第6話 はじめてのしゃわーたいむ
「お湯を浴びて、体を洗う事です。今まではどのように体を清めていたんですか?」
「はい。暖かい時は水で、寒くなったらお湯を使って、布で体を拭いていました」
そう告げる、アルト。女の子なので髪の毛もその時にタライに浸けて洗っていたらしい。そう言う事情なら仕方がない。説明をしようか。
「では、説明をします。私は下着姿になりますが、気になさらないで下さい」
スーツとシャツを脱ぎ、ハンガーにかけて、一旦クローゼットに仕舞う。ふとクローゼットの鏡で見ると、体つきはやはり六十の頃の姿だった。入院してからは運動も碌に出来なかったし、内臓の不調や水が溜まり餓鬼のような姿になっていたなと苦笑が浮かぶのを噛み殺し、大き目のバスタオルを取り、アルトに差し出す。
「服を全て脱いで、この布で体を覆って下さい」
そう告げると、こくこくと頷きが返る。シャワー室の扉を閉じると、衣擦れの音が聞こえ、準備が出来た旨が扉の奥から聞こえる。扉を開けると、バスタオルを巻いたアルトが少しワクワクした顔で待っていた。ポンチョ姿では気付かなかったが、慎ましやかとは到底言えない立派な双丘がバスタオルを押し上げている。もっと大判の物があれば良かったのだが。今まで着ていた服は軽く畳んでシャワー室の外にそっと置く。
「壁のここを押すと、この管からお湯が出ます。試してみますね」
シャワーヘッドを伸ばして、排水口に向かって固定し、壁のボタンを押すと、少し水が出て、お湯に変わる。あまり熱いのも慣れていないかと、四十度に設定している。おずおずとアルトが手を伸ばし、お湯に触れると、こちらを向いて、驚いた顔を見せる。
「お湯で体全体を清めたら、この瓶を押して下さい。髪を清める薬が出ます。十分に清めたら、お湯で洗い流して下さい。試してみましょうか?」
そう訊ねると、こくこくと頷く。
「では、目を瞑って下さい。怖くは無いですか?」
「はい、大丈夫です」
そっと足元にお湯をかけると、びくっと驚いたように反応するが、暫く当てていると慣れたのか、徐々に足元から上がっていき、腕から肩を濡らしていく。
「では、頭にかけます。耳の中には入らないように気を付けますが、何かあれば言って下さい」
そう告げて、頭にシャワーを向ける。耳の穴を避けながらお湯を含ませていく。十分にしっとりとしたところで目を開けても良いと伝える。
「では、次はどうするでしょうか?」
聞くと、リンスインシャンプーのボトルを指さす。低刺激の物なので、慣れていない人間でも大丈夫だろうとは考える。正解ににこりと微笑みを返し、ポンプディスペンサーを押し込み、シャンプーを少し多めに取る。ポンチョの中に入れていたのだがこの子、髪の毛が長い。腰まで届きそうだ。掌で泡立ててからそっと頭に触れると、一瞬緊張するが、頭皮を意識して洗い始めると、目を細めて気持ち良さそうな表情に変わる。前髪も頭頂の方に集めて、目にシャンプーが入らないように髪全体を優しく扱いていく。
「では、目を瞑って下さい」
素直に目を瞑ったのを確認し、シャワーで髪の毛を洗い流していく。軋まない程度に流したら髪の毛を掻き上げて背中の方で、少し絞る。
「はい。終わりました。目を開けて大丈夫です」
そう告げると、息を詰めていたのか、ぷはっと吐き出す。スポンジにボディーソープを適量注ぎ、もきゅもきゅ握り、泡立ててから手渡す。
「お湯の出し方は分かりますね。私は出ますので、布を外して、これで体全体を清めて下さい。その後、お湯で洗い流すだけです。扉を開ければ、拭く物と下着、寝間着を用意しておきます。下着は上を向いている方が前です。上下は、寝間着を見て判断して下さい。では、後程」
こくこくと頷くので、一礼し、シャワー室から出て、ハンドタオルで飛沫を拭う。孫の分で良いかと、百五十センチ程度を対象としたスポーツブラとパンツ、それにもこもこした素材のパジャマを『せいぞう』で生み出し、床に置く。乾いたバスタオルを棚から取り出し、それも一緒に並べ、シャワー室側のカーテンを閉じる。私はクローゼットにかけてあるバスローブを羽織り、つっちゃんから預かった書類を読みながら、頭の中の情報と整合させていく。
子犬は食事が終わって眠たいのか、ひゃうひゃうと鳴く。書類を見ながら、太ももの辺りにぽてっと置くと、安心したように大人しくなる。
書類をざぁっと読み終え、咀嚼する。その後、今日得た情報から仮説を立て、今後の行動を考えた辺りで、水音が途絶える。扉の開く音、衣擦れの音が微かに響く。カーテンの端から湿った頭がひょこりと覗き、終わりましたと告げてくる。
「あの……こんなの初めてでしたが、気持ち良かったです……」
にこりと微笑みを返す。机の引き出しからドライヤーを取り出し、シンクの下のコンセントに差し込み、アルトを手招いた。背中を向けさせて、ドライヤーで髪を乾燥させていく。髪は濡らしたままだとキューティクルが閉じずに水分が抜けてパサついてしまう。出来る限り早めに乾燥させた方が、熱のダメージよりましだ。熱風で全体を乾かし送風を送りながら真っ直ぐに整えていく。癖の無い、ブラウンブロンドの髪がしっとりと艶を浮かべたのを確認し、ドライヤーを止める。
「さぁ、お嬢さん。終わりましたよ」
声をかけて、クローゼットの姿見に誘導すると、ぺたぺたと自分の顔を触りながら、呆然とした表情を浮かべる。
「綺麗……。水面よりはっきりと見える。これが、私……?」
初めての出会いの際は、少しくすんだ印象だったが、今の彼女はどこにでもいる女学生と言う感じだろうか。一通り、表情筋の体操を終えたアルトが、はっと表情を変える。
「あの、すみません。こんな何も無い場所で、貴重な薪や水を頂いて。それにこんな上等な服を貸して頂くなんて……」
あわあわと申し訳無さそうな顔をするアルトの口元に、人差し指でそっと触れる。
「私がしたいと思ったから、するのです。お気になさらず。もし、喜びを感じたのであれば、感謝の方が嬉しいです」
にこりと微笑み、ウィンクをすると、花が綻ぶようにとアルトが微笑む。
「ありがとうございます、アキさん」
その言葉に、左手を胸に当て、大仰に一礼する。
「お気に召して頂ければ光栄です。お嬢様」
そう告げて、頭を上げると、クスクスと笑い始めたアルトの姿があった。