表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/46

第6話 はじめてのしゃわーたいむ

「お湯を浴びて、体を洗う事です。今まではどのように体を清めていたんですか?」


「はい。暖かい時は水で、寒くなったらお湯を使って、布で体を拭いていました」


 そう告げる、アルト。女の子なので髪の毛もその時にタライに浸けて洗っていたらしい。そう言う事情なら仕方がない。説明をしようか。


「では、説明をします。私は下着姿になりますが、気になさらないで下さい」


 スーツとシャツを脱ぎ、ハンガーにかけて、一旦クローゼットに仕舞(しま)う。ふとクローゼットの鏡で見ると、体つきはやはり六十の頃の姿だった。入院してからは運動も(ろく)に出来なかったし、内臓の不調や水が()まり餓鬼(がき)のような姿になっていたなと苦笑が浮かぶのを噛み殺し、大き目のバスタオルを取り、アルトに差し出す。


「服を全て脱いで、この布で体を(おお)って下さい」


 そう告げると、こくこくと(うなず)きが返る。シャワー室の扉を閉じると、衣擦(きぬず)れの音が聞こえ、準備が出来た(むね)が扉の奥から聞こえる。扉を開けると、バスタオルを()いたアルトが少しワクワクした顔で待っていた。ポンチョ姿では気付かなかったが、(つつ)ましやかとは到底(とうてい)言えない立派な双丘(そうきゅう)がバスタオルを押し上げている。もっと大判の物があれば良かったのだが。今まで着ていた服は軽く(たた)んでシャワー室の外にそっと置く。


「壁のここを押すと、この(くだ)からお湯が出ます。試してみますね」


 シャワーヘッドを伸ばして、排水口(はいすいこう)に向かって固定し、壁のボタンを押すと、少し水が出て、お湯に変わる。あまり熱いのも慣れていないかと、四十度に設定している。おずおずとアルトが手を伸ばし、お湯に触れると、こちらを向いて、驚いた顔を見せる。


「お湯で体全体を清めたら、この(びん)を押して下さい。髪を清める薬が出ます。十分に清めたら、お湯で洗い流して下さい。試してみましょうか?」


 そう訊ねると、こくこくと(うなず)く。


「では、目を瞑って下さい。怖くは無いですか?」


「はい、大丈夫です」


 そっと足元にお湯をかけると、びくっと驚いたように反応するが、(しばら)く当てていると慣れたのか、徐々に足元から上がっていき、腕から肩を濡らしていく。


「では、頭にかけます。耳の中には入らないように気を付けますが、何かあれば言って下さい」


 そう告げて、頭にシャワーを向ける。耳の穴を()けながらお湯を含ませていく。十分にしっとりとしたところで目を開けても良いと伝える。


「では、次はどうするでしょうか?」


 聞くと、リンスインシャンプーのボトルを指さす。低刺激の物なので、慣れていない人間でも大丈夫だろうとは考える。正解ににこりと微笑みを返し、ポンプディスペンサーを押し込み、シャンプーを少し多めに取る。ポンチョの中に入れていたのだがこの子、髪の毛が長い。腰まで届きそうだ。(てのひら)で泡立ててからそっと頭に触れると、一瞬緊張するが、頭皮を意識して洗い始めると、目を細めて気持ち良さそうな表情に変わる。前髪も頭頂(とうちょう)の方に集めて、目にシャンプーが入らないように髪全体を優しく(しご)いていく。


「では、目を瞑って下さい」


 素直に目を瞑ったのを確認し、シャワーで髪の毛を洗い流していく。(きし)まない程度に流したら髪の毛を()き上げて背中の方で、少し(しぼ)る。


「はい。終わりました。目を開けて大丈夫です」


 そう告げると、息を()めていたのか、ぷはっと()き出す。スポンジにボディーソープを適量(てきりょう)(そそ)ぎ、もきゅもきゅ握り、泡立ててから手渡す。


「お湯の出し方は分かりますね。私は出ますので、布を外して、これで体全体を清めて下さい。その後、お湯で洗い流すだけです。扉を開ければ、()く物と下着、寝間着(ねまき)を用意しておきます。下着は上を向いている方が前です。上下は、寝間着(ねまき)を見て判断して下さい。では、後程(のちほど)


 こくこくと頷くので、一礼し、シャワー室から出て、ハンドタオルで飛沫(しぶき)(ぬぐ)う。孫の分で良いかと、百五十センチ程度を対象としたスポーツブラとパンツ、それにもこもこした素材のパジャマを『せいぞう』で生み出し、床に置く。乾いたバスタオルを棚から取り出し、それも一緒に並べ、シャワー室側のカーテンを閉じる。私はクローゼットにかけてあるバスローブを羽織(はお)り、つっちゃんから(あず)かった書類を読みながら、頭の中の情報と整合(せいごう)させていく。


 子犬は食事が終わって眠たいのか、ひゃうひゃうと鳴く。書類を見ながら、太ももの辺りにぽてっと置くと、安心したように大人しくなる。


 書類をざぁっと読み終え、咀嚼(そしゃく)する。その後、今日得た情報から仮説を立て、今後の行動を考えた辺りで、水音(みずおと)が途絶える。扉の開く音、衣擦(きぬず)れの音が(かす)かに(ひび)く。カーテンの端から湿った頭がひょこりと(のぞ)き、終わりましたと告げてくる。


「あの……こんなの初めてでしたが、気持ち良かったです……」


 にこりと微笑みを返す。机の引き出しからドライヤーを取り出し、シンクの下のコンセントに差し込み、アルトを手招(てまね)いた。背中を向けさせて、ドライヤーで髪を乾燥(かんそう)させていく。髪は()らしたままだとキューティクルが閉じずに水分が抜けてパサついてしまう。出来る限り早めに乾燥(かんそう)させた方が、熱のダメージよりましだ。熱風で全体を(かわ)かし送風(そうふう)を送りながら真っ直ぐに(ととの)えていく。(くせ)の無い、ブラウンブロンドの髪がしっとりと(つや)を浮かべたのを確認し、ドライヤーを()める。


「さぁ、お嬢さん。終わりましたよ」


 声をかけて、クローゼットの姿見(すがたみ)誘導(ゆうどう)すると、ぺたぺたと自分の顔を触りながら、呆然(ぼうぜん)とした表情を浮かべる。


「綺麗……。水面(みなも)よりはっきりと見える。これが、私……?」


 初めての出会いの際は、少しくすんだ印象だったが、今の彼女はどこにでもいる女学生と言う感じだろうか。一通(ひととお)り、表情筋(ひょうじょうきん)の体操を終えたアルトが、はっと表情を変える。


「あの、すみません。こんな何も無い場所で、貴重な薪や水を頂いて。それにこんな上等な服を貸して(いただ)くなんて……」


 あわあわと申し訳無さそうな顔をするアルトの口元に、人差し指でそっと触れる。


「私がしたいと思ったから、するのです。お気になさらず。もし、喜びを感じたのであれば、感謝の方が(うれ)しいです」


 にこりと微笑み、ウィンクをすると、花が(ほころ)ぶようにとアルトが微笑む。


「ありがとうございます、アキさん」


 その言葉に、左手を胸に当て、大仰(おおぎょう)に一礼する。


「お気に()して(いただ)ければ光栄です。お嬢様」


 そう告げて、頭を上げると、クスクスと笑い始めたアルトの姿があった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、感想、評価を頂きまして、ありがとうございます。孤独な作品作成の中で皆様の思いが指針となり、モチベーション維持となっております。これからも末永いお付き合いのほど宜しくお願い申し上げます。 twitterでつぶやいて下さる方もいらっしゃるのでアカウント(@n0885dc)を作りました。もしよろしければそちらでもコンタクトして下さい。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ