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   エピローグ

 クラウドール邸の惨状は、聞きしに勝るものだった。

 玄関は開けっ放し。靴は散乱。玄関の絨毯は斜めに吹っ飛び、壺は逆さに転がっている。額も本もあちこちに散らばり、本棚はすっからかん、戸は全開、埃まみれの未使用部屋ですら、あちこちかきまわされて床に右往左往した足跡がくっきりと残っていた。

 あたしはそれを見て、バルバロッサ卿のあの笑みをしみじみと理解した。

(……ポジティブに考えよう。これは、そう、愛だと!)

 花瓶、本棚、壺、部屋の隅。果物籠に洗濯籠。

 何をどう考えればこんな所にあたしがいると思うのか。

 そう疑問に思わずにいられないようなモノまでもがひっくり返され、あっちこっちに物が散乱している。

 カーペットの裏とか、机の引き出しとか。いったい捜し物を何だと思っているのだろう?

 あぁ、しかし。

 愛だと思えば、なにかしら、この天にも昇るような幸福感。涙が出るほど悲しくて嬉しい。

 ……あ〜本当に愛ならどれほどいいか!

 でもね、レメク。一言言いたい。

 あたし、一応、猫じゃないから!

 猫じゃないから壺になんて入らないし、籠で丸まったりしないから!!

 レメクは非常にバツが悪そうにそれらの惨状を眺めていたが、夜も遅いということで整理整頓は翌日に持ち越された。レメクも疲れているのだろう。

 あの後、アロック邸はいろんな意味で大忙しだったのだ。

 行方不明人あたしは無事保護されたから、ということで、捜索部隊として陛下(というか、アウグスタ)から借りていた兵は城に戻った。

 律儀に頭を下げて礼を言ったレメクに、なんだか彼らのほうが恐縮して倍以上頭を下げていた。レメクはどうやら、あたしが思っている以上に特別な地位にいる人のようだ。

 とりあえず、王宮恐い人リストの首位争いをしてるぐらいだから、と納得したのだが、帰り間際にあたし達を見る彼らの視線が、ほんのり暖かかったのが謎だ。畏怖→驚愕→ツララ→敬意、と変わったあの眼差し変動の理由を知りたい。

 変わったといえば、アロック邸の老執事さん。なぜか最後にレメクに握手を求めていた。

 どういう意味でかは不明だが、男の浪漫ですものな、という謎の力強い激励までしつつ、ついでにサインを求める始末。その後で妙にレメクがヘコんでいたのもとても気になる。

 神殿の熊さんは、良いモノ見せてくれたぜ的にサムズアップし、のっしのっしと森ならぬ街へと帰っていった。彼の帰宅先が神殿では無く繁華街なのは、きっと深く考えてはいけないことなのだろう。

 我が同士ケニードは、明日にでもメリディス健康デロリン茶を持参して遊びにくることになっている。あたしと意気投合しているため、レメクも強く出られずにちょっと引き気味に承諾していた。

 ちなみに、最初に会ったとき、妙にレメクに絡んでいた理由を詳しく聞くと、彼はしょんぼりとこう言った。

「……憧れの人が、憧れの人と、二人で楽しそうにしてるのを見てごらん……ものすごく疎外感感じて寂しいもんなんだよ……」

 どうやら彼は、自分も混ぜてほしくてたまらなかったらしい。

 とてもいい人なのだが、やはり、どこか強烈に子供っぽい人である。

 そういえば、彼が執着していた肖像画の某王妃様。彼女は、ケニードの初恋の人なのだとか。

 それはまぁ……絵だって欲しいだろうなぁ……

(レメクも、ちょっとは見せてあげればいいのに……)

 クラウドール邸に、それらしい肖像画は飾られていない。

 ということは、あの埃まみれの部屋のどこかで埋もれている可能性がある。……いっそあげちゃえばいいんじゃなかろうか?

 そんなことを考えながら、あたしは一番散乱がひどい寝室でせっせと寝支度をした。

 布団も吹っ飛ばされていたベットを直して、そこに小さく丸くなる。布団がふわふわで気持ちが良い。

 すると、初めて見る寝間着姿のレメクがやってきた。そして、同じベットに入ってくる。

 そう! ここで嬉しいお知らせが!!

 なんと、レメクが一緒に寝てくれるのである! しかも数日間! 理由はあたしの体調不良のせい!

「ベル。丸まらずに伸びなさい」

 ……なんか、猫のような扱い。

 仕方なく縦に伸びると、横に入ってきたレメクがひょいと胸に抱き込んでくれた。

 ビバ!

 ビバ体調不良!!

 グッジョブあたし!!

「……体調が悪いのに、なぜあなたの意識は絶好調なのでしょうね……」

 速攻であたしの心を読み取るレメク。

 腕の中にあたしという小さな命を閉じこめながら、妙に遠い眼差しでぼやく。

 あたしはそれを無視して、レメクの胸に頬ずりをした。

 すりすりすりすりくんくんくんくんすりすりすりすりふんふんふんふん……

「……マーキングはほどほどにお願いします」

 だからなんで猫扱いなの!?

 それこそ毛を逆立てたあたしに、レメクの手が宥めるように頭を撫でてくる。

 一度、彼とはきっちり話をつけないといけないけど気持ちいい頭もっと撫でて撫でてぐるぐるぐるぐる……

 すぴー、とそのまま寝入りそうになって、あたしは慌てて意識を取り戻した。この天国をじっくり味わわずに寝入るなど、恋愛の神様への冒涜に他ならない。

 根性で起きようと目をカッぴらいたあたしに、レメクがぎょっとしたような顔になる。次いで、そろっ伸びてきた手が、ソーッとあたしの目を塞いだ。

 ……どういう意味!?

「……ちゃんと寝なさい。紋章を経由して力を渡していても、あなたの体力が戻らない限り、死は常にあなたの傍らにあるんですよ」

 レメクの言葉に、あたしはもぞもぞと動くのを止めた。

 アロック邸からの帰り道。

 レメクはあたしに、今まで話していない『詳しい説明』を少しだけしてくれた。

 あたしの体は、本当に死にかけの状態なのだという話を。

 あたし自身は、それほどひどい状態のような気はしていない。

 動きも普通だし、御飯を食べる力もあるし、口だってよく動く。

 レメクに張り付くのにも不自由しないぐらい、力もある。

 ……けれど、これは、レメクの起こした人為的な『奇跡』なのだという。

 レメクは言った。

 もしこれを口外すれば、あたしを殺さなくてはいけなくなると。

 それぐらい大事なことを、言葉ではない『声』で語ってくれた。

 どういう『声』かというと、なんというか、ダイレクトに頭の中に声が飛び込んでくる感じだった。

 紋章で繋がっているからこそできる直接通話で、体が触れあってさえいれば、心の中で語りかけるだけで言葉を相手に伝えることができるらしい。

 まぁ、ぶっちゃけた話し。

 あたしとレメクは、触れてさえいれば、相手の心を読み取ることができるのだそうだ。

 ……そのわりに、あたしは全然、レメクの心を読み取れないのだが。

 これはレメクが『親』である紋章をもっていて、あたしがその加護を与えられた『子』の立場であるからかもしれないが。

 レメクのもつその『紋章』も、アウグスタの門の紋章と同じく特殊なものなので、普通のお伽話で聞くような、わかりやすい力の在り方はしていないのだそうだ。

 そのあたりの詳しい説明もしてくれたのだが、はっきり言ってチンプンカンプンである。

 そしてもう忘れてしまった。ごめんなさい。

 まぁ、とりあえず。

 あたしはレメクのその紋章の力で、かろうじて『死んでいない』状態である、ということらしい。

 この状態は、あたしの体が『生きている』に相応しい体力とか生命力とかを獲得するまで続く。

 だがこの『死んでいない』状態は、あまり長く続かせることはできないのだそうだ。もちろん、無理をすると、唐突にぽてっと死んでしまう。限界値、というのがあるのだそうだ。

 だから、絶対に無理をしてはいけない。大人しくしないといけない。体力を回復させないといけない。

 そして、より強くレメクの力を貨してもらうために、こうして一緒にひっついているほうが体にはいいのだそうだ。

 回復も早まるし、力もアップする。意味はよくわからないが、簡単に言うとそういうことらしい。

 あたしは思った。

 いろんな意味で、ありがとう、と。

 そしてこの一件で、あたしの推理メモに新しい項目が加わった。

 レメクが、紋章術師だという項目である。

 王宮でも優遇される紋様術師。

 それよりも遙かに高位な紋章術師。

 国中でも十数人しかいないその紋章術師の一人が、レメクなのだ。

 その地位は、貴族の階級で言うなれば最低でも準伯爵位。

 王宮内の地位は人にもよるが、トップランクになると宰相と対等に話すほどになるらしい。

 どうりで、ケニードがレメクの最近の行動リストを挙げた時、宰相だの教皇だの、高位の人がごろごろしてたわけである。

 ……もっとも、そのレメクがどうして不正なんかを調べているのか、そのあたりはまだよくわからないのだが。

(……まぁ……いいけど)

 暖かい温もりにくるまって、あたしはふわふわする頭をレメクに預けた。

 とくんとくんと、暖かい命の音が聞こえる。レメクの音だ。死にかけたあたしを助けて、今もずっと守ってくれている音。

 あたしの左胸には、レメクの紋章と同じ模様がついている。それが、あたしとレメクを繋ぎ、あたしの命を守っている。

(……なんにも言わないで、ずっと守ってくれてたんだ……)

 あたしは知らなかった。本当に、何一つ知らなかった。

 あたしがどれほど、そしてどんな風に、レメクに守られているのかということを。

 レメクは言った。これは、本当はしてはいけないことなのだと。

 知られれば、周囲一体を巻き込んで死を与えなくてはいけない。それぐらい、大事な大事な秘密なのだと。

 だって、それはそうだろう。

 これは禁忌だ。人の世にあってはいけないものだ。

 この世でただ一つ、死すらも退ける『闇の紋章』。

 自然の摂理を曲げる魔法。

 死から逃れたいと思う人がこれを知れば、いったいどんな事態になるのか……

(……レメク)

 そんな危険をおかしてでも、レメクは見ず知らずの行き倒れを助けてくれたのだ。

 無茶ばかりして、放っておけば自分から死んでしまうあたしを、一生懸命助けようとしてくれていたのだ。

 それがどれほど大変なことだったのか。説明された今ならよくわかる。

 ……この数日間。あらゆる意味で、生きた心地がしなかったことだろう。

 ごめんなさいと、何度言っても足りない。

 ありがとうと、何度言っても足りない。

 そしてありったけの思いをこめて思うのだ。

 大好き、大好き、大好き、大好き!

 あたしに、今と、未来をくれた人。

 命の恩人で、掟で決まったあたしの旦那様。

 近い将来で、掟が無かったことにされても……きっとあたしはずっとずっと、レメクの奥さんになることを目指して生きるだろう。

 掟から始まったことだとしても、掟と同時に終わるものではない。


 だってあたしの『恋』は、まだ、始まったばかりなのだから。












                                 END

ここまで読んでくださる、あなたがとても好きです。

こんにちは、関根麻希子です。

本にすれば、ここで第一巻終了、という形となります。ベルとレメクの物語はまだ続きますが、それはまた別の形。

孤児院編『断罪の章』でお会いできれば幸いです。

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