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現代恋愛もの

私はこの人と結婚するだろう

作者: 川木

「お待たせ」


5分遅れの私に彼は気にするなと言いながらも顔は真剣で普段の笑顔の要素は全くない。

今日は、話があると改まって呼びだされたのだ。



私はこの人と結婚するだろう。


漠然と、だけど確信にも似た感覚で私はそう考えていた。

だから、プロポーズされると思っていた。

返事は勿論、『はい』だ。

何が何でも誰より大好き!ではないけれど、愛してるなんて思えないけれど、けどそれでも側にいて不愉快ではないしもう私も32だ。

ここらが潮時だろう。

私は『はい』と言うために心の準備をする。すぐに事務的に答えては駄目だ。

きっと彼はもっとロマンチックで初々しい反応を期待してるはずだから、驚いてから頬の一つも染めてやろう。


「別れてくれ」


何を言われたのか分からない。ええっと…なんだっけ? あ、そうだ。驚いたらはいと言うんだった。


「はい…………、え?」


……あれ?

おかしい。何かがおかしいぞ。


彼は私が来てからずっと固まっていたらしい顔を崩して笑みを見せた。

それは、私が好きなものだった。

愛してなんていないけど、今現在一番好きな男と言えば彼で、彼は私の生活の大半を占めていた。

そしてそんな彼は、いま何を言った?


ワカレテクレ


「……」

「良かったぁ、てっきりごねたり泣かれたりするかと思ったよ」

「ま、さかぁ。この私が、そんなことするわけないじゃない」


ワカレテクレ?


どうして、私は彼にこんなことを言っている?

正直に言えばいい。

『ワカレタクナイ』と、言えばいい。彼がいうように泣いて叫べばあるいは…。


「で? 誰なのよ相手は。好きな人がいるんでしょ?」


ああ、けど分かってる。この年までにこの男だけでなく何人かと付き合った経験から、そんなことをしても無意味だと知っている。

そして、32年の付き合いのある私自身のことだ。私が、そんな安っぽい悲劇の女を演るのが嫌いなことくらい知っている。


「あ、ああ…俺と同期の××ちゃんって言うんだ。結婚を前提に付き合ってる。実は…もうご両親にも挨拶をした」


では私とは別れを前提に付き合っていたのかこの男は。


「本気なんだ。もう彼女しか俺にはいない。出会った瞬間、俺は彼女に運命を感じたんだ」


では今まで、主にあんたが彼女と出会ってから付き合いにいたり挨拶までしてる間の私との恋人的営みは何だったのだ。

よもや昨日出会って昨日付き合って昨日挨拶に言ったとでも言うつもりかこの男は。


と言うかよくも堂々と二股ができるな、しかも結婚だと?

はっ、そんなもの私ならお断りだね。誰が好き好んでてめぇみたいな二股野郎と結婚するか。

ああ良かった結婚する前にお前の本性を知ってしかもいざこざ無しに別れられるなんてラッキーハッピーこの上ないよ。


「そう、良かったね。結婚式には呼んでね」

「ありがとう。君みたいな女と付き合っていたことを光栄に思うよ」


こっちはあんたと付き合っていたのは人生最大の汚点だよさっさと新婚旅行でも行ってその旅行先で強盗に襲われて死んでしまえ。


「じゃあ、二人の新たなそれぞれの旅立ちに乾杯でもしようか」


一人でしてろや阿呆が!

つーかマジで私があんたと別れるのに賛成とか普通に私も浮気してるとかしかあり得ねぇだろ。何で疑問に思わないんだよ!


「乾杯」


私は彼とチンとグラスを合わせた。


あああああああああぁもうぅっ!いいから誰かこいつを殺してくれ!


『ピロリロロ〜』


と、私の携帯電話が音をたてた。音からしてメールでなく電話だ。私はよっしゃもう誰でもいいしこの際とにかくこの場を立ち去らせろと思いながら、私は相手も確かめずに電話に出た。


『あ、もしもし。デート中悪いな。さっきの資料、どこに置いたんだ?』

「あ、分かりました。すぐに向かいます」

『え? い、いいって口で説明してくれれば。ていうか何で敬―』

「はい、はい。大丈夫です」


私は一方的に電話をきってにっこり向かいに座る男に声をかける。


「ごめんなさい。急ぎの仕事みたい」

「そうなの? やっぱり大手企業は大変なんだね」

「そうなの」


んなわけねーだろ私の部じゃ突発的事態なんてめったに起こらないっての! 今まであんたと付き合ってた2年で一度たりとも会社に呼び出されたことがあったかよ!


「だからごめん、今日はもう行くわ。結婚式には絶対に呼んでよね」


笑いに行くからな、てめぇにそそのかされて結婚するバカ女をおがんでやるぜ。


「ああ、勿論」


全く持って不愉快だ。何でこいつはだから顔だけは私の好みストライクなんだよトラックにひかれて不細工になれ!









「おらぁ! 来てやったぞ高見沢たかみざわぁ!」


私は仕事場のドアを乱暴に開けた。予想通り、9時を過ぎた職場には大学から同じだった同期の高見沢しかいない。


下北しもきた、マジできたわけ…ってかなに、酔ってるの?」

「酔ってないわよバカ!」

「ちょっ、なにギレ!?」


自分のデスクから資料をとってほらよと高見沢に渡す。派閥争いや上下関係の厳しいこの職場では私が唯一腹をわって話せる相手だ。

ただデブなので暑苦しいし彼氏にはしたくないナンバー1だ。私は超絶に面食いなのだよ。


「ったくもう…何だよぉ。彼氏とデートじゃないのかよ」

「別れた」

「は? ふられ―」

「私からフッたんだよ!」

「…まぁ、お前のそのキレた時とのギャップはちょっとひくよなぁ」

「うるさいわよ」


ガツンと高見沢の頭を殴る。こいつは生意気にも出世して私の上司であり私より仕事が忙しい。

だがだからと言って遠慮はしない。何せ彼氏にすら見せないキレ姿を見せてる友人なのだ。

こいつが友人からいなくなるのはなかなか辛いものがある。


「やめろってば」

「はぁぁ……ごめん、やり過ぎた。八つ当たりだしね」

「ま、いいけどね。下北だし」

「何よぉ」


私は膨れ面をするけど高見沢は知らん顔だ。

「ねぇ高見沢」

「ん?」


カタカタと高見沢がパソコンに向かう隣のデスク(私のではない)について買ってきていたカップ酒をちびちび飲む。


「仕事いつ終わんの? 飲み行こうよ」

「んー…11時には終わると思うぞ」

「私が手伝ってあげる」

「いいのか?」

「うん。ただし誤字脱字は後でチェックしてね」


私は役職こそ高見沢ほどではないが事務仕事の早さでは定評がある。


「企画は任せられないがこれ頼んでいいか?」

「おけー、ただしおごってよね」

「らじゃ」







「でさぁ、マジムカつく。私と付き合いながら挨拶にまで言ってんのよ? ありえなくない!?」

「あーはいはい、そうだな」

「誠意がなーい!」

「ほら、今日は付き合ってやるから飲め」


言いながら高見沢は私のグラスに酒をつぐ。ここは高見沢の自宅だ。

店で飲んでも構わなかったが高見沢が店で暴れても制御できないとか言った。

失礼な…! 暴れて備品壊したのなんて数えるほどしかないわよ!

まぁ…いいけどさ。


「ぷはぁ」


私は空になったグラスにどぼどぼと乱暴に酒をそそぐ。


ぐっ―ごきゅ、ごきゅ、っ

「ぷっはー!」

「オヤジくさ…」

「ああん!?」

「何でもないです、何でも」

「ったくよー、どいつもこいつも、何で私みたいないい女に気付かないのよ!」


私はかなり本気でそう嘆く。

確かに私は多少キレ方が激しいが、美人で有能だ。

貯金もあるし、いざと言うときの決断力があり支えてあげられるし、家事も得意だ。

何より尽くすタイプだなのに何でだよ!


「だからだよ。お前は男がいなくても生きていける。そう思うから離れたんじゃね」

「な……」


なんだって?


「…マジで?」

「ああ、まぁ、お前の元カレがどんなやつか知らないけどよ。男ってそんなもんだよ」

「くそぉ…私は…男がいなきゃ生きていけないんだよぉ」


私は強くない。

むしろ他人に依存しまくってるタイプだ。


「うっ…ぅう…」

「な、泣くなよ下北」

「高見沢ぁ…私はぁ…うぅう…私はそんなに、魅力がないか?」

「そんなことないって。俺が今まで知り合った女の中で一番美人だから」

「あんたの知り合いじゃたかがしれてるわよぉ…」





わぁわぁと恥じも外聞もなく泣いた私はぐすぐすと鼻をすする。


「うぅ…悪かったわね下北」

「いいよ。俺とお前の仲だろ」

「下北ぁ…うぅ、あんたが彼氏だったらよかったのに」


不細工だしデブだが仕事はできるし、何より優しいじゃないか。

と、普段なら絶対に思わないことを考えた。


「下北…俺は」


私は高見沢に抱きついてキスをした。


「高見沢……何も言わないで。抱いて」





ぱちり―


目を開けると途端に頭がガンガンした。

うぅあ〜気持悪い。吐きてー。


「?」


ここ何処?




は!?

ああああああ! わ、私高見沢と寝ちまったぁ!

うげぇ。何てことを! こんな不細工を相手にするなんて私ぐらいだよ!


隣を見ると私と同じく生まれたままの姿で寝ている高見沢デブ



……あら?

その顔は不細工なのに何やら…そう、まるで食べすぎで吐きながら眠る犬のような愛らしさがあった。


どきんー


私は…この人と結婚するだろう。


だって互いにいい年だし、何よりこいつは私を美人と認めてるし、キレてもひかないし、それに不細工なら浮気もしないだろう。


こいつはどうせ不細工だから彼女もいないだろうし、こうなった以上責任をとるだろう。


私は全く好きではないが、まぁこのさい譲歩してやるのもやぶさかではない。


などと考えていると

「うぅん」と醜い唸り声を上げながらゆっくり高見沢は目を開けた。


「おはよう、高見沢」

「おはよ…う? し、下北?」

「ええ。昨日のこと憶えてないの?」

「〜〜!」


高見沢はうわぁとひくくらいに狼狽してからばっとベッドの上でフルチンで土下座する。


「すまん!」

「いいのよ別に」


さぁ言いなさい。責任はとると。結婚しようと言うのだ!


「俺彼女いるんだ!」

「…は?」

「だ、だから、彼女がいて…その、悪いとは思ってる。けど…もうすぐ結婚するんだ。だから…なかったことにして欲しいんだ」


は?


おま…彼女いるのかよ!!


「当たり前でしょ。てゆーか私メンクイなんだから、高見沢にどうこう求めてないっての」


高見沢のくせに! なんて失礼な!

私がフルならともかく何でお前に可哀想扱いされなきゃならんのだ死ね!!


「そうだよな…よかったぁ」



ああ…なんて可哀想な私。

こんな不細工まで振り向かせられないとは………………ああ?


ちょ、待てよ私

おかしいだろ!

何で私がこんな不細工を好きみたいな流れなんだよあり得ない!


「その…これからも友達として頼むよ」

「ついでに頼れる上司になってよね」

「はは、善処するよ」


何がはは、だ! 爽やかじゃねぇんだよデブが!

お前死ね!


「じゃあ、そろそろ帰るわね。昨日はありがとう」

「いや、こちらこそ楽しかったよ」


当たり前だろうがボケ! てめぇみたいなブサ男と私みたいな美人が寝るなんて生命誕生以来の奇跡じゃクソが!!


私は服を来てさっさと高見沢のマンションを後にした。


くそっ、オートロックどころか高級住宅地の最上階に住みやがって!

降りるの大変じゃねぇか金持ちぶってんじゃねぇよ火事で逃げ遅れて死ね!!





どん―

「きゃっ」


いらいらと早足に歩いていると曲がり角で誰かとぶつかってしまった。

したたかに尻餅をついた私は舌打ちをして誰じゃボケぇ! と思って顔をあげて


「?」


見覚えのある顔だ。


「すみません、大丈夫で…あれ? もしかして、圭子けいこ? 下北圭子か?」

「え……あ! あんたは高校時代の元カレの雄二ゆうじ!」

「…なんだその説明的セリフは」


私は呆然としていた。考えても見てくれ。

フラレた翌日に元カレと再会(勿論あのデブはノーカンだ)。

これはもう天恵としか思えない。よくあるじゃない、再び燃え上がるラブパワーむにゃむにゃ…とかさ!


「まさか…また雄二に会うなんてね」

「ああ。でも、会えてよかったよ」

「え?」


もしや…これはあれかずっとあなたが好きでしたゴールイン! のパターンか!?


今度こそ私と結婚を前提に付き合いたいと言いなさい!


「来月結婚するから、ぜひ来てくれよ。嫁がお前に世話になったから来て欲しいって、昔の連中に声かけまくってんだ」


そうして男が口にした名前は確かに覚えがあり、こいつと付き合ってた当時に金魚のふんよろしく私の後についてきてたお世辞にも可愛くない顔の女の名前だった。


「お前は? もう結婚した?」


男の指には指輪が光っていた。







男なんて滅びてしまえ!!!






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