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第40話 疑心暗鬼を味方にしただけです


「こうなると分かっていたんですか?」


 自陣近くまで後退していると、途中で音響機材に囲まれたアルトが出迎えてくれる。頭の上では周囲からの大音声に驚いたのかプルプル震えているレティが必死にしがみ付いてきゃふきゃふ吼えている。


「いや。大まかな予想はしていましたが、最後まで見通していた訳では無いです」


 にこやかに答えて、機材を戻していく。流れとしては単純だ。昨日一日を使って、各所に野外フェスで使うような大型スピーカーを設置し大河ドラマの合戦シーンの音声を大音量で流したというだけだ。あの手の映像だと騎馬の音が混じるので、足軽だけの映像を思い出すのに少し苦労した。趣味の録画も役に立ったのだから良かったと思おう。


「士気が下がった状態なら、的確な判断は難しいです。昨日一日で食料の分配をした事によって、残された日数は把握出来たでしょう。取り合いなどの疑心暗鬼なども考えれば、こちらを相手にしている余裕は無いと考えました。その相手に大勢の敵が参加しているような幻想を抱かせただけですね」


 そう答えると、ティロが不思議そうに呟く。


「あの声の正体は分かった。一日中重い荷物を運ばされた理由にも納得はいった。でも、実際に戦う必要はあったのか? 相手さん、皆腰が引けてたぞ?」


 その問いに頷きを返す。


「はい。必要でした。いかに正体不明の幻想でも、実体を伴わなければただの虚像です。徐々に近づくような効果音と実際に先鋒が接敵する事。音声に実体が生じる事により、相手の不安がより増すと考えて下さい」


「つってもよ、あれだけの炎、そのまま落とせば勝てただろ? 私等いらねぇし」


「そうなれば、虐殺です。炙る程度に済ませたとしても、戦後、実際に行ったであろう犯人捜しは熾烈を極めるでしょう。兵達の言い訳としては、正体不明の魔法使いに負けましたではなく、多数の兵を相手に劣勢が予想されるので逃亡しましたの方が通りも良いでしょうし、私達が逃散するまでの時間が稼げます。向こうも実勢の調査を行うでしょうし」


「逃げる……。やっぱり逃げるのか……。五千相手に凱旋って訳にはいかねぇのか?」


 少しだけ寂しく、辛そうな表情でティロが呟くのに(こうべ)を振る。


「残ったとしても責任者が敵の時点で状況は詰んでいます。また、今回の失態の挽回として敵国側も苛烈な対応を迫ってくるでしょう。そんな火中で生きるつもりはありません」


「分かった、分かった。んじゃ、町の人の件も良いんだな?」


 一転表情を明るいものに変えたティロが声を上げる。


「はい。土地は余るでしょうし。どうぞ、望む方は連れて頂いて結構です」


 そう答えると、しししと含み笑いをしながらティロが仲間達の方に戻る。私はアルトを連れて自陣の方に向かう……が、「ちず」の光点の赤を確認し、嘆息を漏らしてしまう。


「どうかされましたか?」


 アルトの問いに曖昧な微笑みを返し、天幕の外で待っていたレーディルに目配せを送る。それに応えたティーダイエル達が剣の柄に手をかけて近づいてくる。

 天幕の外で帰還を伝えると、観戦武官達が赤ら顔でふらふらと出てくる。もしもの場合を考えて、食事と一緒に酒を出すようにお願いしていたが……。素直に飲むと思っていなかった。


「戦況は? 騒がしかったが、バーシェンの将は来られたか?」


 深酒が過ぎているのか、内応を隠す様子も無いのが残念だ。


「勝利です。バーシェン側の兵は散り散りに後退中です。追撃は兵数が足りないため断念しました」


 そう短く返すと、ぽかんといった表情を皆が浮かべる。


「五千からの兵だろ? 手勢は五十程度と聞いたが?」


「はい。その通りです」


 頷き答えると、回っていなかった頭が回り始めたのか、血の気が引いた白い顔から青い顔に。そこから赤い顔に変化していく。腰の剣に手をかけたタイミングで、ティーダイエル達が剣を抜き、間に入る。


「何をお考えですか!?」


 ティーダダイエル達が叫ぶと、剣を向けられた観戦武官達が目を白黒させる。


「そちらこそどういうつもりだ。この戦争の終結の際にはこの爺を殺せというのが陛下のご命令ぞ。邪魔をするな!!」


「戦を勝利に導いた恩人に対して、やるべき事ですか!!」


 ティーダイエル達が問答しているのを手で抑え、私は観戦武官に問いかける。


「どうでしょう。私も魔法がありますので、むざむざと遅れを取るつもりはありません。ここは一旦剣を収められて、陛下に奏上するというのは。現地での行き違いがあってやむなく諦めたとお伝えすれば責任を転嫁する事も出来るでしょう」


 そう伝えると、火の出そうな眼差しでティーダダイエル達を見つめていた観戦武官も剣を収め、不服そうに鼻を鳴らした後に、用意が出来れば帰ると伝えてきた。自業自得とはいえ、獅子身中のティーダイエル達に頼る訳にもいかず、行きとは違い自分達の荷物を周囲を警戒しながら自分達で片付け始める観戦武官達が滑稽で哀れに思える。


「さぁ、次の戦いに向かいますか」


 レーディルにそっと耳打ちして、私も帰還の準備を始めた。

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