第44話 夜番
二千人からの人間が、小学校の校庭程度のスペースに集うので結構わらわらした印象を受ける。それでもギスギスしないのは同じ国、町村で顔を見知っているというのが強いのだろう。大量に出した鶏と野菜達は奥様たちの手で手早くシチューに生まれ変わり、パンと一緒に配られている。
「思った以上に順調ですな」
そっと背後に立ったレーディルが感心したように告げる。
「皆が率先して動いてくれるので、助かっています」
「なるほど。自分達の土地ですからな。自分達が動くべきと士気も高いのでしょう」
にこやかに微笑むと、後程と言って、ティロ達の方に向かっていく。私達は最奥でキャンピングカー生活になるだろう。別に楽をしたい訳では無く、寝ずの番をしているティロ達の交代拠点や補給拠点として動くためだ。
「あんまり食いすぎるなよー。夜食もあっから。とにかく寝るなよー」
ティロに率いられた宵闇の刃と、志願した若い男女が仲良く食事をしているのを微笑ましく見守る。葛城内で仲良くなったと思ったら、次は志願と言う事で驚いた。でも、やる気のある人間は大歓迎だ。
子供達は食事を終えると、わらわらと天幕の方に向かう。焚火から離れれば、暗闇だ。天幕単位でLEDランタンは配布しているが、そこまで闇を駆逐する事は出来ない。方々では、小さな色とりどりの灯りが灯ったりしている。
「魔法を使える人も多いのですね……」
「簡単な魔法なら先達に教えてもらえますから」
シチューを食べ終わったアルトがちょこちょこと近付いてきて、横に座る。私はさっとサラダとカロリーバーを食べて済ませた。夜遅くなるのであれば、胃を満たす訳にもいかない。
「さて、初めての夜を越す訳ですが……。無事に済めば良いのですが……」
そう告げて、レティを乗せたアルトと一緒に陸側の最奥に進む。キャンピングカーを出して、アイドリングを始めると、車内に暖かい空気が満ち始める。
「ふふ。年寄りには堪えますね」
ふーふーと紅茶を飲みながらアニメを見始めたアルトを眺めながら、そっと独り言ちる。月は欠け、闇は深い。獣の痕跡が多いという話だが、出来ればフェンスを乗り越えない程度の獲物であって欲しいと祈る。
私とレーディルとで分乗したキャンピングカー二台は、その晩慌ただしく稼働し続けた。一時間ごとに休憩の人間が現れながら、報告を受ける。
「やはり犬みたいな生き物がいます」
「大きさは?」
「人並ですね。狼の類だと思いますが……」
情報を集めていると、そこそこ大きな狼っぽい生き物が遠巻きにフェンスを眺めているらしい。向こうとしてはテリトリーに踏み込まれて気になっているというのが現状なのだろう。まだ、フェンスを乗り越えてどうこうする気は無いようだ。
「返しを付けないと駄目ですね」
今のままだと、蹴上がってそのまま入り込む可能性があるので、返しを付けるか、有刺鉄線などで防御を強化する必要がある。
深夜交代に現れたティーダイエルとも話してみたが、喫緊ではないにせよ、早めに対処した方が良さそうだ。
寸断された仮眠の中、夜明け間際にティロが現れる。
「お疲れ様です」
「おう、疲れたよ……」
うでぇっと年頃のお嬢さんというにはだらしない恰好でソファーに腰かける。
「野生動物の件は聞きました。対応は進めます。フェンスの増強と、範囲の拡大が明日……いや今日の作業になりますね」
「そっか。作業の方までは流石に面倒を見切れないな。人数が多少増えても、夜回りは辛い。あぁ、あの灯りは助かってる。魔法が使える人間ばかりじゃないからな」
アメリカの軍用マグライトを警護をしている人間には渡している。灯りにも鈍器にも使えると告げると、喜んでいた。それだけ片手を塞がれるのは厄介なのだ。
「頭に付ける物もありますが?」
「いや、それは役に立たない。視線が固定されちまう。人数がいれば役に立つだろうが、少ないんでね。それにあの夜でも見える機械も灯りが点在している場所だと怖くて使えねえ」
その言葉に思った以上に手慣れてくれているのをありがたく思う。
「ちなみに、悪さをしている住人はいませんでしたか?」
そっと何気ない口調で聞いてみる。
「その辺りはまだ大丈夫だな。少なくとも飯が食えている間は問題無いだろう」
ティロもそれを警戒して、宵闇の刃の精鋭を就寝区域に回している。
「まぁ、まだ貨幣経済も始まっていないですし、ここまで付いてきて放り出されても困りますか……」
「ちげぇねぇ」
そんな話をしながら笑っていると、地平線の彼方から朝日が昇り始める。
「では、今日も一日頑張りましょうか」
「おう、んじゃ、おやすみ」
そう言ってティロと別れ、疲労の溜まった体を解す為、外でラジオ体操を開始した。




