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対オジサマ攻略法!<闇の王と黄金の魔女>  作者: 関根麻希子
幕間 【闇の王と黄金の魔女】
26/107

番外編 【 夜明け前の戦い 】

番外編その1。日常編です。

もう一人のレメクが来訪する前のお話。

本編では書くことのない、レメクだけが知っている「ベル」のお話です。

※※ 注意! ※※

本編とはほぼ関わりのない内容です。



 夜にふと目が覚めた。

 静寂とともに忍び寄る夜気は、冷えきった夜明け前のもの。

 体の芯まで凍らせようとする冷たさに眉をひそめ、レメクはゆっくりと瞬きをした。

 壁際の時計を見れば、針はちょうど午前四時を指したところ。

 朝と言うにはまだ早すぎ、けれど夜と言うにはやや遅い時刻。周囲には深い闇が降り、窓から差し込む月明かりだけがそれをすみへと押しやっている。

 中途半端な時刻に起きたものだ。レメクは嘆息をつき、己に宿る紋章に意識を集中した。

 闇の紋章は、闇そのものを支配する。

 どれほど完全に気配を断ち身を潜めようとも、そこが闇の中ならば、レメクの側からは丸見えになるのだ。人のいる場所に「完全に闇のない場所」は存在せず、故にレメクを相手に姿を隠すことは不可能になる。

 だが、まだ肌寒い外の闇には、異常らしい異常を見つけることができなかった。

 レメクは二度、それを確認してから布団に潜り直す。奇妙な時刻に起きるのは、危険を察知してのことかと思ったのだ。……だが、杞憂だったようだ。

(……なにもないようですね)

 平穏な生活というものが長続きしないことを知っている。だからこそ、過敏になっているのかもしれない。

 ……今のこの生活を、壊したくないから。

 レメクは目を瞑り、そっと耳を澄ます。

 意識を研ぎ澄ませ、どんな些細な異常も見逃すまいと『認識範囲』を屋敷の全敷地に集中させた。

 敷地内にある様々な音と、命の気配。それらが余さず全てレメクの意識下におかれる。……異常は無い。自分の領域テリトリーに何者かが侵入したという形跡も、これから成されようとするような気配も無かった。

 三度の『探索』を終えて、レメクは深く息をつく。

 ふと、その時になって初めて、自分の横に温もりが無いことに気づいた。

「!?」

 暖かいものを抱えて眠ったはずなのに、自分の隣はぺしゃりとへしゃげている。

「ベ……!」

 自分でも驚くほど焦って、レメクは上半身を起こしかけた。声が零れかけたのは無意識だ。

 だが、そこで彼は気づいた。

 どことは言えないが、とある場所にある奇怪な温もりに。

 ……ぴすぴす。

 ……ぴすぴす。

 布団の中から、小さな音も聞こてくる。

 レメクはじわっと背筋に汗が浮かぶのを感じた。そっと目線を下の方に動かすと、口にするには少々難のある場所の近くに、こんもりとした盛り上がった小山が見える。

(……布団の中に……潜ってるんですか)

 そうと結論をはじき出したとたん、ドッと疲れがきた。脱力、というものだろう。

 だが、次の瞬間、先ほどとは違う意味で焦った。

(……どこにいるんです?!)

 場所はわかっている。

 いや、わかっているから問題だ。

 というか、なぜそんな場所で丸くなっているのだろうあの少女は!

 レメクは慌てて布団の中に頭をつっこむ。途端、小さな両足がレメクの顔面を出迎えてくれた。

 思わずぎょっとなって身を退く。

 小さく丸まるのが基本スタイルの彼女だから、丸くなっているのは予想通りだ。

 だが、何故、彼女は上下が逆さまになっているのだろうか?

 一緒に寝入った時は普通に同じ姿勢だったから、寝ている間に百八十度分半回転したのだろう。行儀良くそろった小さな両足の向こうでは、下着ドロワーズが丸見えになっている。

 パンツ丸見えの理由は、彼女の姿勢よりも寝間着にある。

 ベルが来ている寝間着は、ワンピース型なのだ。

 この寝間着は、きちんと着ている分にはとても可愛らしいが、寝相のオカシイ彼女には不適切だったらしい。どう見ても寝間着らしいものが体に纏われておらず、胸のあたりでぐしゃぐしゃに固まっている。今現在、ただの「胸巻き」だ。

(……ズボンを買いましょう)

 レメクは心に決めた。

 パンツ丸見えのレディなど、可愛いを取り越して可哀想だ。

 ……ぴすぴす。

 ……ぴすぴす。

 この上ない脱力を覚えたレメクに、追い打ちをかけるように力が抜ける寝息が聞こえてくる。

 なにか小動物が鼻を鳴らしているような音だ。可愛らしい。

(……いいえ。いけません。ここでほだされては、敵の思うツボです)

 レメクはちょっと緩みかけた自分の心を戒めた。

 敵は可愛らしい小動物のようでありながら、その実立派な小悪魔だ。ちょっと可愛いかもしれないなどと思ってしまったら、ギランと光る眼差しで狩られてしまう。

「……ベル。ちゃんと丸まらずに伸びなさい」

 とりあえず、そこで丸まるパンツにそう告げる。

 軽くめくった掛け布団のせいで、寒さが忍び込んだのだろう。布団の中の暖気が逃げ、寒さを感じたのだろうか、足とパンツがもぞもぞ動いた。

 がんばって暖かいさらなる奥へ……ついでに真横の温もり(自分)に顔をひっつけてズリズリと動く。

 その動きに、レメクは大慌てで両手を布団の中に突っ込んだ。

(なんて危ないマネをするんです?!)

 サッと伸ばした両手が、ベルの両脇をはさんだ。そのまま引っ張り出そうと力を込める。

「にゃあー」

 ……気のせいでなければ、猫のような鳴き、いや、声をあげられた。

 ぎょっとした途端、ぐにゃぐにゃと体が動いて、手から逃れて奥へと動く。

 ダメです! 危険なんです!! なぜ私の体にすり寄りながら奥に行くんです!?

 際どいところで再度ベルを捕獲し、レメクは今度は逃れられないように一気に小さな体を引っ張り出した。

 今度掴んだ場所は腰だったため、巨大猫もどきも逃れられなかったらしい。ただ、無理やり引き出したのでパンツが完全に丸見えになってしまった。

(……見てません)

 心にそっと蓋をして、レメクはそそくさと服を直す。

 すると直している手に足がからみついてきた。なんという寝相だろう。立派なレディになるという目標はどうなったのか。

「ベル。そういうはしたない真似はやめなさい」

 注意するが、相手はまだ夢の中だ。ウンでもなければスンでもなく、ぴすぴすと寝息をたてている。レメクは嘆息をついて肩を落とした。ピスピスピス。……まぁいいか。

 とりあえずタコのようにからみついている足を外す。

(……なぜ抵抗するのですかあなたは。寝てるというのに!)

 意外と手間取りながら外すと、眠っているベルの眉間に悲しげな皺ができた。

 なぜか自分が大変な悪者になった気分になる。

「……抱っこ一回でいかがでしょう?」

 とりあえず夢の中の相手に謝罪がてら提案。笑顔が返ってきた。

 ……起きてる?

 レメクはじっとベルを観察する。だが、どうやら眠っているのは確からしい。闇の紋章に意識を集中。相手の肉体の意識レベルを確認しても、ハッキリと夢の中だ。

(……偶然ですかね?)

 首を傾げながら布団にもぐりなおす。横に設置した「縦に伸ばしたベル」を引き寄せると、向こうからぴたっと張り付いてきた。抱っこ一回。

 ぴすぴすぴす。ぴすぴすぴす。

 心なしか、寝息が早くなった気がする。というか、どうしてこう鼻息らしきものを感じるのだろうか。

 相手の顔面が妙に自分に密着しているのも気になる。微妙にくすぐったい。

 ぴすぴすぴぷ。

 ……最後の半濁音は何だ。

 起きていても寝ていても気になって仕方がない相手に、レメクは無意識に頭を撫でてやりながら嘆息をついた。

 気の休まる時間も無いような、こうしているだけでちょっと気分がいいような、なんともいえない奇妙な感覚。相変わらずぴすぴす鼻をならしている相手に、お返しとばかりに後頭部に顎をあててやった。

 ごすっ!

 即座に顎に向かって頭突きが飛んできた。何故!?

(……あ、頭を擦りつけられたんですか!?)

 あまりの勢いに頭突きになってしまったが、どうやらそうらしい。

 目標がズレたのか、ぐりぐりと喉に突進をくらいながら、レメクはちょっと遠い目になった。寝ているのに、やってることが起きている時と一緒。どういうことだろう?

「……夜ぐらい大人しくなさい」

 頭を撫で、背中を撫でていると、しばらくして相手の動きが緩慢になってきた。

 深い眠りに落ち始めたのだろう。レメクは少しだけほっとして、やんわりとその小さな体を抱きしめる。しばらくしぶとく動いていた小さな頭が、居心地が良い場所でも探し当てたのか、レメクの鎖骨のあたりで動きを止めた。そろっと見ると、至福の表情で眠っている。

 その例えようのない幸せそうな顔は可愛らしい。

 だが、レメクは同時にどうしようもなく気になる点を見つけて眉をひそめた。

 小さな唇から、小さな舌の先が、ほんのわずかだけ覗いてる。

(……なぜ、舌が)

 しかもそんな先っちょだけ。しかも微動だにせず出ているのか。

 レメクは遠い眼差しになった。

 これによく似た姿をどこか別の所でも見たことがある。……王宮の庭。自宅の庭。ちょろちょろとまとわりつく子猫達のお昼寝の時に。

(……猫……のようだと言えば、また怒られるのでしょうが……)

 猫じゃないと必死に主張されるが、ならば何故、彼女の仕草は猫のソレなのでしょうか。

 レメクは遠い眼差しのままで思う。ついつい「あなた」のことを思い出してしまうのは、私が悪いのでしょうか?

 レメクはそっと、心の中で小さな小さな子猫に問いかけた。今はもうこの世のどこにもいない、たった一日だけ傍にいたその小さな命は、今は庭の片隅でひっそりと眠っている。小さな命の儚さを思い知ったあの日から、今日でいったい何年目だろうか。名前すらつけてやれなかったあの子猫を思い出すたび、胸の中に冷たい滴が零れ落ちる。

 そんな風に昔を思い出しかけたとき、ちゃっちゃっ、と音がした。

 レメクは視線を下げる。……今度は何だ。

 ジッと目の前の舌チョロ娘を見ると、何か食べている夢でも見ているのか、口がもごもご動いていた。時々「ちゃっちゃっ」という音がするのは、夢で咀嚼しているせいか。

 でも舌はチロッとさきっちょが出たままだ。

 レメクはそれを眺めながら、そっと指をその口先にもっていった。

 ベルは気づかない。当然だ。寝ているのだから。

 そろそろと指を近づける。他意はない。他意はないが、どうしてかこう、チロッと出ている舌が気になるのだ。

 レメクは意を決して、うっすらとだけ出ているベルの舌をちょんと突いた。

 ぱくっと食べられた。

 食べられた!?

「?!」

 レメクは驚愕した。がんばって咀嚼する気なのか、指に小さな歯の感触が。

「待ちなさい! 私は食料ではありませんッ!!」

 レメクは慌てて指を取り戻そうとした。しかし、食らいついてきた獲物(?)がそれを許さない。

 痛い!?

 驚くほどの顎の力。取られてたまるもんかと言わんばかりの必死の形相。キリキリと歯をたててられて、レメクはおろおろと周囲を見渡した。

 喰べられる!?

 どうやら自分は罠にかかってしまったらしい。

 しかし、そうは思うが、あれは人としてやってしまうごく自然な動作、もとい欲求だと思うのだ。あんな風に舌がチロッと出ていれば、誰だってついつい触ってしまうというもので……!

「…………!」

 レメクは葛藤した。

 できれば即座に指を取り戻したい。

 しかし、ここで力一杯暴れて彼女から指を取り戻そうとするのは、なにか大人としてというか、男としてどうか、と思うのだ。

 ここは我慢だ。何かの修行と思えば、なに、たかが指一本。くれてやる気持ちでいればいい!

 レメクは深呼吸して気持ちを落ち着けた。

(頑張れ私!)

 指を食む小さな歯。

 必死に食む小さな歯。

 その大きさは可愛らしいが、これがなかなかけっこう痛い。

 がじがじ、もごもご、ちゅくちゅく、きゅむきゅむ。

 一生懸命味わわれている音がする。

 思わずいたたまれない気分で視線を遠くへ投げかけた。助けてくれ。心からそう思う。何の修行だろう、これは。

 しばらくして咀嚼行為に満足したのか、指を噛む相手の動きがゆるやかになってきた。

 あぁ……このまま、もう一度眠ってください……レメクは祈った。

 ちゅくちゅく、がじがじ、ちゅくちゅくちゅー……。

 五分待ってもまだ味わわれている。……諦めた。

(……もしかして、毎晩、こんな調子ですかね……?)

 ここではない場所の誰かにそっと問いかける。その相手は神様なのかもしれない。もしかすると悪魔なのかもしれないが、とりあえず、現実では問えない問いだろう。

 帰ってくる答えが恐いから。

 レメクはそっと心に誓った。明日は絶対にベルの寝姿を気にしない、と。したが最後、気になって眠れなくなりそうだから。

 嘆息をついて時計を見ると、いつの間にか三十分も経過していた。なんて濃い三十分なのか。

 再度嘆息をついてベルを見下ろす。

 まるで母親の乳に吸い付く子猫のように、両手をまごまご動かしながら指を噛んでいたベルの動きが、次第にゆっくりしたものになっていった。

 このままブルルブルルと喉を鳴らせばそれこそ猫そのものなのだが、とりあえずそれだけは無いようだ。かわりにまたピスピスと寝息が聞こえてきた。

 ……ぴすぴす。

 ……ぴすぴす。

 どうやら落ち着いてきたらしい。

 だが、ここで指を取り戻そうと動かすのは危険だろう。獲物の奪取を恐れて、また盛大に噛まれそうな気がする。ここは我慢で放置すべきだ。

 きっと起きたら自分の人差し指は皺だらけに違いない。

 そんな予想をつけながら、レメクはベルの寝顔を見て苦笑した。

 ベルはとても幸せそうな顔をしている。

(……まぁ、こういうのも……)

 今日ぐらいは良いか、と。ついそう思ってしまった。

 少なくとも、今、彼女は夢の中で幸せだろう。……どんな夢を見ているのかは謎だが。

 けれど、辛い昔や孤児仲間を思い出して泣かれるよりはずっといい。そう思って、レメクはそっと息を吐いた。

 己の口元に浮かんだ微笑みに、レメク自身は気づいていない。

 子供を覗き込むその瞳の色にも、レメクだけは気づけない。

 そこに宿る確かなものに。身の内より生まれて込められる、その色に。

 わからないまま、気づけないまま、レメクは微笑って目を閉じた。

 少しだけ疲れていて、少しだけ暖かくて、どこか満ち足りたような、不思議な満足感。

(……悪くない)

 それがどんな意味のものなのか、考える前にレメクの意識は闇へ落ちた。





















 数日後。

 寝起きのベルは、何故かベットの上に正座させられ、懇々と説教を聞かされることになった。

 詳しい理由もわからぬまま首を傾げる彼女に、レメクはただひたすらこう言ったという。

 寝相直せ、と。



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