「「違います!」」

 あたしとレメクが異口同音に叫んだ。特にあたしは必死だ。

「あたしはおじ様のもぐもんっ!」

 ぬぁああ! おじ様ッ! なぜあたしの口を手で塞ぎますかッ!!

「もぅももももむもっ!?」

 あたしの必死の抗議に、レメクは違う意味で必死の目配せ。言うな、言うな。そんな感じ。

 目で抗議しながらも、しゅん、と肩を落とすあたし。

 レメクがおおいに怯みました。

「……なにやら、楽しげなご関係のようですな?」

 こちらを見ていたヴェルナー閣下が、口元に品の良い笑みを浮かべながら首を傾げる。

 レメクがちょっと焦って身を起こした。

「ところで閣下」

「ぷはっ」

 手が外れたので、あたしは大きく深呼吸。

 なぜかまた、塞がれてしまいましたが。

 どういう意味ですか?

「いつもより早いお越しのようですが、何かあったのですか?」

 話題を変えようという意図に溢れた問いに、閣下はおっとりと首を傾げる。

 レメクをジトーッと見上げるあたしと、中腰であたしの口を押さえたままのレメクを交互に見つめながら、閣下は品の良い暖かな笑顔を浮かべた。

「はは……最近は夜会などという華やかな場所は、遠慮していたのですがね。老骨に堪えますので。ですが、貴方がおいでになると言われては、駆けつけぬわけにはまいりますまい」

(ほぅほぅ)

 その言葉に、あたしは深く納得する。

 そして、じっとレメクを見上げた。

(確信しました)

 目がキラリ。

(レメク。貴方は、王宮のアイドルさんだったのですね!)

「違います」

 ものすごい真顔でレメクがあたしに向き直った。

 しかし、あたしには通じない。

 なにせ確信しちゃったのである。

 あのなんちゃら侯爵といい、ヴェルナー閣下といい、ケニードだってそうだが、レメクは殿方にもモテモテさんなのである。

 これを王宮のアイドルと呼ばずして何と呼ぼうか!

「だから、違うと言っているでしょう。私は十数年も王宮の夜会から姿を消していたんです。珍しいというという意味と、持っている権力とがあわさって、一時話題になっているだけに過ぎません。派手に動いてしまった後でもありますし」

 エー。

 あたしはこの上なく信じてない眼差しでレメクを見上げた。

 と、なぜか視界の端でヴェルナー閣下がそっと背を向ける。なにやら肩がふるふる震えていた。

 ……笑ってる?

「……閣下」

 気づいてレメクが苦い声をあげた。閣下は「失礼」と謝罪しながら、やっぱり肩を震わせている。

「な……なかなか、楽しそうなご関係のようですな」

 どんな関係と思われたのだろうか?

 きょとんとなったあたしに視線をあてて、閣下はなんとも味わい深い笑みをこぼす。

「陛下に、滅多に見れないようなものが見れると言われて来たのですが、なるほど、確かに……」

 確かに?

「世にも稀な光景で」

 どういう意味ですか!?

 くつくつと小さく笑いを零す閣下に、あたしは目をカッぴらく。

 説明を求めてレメクを見上げるが、レメクは何とも言えない苦い表情をするばかりだ。

「もぐもも、もうもぅもも?」

 口を塞がれているため、もぐもぐ言うあたし。

 しかし、レメクはチラッとあたしを見て……スーッと視線を逸らした。

 どういうこと!?

「もぐももっ!?」

 答えをはぐらかなさないといけないようなことですか!?

 視線を逸らしてまで!?

 少なからずショックを受けたあたしに、閣下が笑い皺を深める。

「ははは……流石の貴方も、こちらのレディには形無しのようですな」

「……閣下」

「いえ。詳しくはおっしゃらなくても結構です。想像を楽しむというのも、年老いた者には必要な娯楽なのですよ」

「閣下」

「しかし、いくら好みの女性がおられぬとからはいえ、ご自分で作ってしまおうなどとお考えになるとは……いやはや、その常識の斜め上な発想には、このヴェルナー、深く深く感服致しました。いえ、もう感激とさえいっていいでしょう」

「閣下ッ」

 抗議の声、というより悲鳴に近い非難の声をあげるレメク。

 しかし、閣下は感激のあまり目頭にそっとハンカチをあててる有様。ズズッと鼻をすする音までするあたり、どうやらマジ泣きのようです。

「……もぅまま……」

 あたしはヴェルナー閣下にハンカチを差し出しながら、非難をこめてレメクを見上げる。

 レメクが苦虫を噛みつぶしたような顔になった。

 ちなみに、未だにあたしの口は塞がれたままだ。

「なぜ私が非難の目で見られないといけないのです? ベル。その目は止めなさい。その目は。……閣下! あなたも、誤解を招くような言動は止めて……待ちなさいっ! そのハンカチは駄目ですッ」

 レメク、大忙し。

 あたしの差し出したハンカチは、涙目のヴェルナー閣下に渡る前にレメクに没収された。

 かわりに閣下に渡されたのはレメクのハンカチだ。何故だろう。

 あたしは物欲しそうな目を閣下の手のハンカチに注いでから、しょんぼりとレメクを見上げる。

「あ……貴方はハンカチを一枚しか持っていないでしょう。ですから、これはご自分できちんと持っていないといけないんです」

 なぜか慌てて弁解しながら、あたしのハンカチを戻してくれるレメク。

 とはいえ、このハンカチ。もともとはレメクから贈られたものなのだが。

「そうですな。いや、そうですとも。お嬢さん。あなたのお気持ちは大変嬉しく思うのですが、身の回りの小物を異性に渡す時には、気をつけないといけませんよ。それは自分の心をその人に渡す、という意味ですから」

 なんと!

 閣下の声に、あたしは思わず返ってきたハンカチを抱きしめる。

 小物を渡すということに、そんな意味が!

 いそいでハンカチをポーチに仕舞い、あたしは目を煌めかせてレメクに空の両手を差し出した。

「「…………」」

 沈黙。

「「…………」」

 さらに沈黙。

 あたし達は熱く熱く見つめ合う。

 レメクの額にじわじわと汗が浮かんでいくのが見えた。

 何故だろう?

 何故かは不明だが、オジサマ、さぁ! あたしにも一枚!

 ハンカチとか! 靴下とか! ぱんちゅとか!!

 レメクがそっと視線を外した。

「…………!!」

 ガーンッ! と心の底から大ショック。真っ白になったあたしに、閣下が憐憫の眼差しで涙を零す。

「……なんという、ツンデレ属性……」

「人におかしな属性をつけないでいただけませんか」

 汗を拭き取った後のレメクの額に、くっきりと青筋が浮いていた。


 ※ ※ ※


 閣下、というのはとても身分の高い人を呼ぶときに使われる。

 国王を「陛下」と呼んだり、王子様を「殿下」と呼ぶようなものだ。

 ヴェルナー閣下は、正式な役職は『ナスティア大法官』というやつらしい。

 三大法官と呼ばれる王国尚書局長官の一人であり、文字通り宮廷最高位の官職に就いていらっしゃる方なのだとか。

 ……とレメクに詳しく教えてもらったのだが、生憎ちっとも理解できない。

 簡単に言えば宰相閣下である。

「私がお会いしたのは、ちょうど生後五日ぐらいの頃でしたか。それはもう愛らしくて愛らしくてたまりませんでしたよ」

 それこそ頬が落ちそうなぐらい相好を崩して語るヴェルナー閣下は、ポテトおじいちゃ……いや、ポテトお義父さんよりずっと『親馬鹿』な顔になっていた。

 隣でレメクがなんとも言えない不機嫌そうな顔。

「赤子など皆同じでしょうに」

「なにを仰いますか! お母上によく似た面差しで、大変大変愛らしかったのですよ! ……今はこんな感じですが」

 この人も、意外と『言う』人である。

「実を言いますと、わたくしもお母上様のお美しさにはいたく感銘を受けた者でして。あの気品ある優雅で儚い微笑など、遠目に拝見するだけでも甘酸っぱい切なさに打ち抜かれてしまったほどです。嗚呼……私があと十年若ければ、命を賭してでもかき口説いたことでしょう……!」

 十年かい。

 あたしは内心で思わずつっこんだ。

 閣下のお年は、想像どおり七十二。

 レメクとはちょうど四十違いなのだそうだ。

 レメクのお母さんと会ったのは三十九才の時で、当時すでに人妻だったレメクのお母さんは、なんと十八。

 十九歳の誕生日を目前に控え、なおかつレメクをお腹に宿していた状態の彼女にときめいてしまったらしい。

 なかなかに難儀なトキメキである。

「手の届かぬ高嶺の花とはあの方のことでありましょうな。お優しくたおやかなあの方を遠目に拝見するのが、あの当時の唯一の楽しみでして。そうしましたら、ある時、ロードがお生まれになったこの方をこっそり見せに来てくださったのです」

 この方、と掌でレメクを示す閣下。

 ほぅほぅ。

 あたしは目をギンギンに光らせて話に聞き入った。

 休憩所で突如始まった『今語られる懐かしき時代のレメク』話は、あたしにとって最高のお話だった。

 身を乗り出して聞くあたしに大いに気を良くした閣下は、それはもう立て板に水的にいろんなことを語ってくれる。

 隣のレメクが無表情に睨んでいるのを無視して。

「それはそれは愛らしかったですよ。泣かず笑わず、ジーッとこちらを見てくるつぶらな瞳! 一言も声を発してくれはしませんでしたが、ぷにぷにの頬も小さな指も愛らしくて……!」

 あたしは頭の中に赤ん坊レメクを想像した。

 ぽわわわん。無防備に寝転がってこちらを見上げるレメク。

 ……どうしてか大人バージョンで想像してしまいました。大失敗。

 とりあえず、脳内に永久保存しておきましょう。

「ベル。変な想像はしないように」

 ……バレました。

 そんなあたし達を無視して、閣下は蕩々と語り続ける。

「ロードも、傍からは理解不能な意味深で不可思議な深い愛情をそそいでおいでのようでしたし。わたくしも、不肖なる身ではございますが、心から愛おしく思っておりました。侍従長や女官長、果ては猊下もメロメロでした」

 ほうほう。

「ですが、お母上様が……お亡くなりなった後、ステファンが養子として北区の外れに連れて行ってしまい……私達は寂しくて、あの手この手を使って呼び戻そうとしたのですが、いつもいつも梨の礫で……」

 そう言ってハラハラと涙を零すおじいちゃん。

 前々から話には聞いていたけど、宰相閣下、涙もろい人なのですね。……レメク関連で。

「ついにはステファンが死去したのをきっかけに、喪に服すと称して王宮からも去ってしまわれて……! 夜会の楽しみもこれで終わりと、侍従長と女官長、それに猊下と集まってひっそり涙していたのですよ。若者の成長ほど、年寄りにとって楽しい事はありませんからな」

 ハラハラハラ。

「それ以来、私もこういう行事に参加するのは憂鬱になりまして……。正直、もうそろそろ潮時だろうと思っていたのです。若い方に位を譲って、どこかで隠居生活もいいのでは無いかと……ですが陛下には怒られてしまいまして」

「当然です。閣下ほどの方が何をおっしゃいますか。近隣諸国がきな臭いこの時期に、貴方ほどの方を失うのがどれほどの痛手か」

 閣下の声に、やや慌てたようにレメクが言う。

 そのレメクを見やって、閣下はじわじわとまた目に涙を溜めた。

「……貴方からそのようなお言葉をいただけるようになるとは……。しかし、そう仰るのなら、貴方もまた王宮に帰ってくるべきではございませんか? 陛下を補佐し、国を支えるべきお立場のはずです」

「私はとうの昔に去った者です。今更余計な波風をたてたくはありません」

「波風など! 貴方様と陛下のお力をもってすれば、たやすく圧することのできる代物でございましょう」

「閣下。力で押さえつければ、やがてさらなる大きな力を招くことになるだけです。今は国の内部も揺れている時期。正直、今回の夜会出席も、ベルのことが無ければ放置しておきたかったほどなのですよ」

 レメクの声に、閣下は一瞬泣きそうな顔になり、悄然と肩を落としてあたしのほうを見た。

「お嬢様……」

 そうして、跪かんばかりにあたしの前に膝を折る。

「貴女の存在が、クラウドール卿を王宮に引き寄せてくださったのですね」

 あたしはあわあわとレメクと閣下を見比べた。

 引き寄せたわけでは無いのだが、王宮に行く原因を作ったのはあたしだ。結果的にはそういうことなのだろう。

 だがしかし、王宮うんぬんの関連であたしに声をかけられても、どう対応していいのか分からんのです。

「感謝いたします。そして願わくば、そのお力を持って王宮の式部長官の座に就いてくれるよう、説得してはいただけませんでしょうか?」

「しきぶちょうかん!?」

 あたしは思わず声をあげ、レメクは深いため息をついた。

「まだ諦めてなかったんですか」

「何を仰いますか! 私は、できれば宰相になって欲しいと思っているのですよ。それを断罪官としての地位を得てしまっているから駄目だとか、こじつけて逃げていらっしゃるのはどなたです!? もともと好んでもいない断罪官の地位など返上してしまえばいいのです。そうしたらわたくしは貴方様に地位をお譲りして、心おきなく隠居させていただけるのです。ええ……そうなってくれればもう、思い残すことはありません。いつお迎えが来てもいいでしょう」

 お年寄りが言うとシャレにならない。

 あたしは大あわてで閣下の両手を握った。

「そんな! いっぱいいっぱい長生きしなきゃ駄目よ! おじ様だって寂しいし、それにほら……えぇと」

 先が楽しみになるようなこと。なにか、なにか。

 小さな脳みそをフル回転させて、あたしはピンと閃いた言葉を叫んだ。

「ほら! 十年後には新しい家族が生まれる計画もあるんだし!」

「何の計画です!?」

 すかさずレメクが声をあげる。

 しかし、閣下には効果絶大だったらしい。

 がしっとあたしの手を握りかえして、お爺さまは輝く笑顔を浮かべた。

「ええ。ええ、そうですね。まだまだがんばらなくてはいけません。……楽しみですね!」

「うんっ!」

「待ちなさい! あなた達。何の話をしてますか!」

 レメクが抗議の声をあげるが、そんなものは無視だ。

 あたし達は輝く眼差しで見つめあい、全く同じタイミングでクルッとレメクを見上げた。

 レメクが一歩後退る。

 そのやや引きつった顔に向けて、あたし達は異口同音に言いはなった。

「「楽しみですねッ!」」

 レメクは何も言わない。

 ただ何とも言えない顔で仰向き、ぴしゃりと片手で顔を覆ったのだった。


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