表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/107

 プロローグ

 静寂が夜空の星々を叩き、耳に痛いほどの音ならぬ音が、深い闇の中に響き渡る。

 風は無く、夜は深く。石畳に転がった小石すら、恐怖に身を縮めたかのように小揺るぎ一つしない。

 いつもの夜、と言うには、いささか得体の知れない気配が強かった。

 そんな異様な静寂が破られたのは、月がゆっくりと西に傾きはじめた頃だった。

 嵐のような馬蹄が轟き、頑丈なひづめが石畳に弾ける。勢いよく回る車輪にあわせて大気がビリビリと震え、路地裏の野良犬が驚いて身を潜めた。疲れた目に警戒の色を宿し、大通りを用心深く伺う。

 夜のベールを破って現れたのは、夜そのもののような黒塗りの馬車だった。

 御者も黒服に黒帽子、黒い手袋と黒ずくめ。馬も闇に溶ける夜の色。馬具は言うに及ばず、馬車の窓にかけられた布すらも、人目を避けるように黒い色をしている。

 ひっそりと息を殺す野良犬の近くには、同じく疲れた目に警戒を宿したいくつも影がいた。彼らと野良犬は決して争わない。互いに、日々を死にものぐるいで生きる者同士だからだ。

 いくつもの目は、夜を引き裂きながら走る闇色の馬車を追う。

 憎むように。蔑むように。

 あるいは、狂おしく渇望するように。

 馬車はそんな視線を振り切るように、石畳を荒々しく叩きながら走り去る。

 遠くなる音と同時に、のろのろと通りに出て行く複数の影。

 彼らはただ見ていた。

 自分達とは違う場所に生きる、傍若無人なイキモノの乗り物の行く先を。

 その先にあるのは、首都の北。貴族達の住む区域。

 彼らは知らない。馬車には一カ所だけ金色に光る場所があり、そこに家名を記す紋章があるのだということを。

 彼らは知らない。その馬車の紋章が、自分達の住む孤児院のそれと同じものであることを。

 彼らは知らない。

 夜の闇の中で、彼らを見る瞳のあることを。

 ゆるやかに包囲を縮めるように、ゆっくりと目に見えないものが、闇の中で進められていることを。

 そして誰も知らない。

 さらにそれを見る、人ならざる不可視の視線があることを。

 音が絶え、静寂が戻り、月が傾ぎ、星が瞬き、そして、街の片隅で、人の姿が消えていく。


 ──あたしは、ただ、それを見ていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ