表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/46

第7話 『せいぞう』に関する謎と万歳する獣

 私もシャワーを浴びようと考えて、棚をスライドさせて大型モニターを露出(ろしゅつ)させる。ディスクの中から、小動物の環境映像を取り出して、プレイヤーに入れる。暗かった画面がほのかに輝き、可愛らしい音楽が立体音響(りったいおんきょう)で車中に(ひび)く。画面には(あい)らしい子猫が眠りながら、空中で前脚がぴくぴくと手招(てまね)きしている映像(えいぞう)(うつ)し出される。


「はっ!! か……可愛(かわい)い……」


 アルトが何かに(さそ)われるかのようにモニターに腕を伸ばすが、モニターに(はば)まれる。残念とも懇願(こんがん)ともつかない八の字眉毛(まゆげ)でこちらを向くが、そっとオレンジジュースを差し出す。


「動く絵のようなものです。私もシャワーを浴びてきます。その(あいだ)無聊(ぶりょう)はそちらを鑑賞(かんしょう)して慰めてもらえますか?」


 そう告げると、モニターに釘付けになったアルトが両手でグラスを受け取る。こくこくと(うなず)き、オレンジジュースのグラスを(かたむ)けている。

 床に降ろした子犬が、起きたのか、てとてとと思突(おぼつ)かない足取りでこちらに向かってくるが、途中のアルトに(はば)まれる。ひゃうっと()くと、丁度(ちょうど)子犬がミルクを飲んでいるシーンになった瞬間(しゅんかん)だった。アルトが画面と子犬を交互(こうご)に見ると、ふわっと子犬を抱き寄せて、()で始める。子犬も(ぬく)もりが心地良(ここちよ)いのか、そのまま身を(まか)せている。


 アルトが目を輝かせながら、画面と子犬に意識が集中しているのを確認し、まとめておいた下着とバスタオルを持って、そっとカーテンを(くぐ)る。『しらべる』でアルトを確認した際に、武器の(たぐい)装備(そうび)していないのは分かっていた。ただ、車内には包丁を始め、武器になる対象がある。念の為、意識を()らしておいた。何かの悪意を(いだ)いたとしても、動いた際に音の響きが変わる。その時はその時で対処(たいしょ)すれば良いだろう。この世界で唯一(ゆいいつ)の知り合いだが、無条件に信用出来る(わけ)でもない。


 温度設定を少し上げて、熱めのお湯を頭から()びる。入院してからは、病院のお風呂で落ち着かなかったし、()たきりになってからは清拭(せいしき)を受けるだけだったので、何とも心地(ここち)が良い。髪と全身を洗い、熱いお湯で流し終え、バスタオルで体を拭う。下着を()けてバスローブを羽織(はお)った。


 アルトの分も含めて、(よご)(もの)に関してだが、流石(さすが)洗濯機(せんたくき)までは設置していない。

 元々、(いそが)しい合間(あいま)思索(しさく)の時間を作るために別荘(べっそう)購入(こうにゅう)しようと思った時に、移動が面倒臭くてキャンピングカーにしたのが始まりだ。休暇と言っても、一泊(いっぱく)程度が限度なので、その一泊(いっぱく)を最高の時間にすると言うコンセプトで改造してもらった。そのため、バッテリーは別に大容量の物を積んでいるし、水のタンクも容量を増やした。料理も好きだったので、ガスボンベを搭載出来るモデルを選んだ。

 ふむと少し考え、『せいぞう』で同じ物を生めないかと考えると、アルトのポンチョがぽこりと増えた。見ると、(ほころ)んだ部分や()り切れた部分なども直っている。良いか悪いかは着る時に判断してもらおうと、一旦(よご)(もの)とタオルに分けておく。


 トイレを使った気配は無いので、そっと外に出て、汚水タンクを調べるが消臭剤の香りしかしない。オレンジジュースも補充されていたので、『せいぞう』は補給(ほきゅう)されていると言うより、元に戻っているか新規に作り直されている印象を受ける。そう考えると、内装(ないそう)に関しても傷一つ無かったなと。

 ふぅと息を()何気(なにげ)なく視線を上げると、()んだ星空に大きな月が浮かんでいた。


 車内に戻り、カーテンからそっと中を(のぞ)くと、猫の赤ちゃんがお腹をくすぐられた後に、急に手を離されて驚いている映像が流れており、アルトは子犬のお腹をくすぐり、同じように動くかを試しているようだった。子犬も律儀(りちぎ)に手を離される度に、万歳(ばんざい)をしている。カーテンを開けると、アルトが振り返り、みるみる頬を赤く()める。


「み……見ました?」


「何をでしょうか?」


 にこりと微笑み冷蔵庫から、水を取り出し、グラスに(そそ)ぎ、飲み()す。飲むか聞いてみると、ふるふると首を振られる。グラスに注ぎ直し、テーブルに置く。アルトは子犬をひしっと()き、()でているが、子犬はこちらに来たそうだ。


「あの、この子犬、名前は何と言うのですか?」


「まだ、生まれたばかりで付けていないのです」


 そう告げると、少し残念な顔になる。


「付けてもらえますか?」


 そう(たず)ねると、ぱぁっと表情が輝く。うんうんと考え始める。


可愛(かわい)いので元気に育って欲しいです……。うーん、ここは、レティと言うのはどうでしょうか?」


 響き的には女性のような感じを受ける。確認したが、子犬は(めす)だった。


「どのような意味ですか?」


「はい。狩りを(つかさど)る女神様に従う狼の名前がレティケッタです。そこからもらいました」


 にこにことアルトが告げる。特に名前までは考えていなかったので、良いかなと。


「では、レティと名付けましょう」


 そう言うと、アルトが嬉しそうにレティ、レティと(かま)い始める。ただ、疲れているのか、欠伸(あくび)が浮かぶ。どのような生活リズムかは分からないが、普通暗くなったら()る物かと思い(いた)る。


「詳しい話は、明日の移動の際にでもお願いします。今日は()ましょうか」


 そう聞くと、こくりと(うなず)く。甘い物を飲んだので、新しい歯ブラシを渡して、歯磨きの仕方を教える。


「飲み込まず、口を(ゆす)いで下さい」


 そう言うと、素直に歯を磨き始める。もこもこと泡が出てくるのには驚いた様子だが、()れた手つきで磨いている。歯磨きと言う概念(がいねん)はあるのかな。そんな事を思っていると、コップを(かたむ)け、ぺっと()く。


「凄く、冷たい感じがします。こんな香草を食べた事があります」


 少し興奮しながら、はーっと息を()き、くんくんと楽しんでいる。念の為と言う事でトイレも済ませて、準備万端(じゅんびばんたん)だ。


「では、アルトさんは上で寝て下さい。不用心なので、鍵をかけておきます。内側からも鍵はかけられますので、何かあったら叩いて下さい。私は眠りが浅いので、起きます」


 そう告げながら、梯子(はしご)(のぼ)り、布団(ふとん)()く。毛布に羽根布団もあれば大丈夫だろう。エアコンも別に独立して付いている。どうぞと言うと、わくわくした顔で(のぼ)ってくる。布団にもそもそと潜り込むと、感嘆(かんたん)の声をあげる。


「軽いです!! それに暖かい……」


 ふわふわした羽根布団の感触にうっとりするアルトにもう一つのプレゼントを渡す。天井(てんじょう)のボタンを押すと、ルーフが開いてガラスが露出して夜空が全面に広がる。アルトは溜息(ためいき)ともつかない声をあげながら、夢中で夜空を眺める。寒冷地(かんれいち)用にガラスは二重になっているので、寒くは無いだろう。

 祭祀(さいし)(つかさど)ると言うだけあって、あの星にはこんな意味があると説明してくれていたが、(ぬく)もりが広がるにつれて、朦朧(もうろう)としてくる。


「では、良い夢を」


 寝静(ねしず)まったのを確認して、鍵をかけて梯子(はしご)を降りる。寝首(ねくび)()かれる(わけ)にはいかないので、取り敢えず用心はしておく。ふと視界を下げると、床でうとうとしているレティを見つける。


「レティ、おいで」


 そっと(すく)い上げて、ソファーにかけて太ももの上に乗せる。レティがもぞもぞとポジションを(さぐ)り、安心したようにふにゅぅっと(くず)れて寝入(ねい)る。

 私は改めて書類を読み込みながら、不測(ふそく)事態(じたい)への対応を考え、試していく。流石に日本人に取っては(ねむ)るにはまだ早い。夜はこれからだ。


 テーブルのグラスを取り、都会では遠かった窓から覗く月に杯を(かかげ)げ乾杯と(ひと)()ちた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、感想、評価を頂きまして、ありがとうございます。孤独な作品作成の中で皆様の思いが指針となり、モチベーション維持となっております。これからも末永いお付き合いのほど宜しくお願い申し上げます。 twitterでつぶやいて下さる方もいらっしゃるのでアカウント(@n0885dc)を作りました。もしよろしければそちらでもコンタクトして下さい。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ