第42話 一路ローマへ
「あぁ、アキさん達だ!! アキさーん!!」
タルトとディーンの世話をしていたアルトが元気良く手を振って出迎えてくれる。頭の上のレティがずり落されまいと必死でしがみ付いているのが分かる。こちらも手を振り返すと、騒ぎを聞きつけたティロやレーディル達も天幕から出てくる。
「ただいま到着しました」
中央でキャンプファイヤーのような焚火が燃やされる中、天幕の群れに馬車を進め、一際大きな天幕の前で止まる。
「しかし、壮観ですね……。これでどのくらいの人が集まっているのですか?」
私が問うとティロが得意げに指を二本立てる。
「周りの村にも声をかけながら進んできたから、二千ちょっとだね」
王都『タルリタ』が北限にあるため、基本的に南部にしか村は存在しない。駐留している兵もいないため、ごっそりと住人を引き抜いてきたようだ。
「町を出る時にあまりに静かだったのですが……もしかして……」
「タルリタかい? あぁ、爺さんが戻ってくる時には殆どいなかったんじゃないか? 十日程度の荷物しかいらないって話だったし、天幕だけ持たせて夜間に移動させたよ」
それでも、ただの町の住人を馬車で四日の場所まで誘導させるのは、並大抵の苦労ではないはずだ。別動隊で動いてもらっていたレーディルのお蔭なのだろう。
「では、町に残っているのは兵のみですか?」
「それにその家族ってところだね。ばれちゃまずいだろうし、その辺りには声はかけなかった。まぁ、うちのを残しているから何かあったら一緒に脱出出来るだろうよ。その時は連れてってやってくれよ」
当初はレーディル達とティロの仲間の家族辺りまでを新天地に移送する事を計画していたが、ティロの頼みと言う事でタルリタ国内で賛同する人間を大脱走させるという流れになった。村々の長もあくまで国王に任命された税を納める権限を持った一般人と言う事で特段忠誠を誓っていると言う訳では無いそうだ。男手を兵として取られている家族も中には紛れているようだが、極力今後回収するという話をすると、一緒に付いてきたらしい。兵達の家族であったとしても困窮しているのが現状のようだ。
しかし、全体を考えると人間の数が少なすぎる。レーディルに聞くと、総数ははっきりとしないが国全体で見ても五千を超えるかどうかという数らしい。
「で、ここからの動きですが、どうなさいますか?」
天幕に入り、座って息を吐くと同時に、レーディルが口を開く。
「それぞれが持ち寄った食料と水を再配分しましたが、良くて後三日程で無くなります」
真剣なレーディルの眼差しに、こくりと頷きを返す。
「そろそろですよ」
私が口を開いた瞬間、汽笛の低い音が周囲に鳴り響く。
「来ましたね」
私が颯爽と立ち上がると、皆が後ろに付いてくる。天幕から出て、海の方を見つめていると、徐々に懐かしい巨影が陸に近づいてくる。
「あれに皆さんで乗ってもらいます」
暫く見つめていると、その姿がはっきりと見え始める。特徴的な甲板。あの日、中国から日本に戻る際に安堵の息を漏らした懐かしい場所。空母葛城。いや、私が認識している名前では復員輸送艦葛城か。
「さぁ、これから忙しくなりますよ!!」
私の言葉に、巨大な船に唖然としていた面々が我に返ったように動き出す。
あの日バーシェンの兵を退けた夜、授かった能力を確認している時に見慣れない項目が増えているのに気づいた。『じゅうしゃ』。マニュアルを確認すると、いつの間にか一ページが余分に増えていた。皆が寝静まった夜にキャンピングカーから出て、コマンドを実施した時に現れたのは、人種不明な女性と男性が一人ずつ。
「初めまして、マスター」
「君は?」
「シリアル九八〇二二四と申します」
「シリアル九八〇二二五と申します」
主体的に話し始めた女性と話をしてみると、私が死んで二百年後には、量子コンピュータの最小化が突き進み、仮想人格は人間の挙動をトレースしうる段階まで進んだようだ。あらゆる機材、機械のオペレートを可能にした汎用人型オペレータが誕生したのが二百五十年後辺り。つっちゃんは、そのオペレータを従者として使える能力を与えてくれたらしい。私が認識していても、実際に使えない機材は多くある。それを使えるようにと考えてくれたのだろう。
「過去の人間を相手にすると言う矛盾は解消出来るのかな? それに貴方が生きてきた場所とも時間とも違うと言う事を」
「はい。ここに独立しておりますし、曖昧や矛盾はスタック外へ追放する事が可能です。星の観察を行いましたが、現在は西暦マイナス一〇五三の十一月二十日、場所はスペイン中南部と推測されます」
女性が話し終えると、男性が口を開く。
「我々は量子間通信により、相互に情報のやり取りが可能です。また、インプットされた情報を元に、推測、実施により新たなオペレートを組み上げる事も可能です」
基本的に機器のオペレーションに特化しており、ロボット三原則ではないが人間や他のオペレータに対して故意に危害を加える事は出来ないらしい。ただ、操縦等には問題無いようなので、計画を大幅に変更可能だ。元々は周りの人間だけを新天地に向けて、ヘリでピストンに輸送する事を考えていたが、他の乗り物を使える人間がいるなら、そもそもが変わる。
「自己矛盾が問題無いのなら、力を貸してもらえますか?」
「今後ともよろしくお願いします」
二人と握手を交わし、次の日にレーディルやティロ達と計画変更を相談したのは言うまでもない。
戻って現在。港が無いため、特大発動艇に皆を分乗させて、次々と葛城に乗船させていく。若干急がせているのは『ちず』に表示された赤い点が徐々に南下しているためだ。王も状況に気付いたのか、兵をまとめこちらを追っているようだ。結局夕方までかけて、全員の乗船が終わる。ハッチを閉じ、艦橋に向かう。そこにはレーディルとティロ、それにアルトとレティが立っていた。
「こんな鉄の塊が浮くんですね……。凄いです……」
ぺちぺちと辺りを叩いているアルトとティロをほのぼのと眺めるレーディルと顔を合わせて、苦笑し合う。
「では?」
「えぇ。向かいましょう。新天地、ローマへ」
アルプス山脈の影響か、船の未発達かは不明だが、この世界イタリアに関して全く入植が進んでいない。人の影も形も無いのであれば、我々が入植しても問題無いだろう。
「新天地……。良い響きですが、苦難も想像させます……」
ほぉと溜息を一つ吐き、レーディルが眦を決する。
「それでも、今の苦難に比べれば天地でしょう。どうか、導きをお願いします」
その言葉に大きく頷きを返し、従者に声をかける。
「では、錨を上げて下さい。出航です」
ぼーぼーと汽笛の音が辺りに響き、徐々に滑るようにその巨体は夕日を背に、進み始めた。




