3 「離れないように」
ナスティア王国の王城は、二重の水路に囲まれていた。
小難しい話は難しくて流してしまったが、敵から攻め入られた時の防御と、水の確保を込めて、いくつもの水路が王都には作られているらしい。
孤児だった頃には、沢山の水路にそんな理由があったなんて、全く気づけなかった。
けど、説明を受けた今ならわかる。
王都は、王城を含め、一つの要塞として造られているのだということが。
これは以前、下見と称して連れて行ってもらった時に教わったことだが、王都の王城は、この近隣諸国では珍しい形をしているそうなのだ。
だがそれは、城自体の形では無く、外壁や水路が特徴的なのである。
王都の外壁の向こうには、川と見紛うような巨大水路。
内側にも大きな水路があり、さらに街壁の所にも水路があって、それだけでかなりの量の水が、王都内に蓄えられている。
それらの大きな水路から、王都中に水の路が引かれていた。
王城付近にも巨大な水路がある。
その大きさは、王都の外壁付近にある水路とほぼ同じぐらい。
つまり、川の如く巨大な水路なのである。
王城に行くためには橋を渡らねばならず、その橋の向こうにある広大な敷地には、更にもう一つ巨大な水路がある。
その二つの水路を越えた場所に、女王陛下の住まう城が建っているのである。
もちろん、水路越しに見る城壁は見上げるほど高く、見張りが順次巡回をしている。
この城が造られたのは建国十周年ぐらいの時だったはずだから、指導者ナスティアの防衛に対する認識の強さがわかろうと言うものだ。
ちなみに水路には二つの種類があり、上水路と、下水路に分けられる。
上水路の方は、どこをどう走っているのか、あたし達の目にはなかなか触れない地下にあるらしい。
地下にある理由は、飲料水であるためなのだそうだ。毒物を入れられたりしないように、という意味でそうなっているらしい。
……とはいえ、大本である巨大水路に入れられたら終わりなのだが。
もっとも、全ての巨大水路には、清流にのみ棲むという淡水魚が放たれている。そのため、何かあればすぐにわかるようになっているらしい。
下水路は、文字通り下水の路である。
排泄物を流した後の水とかも、ここを通る。地下にあるものもあれば、大きな川のように街中を流れているものもある。
詰まったり溜まったりするとものすごい臭いため、下水路はかなり巨大なものが多かった。
大量の水が常に流れるため、港にまで汚れ物を流してしおうという作戦なのである。
こちらの水路には、淡水と海水の両方で生活できる魚達が泳いでいた。
ただ、この下水路。
港と直結しているため、満潮時には汚れ水が逆流してくるという困ったちゃんな一面もあった。
とはいえ、水路の幅が凄まじく広いので、街中に汚れ水が溢れるなんていう事態にはならないのだが。
さて。
そんな風に大小様々な水路が街中を走っているのが、あたし達が住まう王都の特徴である。
その水路を横目に見ながら、馬車は軽快に駆けていく。
王宮の夜会へは、馬車で乗り入れるのが通例だった。
王宮の正門を通り、広い前庭を通って一般家庭で言うところの正面玄関へ。
そしてそこで待ち受けるドアマンに扉を開けてもらい、人々は悠然と地面に降り立つのである。
馬車というのはまず最初に人々の目に留まるものだから、どこの貴族も華美な装いを凝らす。
その馬車で王宮に乗りつけるだなんて、物語のように素敵な事だと思います。
ええ。自分が当事者にならなければ。
あたしは生まれて初めて乗る『馬車』なるものの側面にへばりついたまま、ガタプルと震えていた。
さっきから心臓はバックンバックン鳴りっぱなし。震えは止まらず、呼吸は乱れ、汗もダラダラ流れっぱなし。
いっぱい飲んだ山羊の乳が、全部汗になっちゃったような気さえします。
「……ベル」
そんなあたしの真横。
ブルブル震えるあたしを困り顔で見下ろしているのがレメクだ。
あたしと対になる同じデザインの素敵服(男物)を着たレメクは、迎えに来たケニードが大暴走するほどに素晴らしい。
あたしも一発KOをくらい、その場で失神しちゃいました。
しかし。そんなレメクの声ですらあたしは動けない。
ひたすら壁にひっついてブルブル震えるだけだった。
場所は王宮前。馬車の中。
外からは絢爛豪華な人々の気配。そして心配げに見守るケニードとバルバロッサ卿。
中にはあたしとレメク。
そう。あたしは今、まさにこれから! 王宮へと足を踏み入れる(一歩手前)場所にいるのです!
動けませんがッ!!
「……ベル。大丈夫です。恐くないですから」
ブルブル震えて小さくなってるあたしに、レメクが比較的優しげな声で言う。
その明らかにいつもと違う作り声だけでもう駄目です。嘘バレバレです。
あたしは半泣きの顔でじーっとレメクを見上げた。
レメクがそっと視線を逸らした。
ほら! 嘘じゃないかぁああッ!!
ぎにゃーっと泣き出しそうなのをぐっと我慢。
かわりにジーッと見上げる視線を強くした。
こんな場面になったのは、いくつかの理由が原因だった。
そもそも、あたしが王宮の夜会とやらに怯えまくってるのが一番の原因だ。
物語で見聞する程度ならば夢いっぱいのキラキラ空間だが、実際にそこに立つとなると、憧れとかよりも恐怖の方が先に立つ。
しかも、それがレメクの評価にまで繋がってしまうという恐ろしい現実とセットならば! あたしにはもう絶望しか見えないのです!!
(いやーっ! お家に帰るーッ!!)
心の中で盛大に号泣。レメクが困り顔になっていた。
できれば困らせたくはない。
だから早くシャンとして一緒に外に出ないといけない。
けれど外から聞こえてくる人々の声と気配が、あたしの体を動けなくするのです。
馬車が王宮前に停まった時には、まだこれほど注目度は凄く無かった。
馬車が貴族としては中流のアロック邸のものだったからかもしれない。
なかなかお洒落な馬車だが、公爵家とかのキンキラキン馬車に比べればそれほど目を惹かないのだ。
あまり注目されたくないというレメクの注文に、ケニードはしっかりと応えてくれたと言っていいだろう。
……まぁ、結局、ぶち壊しになったわけですが。
何故ぶち壊しかと言うと、確かに馬車は目立たなかったですが、中に入ってたのが全員目立つメンバーだったからです。
だいたい、ケニードからして眉目秀麗な美形である。
降り立った時に、女性陣が素早く眼差しを交わし合ったのをあたしは(小窓から)しっかり見たのである。
次にバルバロッサ卿。
馬車が傾いちゃうんじゃないかと思うぐらいの重量級物体。
こんな巨物がドカッと降りれば、どうしたって注目を浴びる。
大神官が礼服着用で馬車で乗り込むのも珍しいらしく、綺麗に衆目を攫っておりました。
で。トドメ。
言わずと知れたレメクその人。
この人いったい王宮でどういう存在なんでしょうカと、あたしは思わずにはいられませんでした。
普通、降りた瞬間にどよめかれますか? 嬌声あがりますか? きゃーって何ですかキャーって!
しかも野太い声が黄色い声の中に混じってましたよ!?
そんな後に続いて出られますか皆様!?
そんな注目度の中で!
裾踏んで前方へ吹っ飛びそうな服着た状態で!!
(嫌じゃーッ!)
あたしは心の中で絶叫した。
ひっそりと入場するという最初の計画はどこへいったんですかーッ!
おまけに出入り口でレメクが従者のごとく手を貸しに待っててくれたりするのです。
夢と言ってください夢でいいから!!
出るに出られず、逃げるに逃げれず。
結果、あたしは馬車の壁にへばりついてブルブル震える小動物と化したのでございます。
即座にレメクが馬車の中に戻ってきやがりましたが。
「ベル。ほら、痛くないですから。帰りに美味しいもの食べさせてあげますから」
猫の機嫌でもとるかのような優しげな声。けっこう無理してますね、おじ様。
あたしは、ぎゅむっと唇を引き結んでレメクを見上げた。
レメクの視線は右往左往だ。
「足、裾、踏みそうなの」
半泣きの声で訴える。
絶対に踏む。
一歩でアウトだ。
レメクが困り顔のままで提案。
「お姫様抱っこでよければ、しますが」
あたしの体が、即座にレメクの腕の中に飛び込んだ。
(あれ?)
思考が追いつかずに数秒きょとん。
しかし、ハッと気づいて壁に戻るよりも、そそくさと出て行くレメクの動きのほうが早い。
(ぎゃあああ正直すぎだあたしの体ーっ!)
あたしは半泣き顔でレメクの首ったまにすがりついた。
馬車から外へ出た証拠に、周囲が一気に明るくなる。
(お外出ちゃったぁああッ!)
「「ぅぉっ」」
至近距離で熊とマニアがどよめく。
しかし! それよりもすごいドヨメキが周囲から!!
もはや個人の声など判別不可能なほどの音の嵐に、あたしは一層身を縮まらせる。
出ちゃったよ!? 外出ちゃったよ!
ソレッとばかりに停車を余儀なくされていた馬車が発車。
あたしも連れて帰っテなどとこの場で訴えるわけにもいかず、ただひたすらレメクにしがみついているあたし。
レメクが苦笑して、あたしの背を叩いた。
「そんなに硬くならなくても、大丈夫ですよ」
その瞬間、ドヨメキが三倍増しになりました。
「…………」
「いえ、あの。クラウドール卿。手続きは済ませてますから、とりあえずホールに向かいましょう!」
「そ、そうそう。嬢ちゃんも早く安心できる場所に連れてってやんなきゃいけないしなっ。なっ」
なぜかスーッと体温が下がっていくような気配を纏ったレメクに、慌ててケニードとバルバロッサ卿が声をかける。
レメクは無言で歩き出した。
「あぁ、ほら、嬢ちゃんも。そんな医者にかかる寸前の子猫みたいにしがみついてないで、ちょこっと上見てみろや。綺麗なもんだぞ〜?」
熊さんの声に、あたしは視線をレメクの首から彼へと移した。
半笑いな大熊は、上、と小さく空を指さす。
空。いや、天井を。
あたしは目をぱちぱちと瞬かせ、そっと視線を天井へと向けた。
「…………」
ぽかんと、頭の中に空白ができた。
その空白は、ちょうど今日のレメクの素敵衣装姿を見た時の衝撃に似ていた。
天井一面に描かれた精緻な絵画。
驚くほど緻密で美しいそれは、降魔大戦のあらましを描いたものなのだろう。
どうやって描いたのか謎なほど高い位置にあるそれらの絵は、凄まじい迫力をもってして眼下のあたし達を見下ろしていた。
歪な闇の塊のようなものが森から溢れ、それに人々が立ち向かう。
不気味な影の軍に対峙するのが、おそらく女傑ナスティアだ。
王国の祖とも言える偉大なる英雄。その両脇にいるローブ姿の女性と騎士が、たぶん聖ラグナールの二人だろう。
鮮やかに描かれるそれらの絵に、あたしの目は釘付けになっていた。
その様子に、レメクが淡く微笑する。
「気に入りましたか?」
あたしはサッと視線をレメクへと戻した。
天井の絵画は特筆に値するほど素晴らしいが、この笑顔の対抗馬には弱すぎる。
目を煌めかせて頷くあたしに、レメクがちょっとほっとしたように微笑っていた。
視線の位置が変わっちゃってることには、気づいていないようだ。
「当時、当代随一と言われた画家、アロターシュの手によるものですよ。現在、国宝の一つとなっています。王宮一つまるごと使って物語が描かれているのですよ」
正面から始まる物語は、戦乱編、討議編、団結編、共闘編の四部門に別れて展開し、最大傑作とも言える大広間の『決戦』へと向けて収束するのだとか。
その後、後宮へと向けて開国秘話を綴った物語が描かれるが、これは一般には公開されていないらしい。
「ナスティアは生涯夫をもたなかったそうですが、その傍らには常に『暁の賢者』と呼ばれる魔法使いが控えていたそうです。一説では、その方が実質上のご夫君であったのではないかと言われていますね。後宮へと続く絵画の中にそれらしい記述があるのですが……その絵があるのが代々の国王の寝室ですので、結局、真偽のほどはわかりません」
「……アウグスタは、答えてくれないの?」
「誰が問うても意味深に笑うだけですよ。あれは王家の秘話なので、そうそう人に明かせるものでは無いのですよ」
ふぅん……?
あたしは首を傾げた。
レメクの言葉になにかひっかかるものを感じたのだが、その『何か』がよくわからない。
「この廊下が戦乱編。受付場となっている広間から右に向かうのが討議編。左に向かうのが団結編です。細かい通路にも小話のようなものが綴られていて、その細やかさに驚かされますよ」
ほぅほぅ。
あたしはレメクをじっと見つめたままで頷いた。
「大広間には最高傑作とも言える『決戦』が描かれていますからね。それを見るのも、夜会の楽しみの一つですよ」
……あんまり楽しみにできないかも。
しゅーんと眉の垂れたあたしに、レメクが困ったように微笑う。
「一つ一つ、私が教えてさしあげます。それに、夜会は主賓が到着するまでは、軽い挨拶程度のやりとりしかありません。今回は特に御前会議の後ですし、陛下主催のパーティですから、ハメを外しすぎる者もそういないでしょう。陛下がおいでになってからが本番ですからね。それまでは、のんびり構えていいんですよ」
そんな風に言えるのは、おそらくレメクが王宮の夜会に慣れているからだ。
初参加のこちらとすれば、目にするもの全てがキンキラキンな時点で、もうカチンコチンになっている。
……だいたいにして、なんだ、この絨毯。どこまで一枚で続いてるんだ?
思わず床に視線を落とし、そして気づく。
遠目には赤一色に見えるこの絨毯が、実は赤一色では無いことに。
「銀糸を何割か混入しているそうです。強度と華美さをだすためだそうですが」
あたしの視線に気づいてレメクが解説してくれる。
なるほど、それで妙にキラキラしているわけですね。
感心して嘆息をついたあたしをチラと見てから、レメクはケニードに顔を向けた。
「アロック卿。受付はもう済ませているとおっしゃいましたね?」
「え? あぁ、はい。一応、全員の分済ませています」
「ありがとうございます。では、広間に入りましょう」
頷き、大扉の前で恭しく頭を下げる人々に軽く会釈して、レメクはあたしを抱えたままで広間へと足を踏み入れる。
途端、ワッという音の壁のようなものがあたしの全身を叩いた。
飛び込んでくる華麗な宮廷音楽。
廊下のそれとは一線を画す鮮やかな明かり。
人々の熱気をそこに凝縮したような、絢爛豪華な貴族の集い。
それが、今。あたしの目の前に広がっていた。
「…………」
こんな光景は、夢にだって見たことがない。
あたしの夢はいつだって、もっとのほほんとして小さなものだったからだ。
けれど、ここにあるものは、
この目の前に広がっているものは、
おそらく、国の大多数の少女が憧れる光景だろう。
美しく着飾った紳士淑女も。聞こえてくる美しい音楽も。いくつもの大きなテーブルに乗る美味しそうな料理の数々も。
あたしは息を呑む。
だが、ぼうっとしてはいられなかった。
なにせ、あたし達が入場すると同時に、そこのいた全員の目がザッと動いてあたし達に注がれたのだ!
(どういうこと!?)
あたしはとっさにレメクにしがみつく。
首根っこにがっつりしがみついてるあたしに、レメクが励ますように背中を叩いてくれた。
「しっかりしなさい、ベル。あなたはこんな所で居すくむような人でしたか?」
そうは言いますがね、おじ様。
このどよめきをどう脳内処理したらいいんですか?
どよっ、ではなく、ドヨッ!? という驚愕のどよめき。
よほどレメクがこんな場所に来るのは珍しいのだろう。
そわそわと腰を浮かす者が大半で、その目は油断無くレメクを見つめている。
が。しかし。
その目が次の瞬間、レメクから離れ、仲間だろうお互いを牽制しあうのはどういうことだろうか?
おまけに、じりじりとレメクに近づこうとしております。
……包囲網?
「……おじ様」
「なんです?」
「……おじ様って、ものすごい有名人なのね?」
「……たんに時期が悪かっただけだと思いますが。よりにもよって、陛下の代わりに一連の騒動を終わらせたばかりですから」
一連の騒動というのは、言うまでもなく孤児院関連の事件だ。
一月以上経っているというのに、未だに『したばかり』的にとらえられるのが王宮らしい。
……まぁ、確かに。あんな大騒動は数年に一回あるか無いかだろうけど。
「アロック卿。ルド。カバーをお願いします。……あぁ、ベル。大広間に入った後でいくらでも美味しい物をとってきてあげますから、今は我慢してください」
あたしの目がジリジリ近づく人々とテーブルの上の料理を交互しているのを見て、素早く先手を打つレメク。
わ、わかってますとも!
みっともなくがっついたりしないよう、ご飯もいっぱい食べてきたんですから!!
……アウグスタに半分ぐらい、横取りされましたが……
思い出してしゅんとなったあたしに、ぽんと背中を叩いてレメクが言う。
「今度また作ってあげますよ」
あい。
「それよりも、ベル。覚えておいてください。大広間へは、男女が揃っている場合、本来なら二人一組で入場し、そのまま最初の曲を踊るのが普通です。ですが……」
踊りなんて踊れません。
強ばった顔のあたしに、レメクが軽く苦笑う。
「ええ。ちゃんと先に了承を得ています。あなたが年若いということで、他の人々と同じように壁際から入場させていただける段取りになっています。ですが……まさかこのままで入るわけにもいきませんから、少しだけ歩いていただく形になります」
このドレスで!
あたしは頭から冷水を被せられたようにサーッと血の気が引くのを感じた。
だが、ここで泣き言を言うわけにはいかなかった。
そう。逆に考えてみよう。
あたしは今、ものすごい楽をしているのである。
本来なら、自分の足で馬車から降り、レメクにエスコートしてもらってここまで歩いて来なければならなかった。
それを変則技「お姫様抱っこ」で連れてきてもらったのだ。
その間中、レメクは周囲の好奇の目にさらされっぱなしである。
あたしはぎゅっと唇を引き結ぶ。
ぐっと握り拳を固めて頷いた。
「大丈夫ですね?」
一呼吸おいてから、レメクがあたしの目を見て問う。
あたしは目をキラリと光らせた。
バッチコイ!
ふと、レメクが微笑うのが見えた。綺麗な瞳が、暖かい色を宿す。
「それでこそ……ベルです」
そうして、そっと降ろされた。
特注で作ってくれたという靴が、柔らかい絨毯をしっかりと踏む。
ぉお。変な感触がする。
「ベル」
ほぇ?
裾を踏まないようにドレスをちょいと摘んだあたしに、レメクが声をかける。
顔を上げると、とても真摯な顔のレメクがいた。
「王宮とは魔窟です。本来なら、あなたを連れて来るべき場所ではありません」
「…………」
「けれど、あなたをここに連れて来る理由が、私達にはあります。今という時に、此処という場所に在らねばならない理由があるんです。……けれどそれは、あなたにとっては辛くて、苦しいものでしょう」
「……」
「だからこそ、私は誓います。あなたの名誉は私の名誉、あなたの痛みは私の痛み。あなたの全てを、私の全てを賭けて守ることを誓いましょう」
その言葉を
こんな場所で、
そんな姿で、
そんな風にして聞かされたら、どんな錯覚を起こすのか……きっとこの人はわかっていないだろう。
それなのに、それがわかっているはずなのに……あたしは涙が出そうだった。
レメク。
鈍感で、天然な『大好きな人』。
その途方もない朴念仁ぶりは、もはや犯罪級を通り越して極悪級だ。
ふらふらしそうな体をなんとか立たせたあたしに、レメクは真剣な目で告げる。
何故かこちらに背を向けて、周囲との壁のように立っている仲間二人の背中をバックにして。
「だから貴女は、私から、絶対に離れないように」
そうして差し伸べられた手に、あたしは迷わず、自分の手を重ね合わせた。