プロローグ (改稿版)
雨が降っていた。
王都、南区、大通り。
厚い雲に覆われて、辺りは夕暮れ時のように薄暗い。
固い石畳は水はけが悪く、道全体が川のようになっていた。
横倒しに倒れたあたしの、右の目尻が浸かっている。
(……お腹……空いたな……)
あたしは倒れたまま、寂しい通りを見ていた。
例年になく寒い冬。土砂降りの中を歩く者はおらず、あたしがここにいることを知る人もいない。
運がなかった。
これがよく晴れた日なら、大通りは人で溢れている。慈悲深い誰かに助けられたり、仲間が駆けつけてくれることもあっただろう。
けれど今は誰もいない。
だから助けの手は期待できない。
孤児になって以来、空腹で倒れる事は珍しくなかった。
けれど孤児院にも帰れず、こんな場所でのたれ死ぬとは思わなかった。
(……もう、ダメかな……)
体の感覚はほとんどない。
目の前は変わらず汚れきった灰色で、どんよりと暗い色に沈んでいた。
──ふと、その色の中に黒いものが現れた。
靴。足。その近くまで垂れる外套の端。
人だ。
水に濡れて重そうなズボンと、頑丈そうな靴。
薄墨のような世界の中で、そこだけがハッキリと黒い。
いつそこに現れたのかはわからなかった。
だから幻覚かと思った。
最期に見る、都合の良い幻覚なのかも、と。
……それともついに、お迎えが来たのだろうか?
死の間際にやって来るという、終わりを司る闇の王が。
けれど、その人は呟くようにこう言った。
「……死ぬのですか?」
あたしは咄嗟に、何かを返事した。
どんな返事だったのか、あたしにも分からない。
口は動かず、声も出ず。
だから、彼自身もその『答え』を聞けなかっただろう。
けれどその人は、ため息をこぼすようにこう言った。
「……そうですか」
心を零すような、思いを噛みしめるような……どこかせつなく悲しい声だった。
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