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第41話 ノーと言える日本人

「敗走したと? 五千の兵がか?」


 眉根に皺を寄せて黙り込む王とは対照的に慌てた様子で宰相が泡を食って叫ぶ。ここはタルリタの王城。王座の前には、観戦武官、ティーダイエル達そして私が並ぶ。アルトやレーディルの姿は無い。


「はっ。その通りです」


 観戦武官が汗を垂らしながら敗戦の将のように言葉を絞り出す。周囲で明るい顔で浮かれている重鎮達と比べると同じ国の勝利を喜ぶ者として対照が際立っている。


 目を忙しく左右に振っていた宰相はこちらに目を合わすと、苦虫を噛み潰したように私に問うてくる。


「どのような魔法を使ったのだ?」


「前回訪問したように、敵の直上に炎を出したましたところ、逃げ散じました」


 にこやかに返答をすると、ティーダイエルが言を継ぐ。


「指示により現場を確認しておりましたが、(もや)の隙間より大きな炎が上がるのが見えた後に敵兵達が引くのが見えました。現場の確認は済んでおりますが、残余の兵は微塵と残っておりません」


 食料の残りを考えると、あの場所に兵を残すのも難しかったのだろう。五千の兵は完全にバーシェン側に退却した。


「そのように弱兵であったのか……」


 王の呟きに、重鎮達は勝利の嘲りを、私達は当てが外れたのだろう事を感じさせる。ただ命を狙われていた事もあり、観戦武官が把握していない事は報告していない。勿論夜襲の件もだ。

 周囲が戦勝に浮かれる中、青い顔の宰相と無表情な王が小声で何事かを相談すると、宰相が声を上げる。


「相分かった。して、そちには今後このタルリタを守護する任を与える」


 裏側が暴かれていないと思ってか、面の厚い事を言い始める。大方、バーシェンとの契約違反に伴う責をこちらに肩代わりさせるのと一緒に、もし万が一の場合には防衛能力として使い潰すつもりなのだろう……。ただ、宰相の表情を見ていると欲望が透けて見えるので、他国への侵略まで含めて皮算用している可能性もある。


「いえ、必要無いです。元々ここに呼び出された条件はこの戦のための筈です。今後の動向に関しては埒外の話です」


 言い切った瞬間、王座の間に静寂が広がる。重鎮達を始め、宰相、王までもが唖然とした表情を浮かべている。元々、今回の戦場に出る際に、契約を結んだが、殺すつもりだったためかざるのような文書だった。勿論、身の自由は最優先で明記させたし、王命によるものと契約は王との直接契約になっている。


「そもそもの契約が果たされた今、この場に戻る必要も無かったですが、報告のためと思い立っております。その辺りを斟酌してもらえればと思います」


 そこからはあれやこれや引き留めのための条件が提示されるが、どれも心に響く事は無い。そもそもバーシェンと内通している主の提示する条件など、砂上の楼閣の主の言葉だ。実施されるかも分からない内容に何かを感じる事の方が難しい。若返りの宝玉の価値なども再度議論に引き出されたが、五千の兵を後退させ王都を防衛する対価として処理するというのも契約に明記済みだ。


「では、出ていくと?」


「はい。後顧の憂いと成り兼ねないと考えますので。褒美を貰い、国を出ます」


 狡兎死して走狗烹らるだ。この場に長くいればいるほど、命の危険、あるいは無用に人殺しをしなければならなくなりそうな事に嫌気がさしてくる。

 褒美を貰い、ティーダイエル達と王座の間を後にして、そのまま町の方に向かおうとする。


「アキ様、部屋に戻っての休憩などはよろしいのですか?」


 不思議そうにティーダイエルが聞いてくる。


「特に荷物もありませんので。ティーダイエルさん達も用意は終わっていますよね?」


「我々は元々荷物も家族もありませんので」


 皆がこくりと頷くのに微笑みで返す。どちらにせよ応接の間は『ちず』で確認する限り、兵で埋まっている。これ以上いらない殺生もしたくない。


「それにこんな国ですしね。見ても良いですよ」


 はいっとティーダイエルに褒美の袋を渡す。ティーダイエルが袋をひっくり返すと出てくるのは、小石の山だ。振らなくても、音と重さで分かる。


「では、新天地に向かいますか」


 異様な程に静かな町を抜けて町の外に用意してもらっていた馬車に乗り込む。


「爺さん、今から出るのか?」


 見覚えの有る警護の兵が声をかけてくる。


「えぇ。所用も終わりましたので、町を出ようかと思います」


「そうか……。良い旅をな」


 末端まで情報が届かない組織は虚しいなと、にこやかに別れの挨拶をしながら、心の中で吐露した。

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